0107話 三人の適性
あちこち岩の転がる広場に、風を切る音が響く。右で発生したかと思えば左、そして奥の方や手前。岩の間を縫うように、なにかが移動している。俺に見えているのは、時々舞い上がる砂埃だけ。
気配と空気のゆらぎを感じて横に視線を向ければ、いつもの三白眼で見上げてくるシナモンの姿が。
「ダメだな、まったく目で追えない」
「……思った通り、動けるようになった。すごく楽しい」
「シナモンさんの足音があっちこっちから聞こえて、どこにいるか全くわからないのです」
「これだけ障害物の多い場所で動けるのなら、もう森に入っても大丈夫そうだな」
「……私、役に立てる?」
「もちろん役に立つぞ。ゴナンクで狩ったカーバンクルのように、すばしっこい魔物や魔獣が現れても、シナモンがいれば安心だ」
今のシナモンなら、逃げようとした瞬間に追いつくことも可能だろう。とにかくこいつは動体視力が良すぎる。そうでなければ目で追えないほどの動きはできないはず。なにせ適性のある風と雷を、スピードに全振りした感じだ。
この世界にない言葉だが、疾風迅雷の二つ名を授けてやるとするか。
「ねえ、見て見てタクト。色々できたわよ」
「……かわいい」
「ミントたちが使ってるのと、変わらない出来なのです!」
近くで作業していたジャスミンに呼ばれ、マジックバッグで運んできた作業台へ近づく。そこには木でできた器や、金属製のフォークやスプーンが並べられている。一般のものと違うのは、その大きさ。全てジャスミンの使いやすいサイズだ。
「木のボール一個とナイフ一本から、これだけのものが作れるのか。錬金術はもうバッチリだな」
「ちょっと集中力がいるけど、結構楽しいわ。でもタクトの描いた絵がないと、きれいな形にするのは無理ね」
「もしかすると、俺の絵が錬成陣の役目を果たしてるのかもしれん」
まあそんな大層なものでなく、単にジャスミンの中でイメージを固定するのに、絵が役立っているということだろう。これなら俺が引いた設計図で、ギミック付きの道具を作れるかもしれない。帰ってから頼んでみるとするか。
「それに木とか金属じゃないと、うまくいかないわ」
「ジャスミンの適性は土と木だからな。その影響が錬金術に作用しても不思議ではない。ただ、もの作りに関してなら、この二つがあれば十分だ」
「確かに形のあるものを作るなら、金属や木が一番だものね」
肩の上へ移動してきたジャスミンの羽をモフりながら、出来上がった食器類を片付けていく。これでカトラリーの特注をしなくてすむ。元になる材料とイラストさえ用意すれば、好きなものを作れるんだからな。
もっとも術者が妖精サイズなので、大きな物は無理なのだが……
「旦那様、見てください。こんな事もできるようになりました」
「凄いな、ユーカリ。俺たち上人が使う魔法は、単純な形しかできない。生き物を模したものなんて、術ならではじゃないか」
岩陰で魔術の練習をしていたユーカリが、嬉しそうな顔でこちらに近づいてきた。その横に発現しているのは、キツネの形をした炎の塊だ。いわゆる狐火を彷彿とさせる見事な出来。まるで意思のあるペットみたいに、ユーカリの周りを動いている。
「……さわっていい?」
「ダメなのです、シナモンさん。火傷してしまうですよ」
「ミントさんの言うとおりですよ、シナモンさん。こっちなら触っても平気です」
ユーカリは炎の狐を消し、氷でできた魚を生み出す。空中を魚が泳いでる光景って、なかなかシュールな絵面だぞ。しかも氷なのにウネウネ動いてやがる。
反対側に回り込んだシナモンの顔が、動きに合わせてランダムに歪む。あれは舌を伸ばしてるのか?
「……冷たくて、味しない」
「魔法で作るより自然のものに近いから、かき氷にすると旨いかもしれんな」
「……あれ美味しかった、また食べたい」
「練乳の残りがあるから、食後のデザートに出してやろう」
事象改変で氷を生み出すのは魔力を食うが、魔術だと無尽蔵に生成できるのがいい。これから保冷が必要な時は、ユーカリに頼もう。効率の悪いフレークアイスなんて、作ってられん。
そのことを伝えながら、ユーカリの耳をモフってやる。頬を染めながらはにかむ姿は、相変わらず可愛い。どうした? ミントも耳をモフって欲しいのか。フワフワのうさ耳は、触るだけで気持ちが穏やかになっていく。あー、よしよし、シナモンもだな。順番にモフってやるから、しばらく待て。
「おーい、お肉が見つかったよー」
「あれはホワイト・ターキーね。シトラスちゃんったら、どこまで行ってきたのかしら」
モフモフを堪能していた時、遠くの方から声が聞こえてきた。やっぱりジャスミンは目がいいな。この距離でよく判別できるものだ。
少しだけ森を覗いてみると言っていたシトラスだが、抱えているのは一メートル以上ある白くて大きな鳥。かなり重いだろうに、いつもと変わらんスピードで走っているぞ。
強化術のおかげで怪我をしにくくなってるとはいえ、一人で森の奥まで行くのは危険すぎる。それにアイツラは鳴き声で仲間を呼ぶ。集団で襲われたら、いくらシトラスといえども、無事にすむ保証はない。もし無茶なことをしてるようなら、しばらく単独行動を禁止せねばならん。
「そんな大物、どこで見つけたんだ?」
「なんか森の近くを歩いてたら、急に上から落ちてきてさ。ジタバタもがいてたから、簡単に捕まえられたよ」
「仲間とはぐれて、森の浅い場所に迷い込んだのか? とにかくそれはラッキーだった。今夜は肉がたっぷり入った、クリームシチューを作ってやるぞ」
「やったー!」
言いつけはしっかり守ってるようなので一安心だ。これなら叱らずにすむ。
かなり大きいし、オレガノさんにもおすそ分けするとしよう。虫の息だったホワイト・ターキーの首を絞め、下処理を進めていく。ここのところ図書館通いとスキルの修練ばかりやってたので、こうして魔獣を捌くのは久しぶりだな。
みんなも力の扱いに慣れてきたし、明日にでもギルドで依頼を受けてみるか。
次回は「0108話 神の干渉」をお送りします。
多数の古文書に触れた主人公が考える推測とは。