0105話 ニーム・サーロインの朝
今回と次回は、ニームの視点でお送りします。
いつものように身支度を整え、学生寮の自室を出ます。朝の早い学園生たちと挨拶を交わし、目指すは一階にある食堂。この時間はまだ寝ている人もいるので、席は所々しか埋まってません。
壁にそって備え付けられたテーブルには様々な料理が並べられ、食欲をそそる匂いが周囲に漂っています。
ここの料理って、かなり美味しんですよね。それから最初に見た時は、パンの種類に驚きました。綺麗にカットされたバゲットや、渦巻きの形をしたもの。薄い生地を幾重にも重ねたパンは、サクサクとした食感がたまりません。ソーセージやお肉を挟んだものは男性に人気がありますし、中にクリームがたっぷり詰まったものは女生徒がよく食べています。
朝からそんなに重たいもの、私は食べられませんけど……
いつものように数種類のパンと、野菜の入った琥珀色のスープ。あとは卵料理とサラダにしましょう。昨日は甘いお菓子を食べたことですし、今朝も軽めにしておく方がいいですね。
「おはよう、ニームちゃん」
「おはようございます、ベニバナさん。今日も眠そうなお顔ですが、大丈夫ですか?」
「並ばずに利用できるのが、この時間しかないからね。起きるのはちょっとつらいけど、従人に手伝わせてなんとか頑張ってるよ」
私に話しかけてきたのは、クラスメイトの女子でした。寝癖がついてしまったのか、黄色い髪がピンと跳ねています。少しおっちょこちょいな所のある子ですから、きっと慌てて出てきてしまったんでしょう。
従人に起こしてもらうのなら、身だしなみのチェックもさせればいいのに。
……って、従人に自分の体を触らせない人は多いですし、契約主に意見するなとキレる人もいます。気付いていても、問われるまで黙っているのが普通でした。
理不尽なのは、他人に指摘されたとき、知ってたなら教えろなんて、怒ることなんですよね。それなら最初から、言い出せるよう躾けておけばいいのに。
「私のことをじっと見て、もしかして惚れちゃった?」
「女の子同士で、なにを言ってるんですか。髪の毛に糸くずが付いているので、ちょっと気になっただけです」
「えっ!? どこ、どこ?」
「食べ物の近くで、そんなに動いてはダメです。取ってあげますから、じっとしててください」
私はさっと手を伸ばし、魔法で軽く湿らせたあと、魔導士の力で形を整え水分を飛ばす。よし、これでいいでしょう。
「主席の手を煩わせてしまうなんて、なんて恐れ多いことを。申し訳ございません、ニーム様」
「誰の真似か知りませんが、その言い方はやめてください。全然似合ってませんよ」
「ひどいなー、もう。お嬢様っぽく今の気持ちを伝えたかっただけなのに」
世界に数人しかいない[魔導士]のギフトを授かったり、ちょっと成績が良かったりするせいで、妙にうやまわれるのは困りものです。同級生なのに様付けで呼ばれたりしますし……
この距離感はなんとかならないものでしょうか。スタイーン国では、レアギフトの出やすい血筋を〝才人〟なんて呼んだりしますが、冒険者だって五つ星になれば名乗れますし、お金で地位を手に入れたなんて人もいたり。
なので皆さんが思っているほど、特別なものではないんですから。
「とにかくありがとう。これで特待生のくせに、なんて言われずにすむよ」
「そういえばギフトの詳細、まだわからないのですか?」
「うん、まださっぱり。学園長先生が今度、古文書を調べてくれるんだって」
「時々おきる体調不良も含めて、詳しいことがわかるといいですね」
「私個人としては、ニームちゃんに解決してほしいかな」
「私は古代文字なんて読めませんよ」
「ちぇー、残念」
古代文字で書かれた文章は言い回しが独特で、単語を調べただけでなんとかなるものじゃないのです。あれをスラスラ読めるのは、一部の研究者だけでしょう。そういえば兄さんも辞書無しで読んでましたね。本人はああ言ってましたが、本当に理解できているのでしょうか……
「久しぶりに会いましたが、相変わらず得体のしれない人です」
「なにか言った?」
「ただの独り言ですから、気にしなくて構いませんよ」
「それよりさ、今日も朝ごはんは自分の部屋?」
「朝の支度はまだ途中ですし、ここにはボディーガードと一緒に入れませんので」
「従人に同じものを食べさせるなんて、ニームちゃんって変わってるよね。スタイーン国の才人って、みんなそうなの?」
「いいえ、これは私個人のこだわりです。この食堂で出される料理は、すべて無料ですよね。こんな一手間で従人の忠誠が得られるなら、安いものでしょ?」
「そんなものかなぁ……」
ベニバナさんはそう言いながら、ブロック状の塊が入った袋を手にする。この学園で提供されているペットフードは、市販のものより高品質らしいです。試しに一度食べてみましたが、ボソボソとして味があまりしないんですよね。
さすがにこれをステビアに与えるような真似は、したくありません。かといって、ここで自炊するのは無理ですし……
そうなれば残された選択肢は、二人分の食事を持って自室で食べる。これが自分とステビアにとって、最適解のはず。私のことを大食漢なんて思ってる人もいますが、そんなことは気にするだけ無駄です。人は人、自分は自分なのですから。
「それじゃあ、また教室でね!」
「はい、また後ほど」
私はベニバナさんと別れ、ステビアが待つ自分の部屋へ。扉を開けると、ちょうど掃除を終わらせたタイミングでした。
「洗面所で手を洗ってきなさい。そのあと、朝食にしましょう」
「はい。いつもありがとうございます、ニーム様」
深々とお辞儀をしたステビアが、浴室の方に消えていく。さっき自分は自分なんて考えましたが、思い返せば従人の扱いに関しては、兄さんの影響が大きいでしょう。なにせ私たちより、近くにいるミントや離れの管理に割り当てられた従人を、家族のように思っていたフシがありますから。
って再会して一晩たってるのに、あの人のことばかり頭に浮かびます。ちょうどステビアが戻ってきましたし、彼女の感想も聞いておきますか。
テーブルを挟んで向かい合わせに座り、話を切り出してみることに。
「昨日は話しそびれましたが、ステビアから見た兄さんの従人は、どうでしたか?」
「同性の私が思わず見とれてしまうくらい、魅力的な人ばかりでした。あのような毛色は、ロブスター商会でも見たことがありません」
レア種の取り扱い量が世界一と言われる、ロブスター商会にもいない……ですか。やはり郊外で暮らしていた野人を捕まえて、自分の従人にしたのかもしれません。
そうでなければ有翼種なんて、使役できるはずないですし。
「でも無理やり契約した感じには、見えないんですよね……」
「制約が全くかけられない状態で、あの人数を使役するのは自殺行為です。例えばシトラスさんでしたら、簡単にタクト様を倒せるかと」
銀色の毛並みをした狼種の子、常に周囲へ気を配っていました。あれは兄さんのことを守るためでしょう。つまりあそこにいた全員が、自らの意思で付き従っているということ。いくら待遇が良いからって、そんな事などありえるのでしょうか。
「兄さんは従人を虜にする、魅力のようなモノを持っている?」
「昨日お会いした限りでは、なにか惹かれるものはありませんでした。やはり元貴族家の従人が満足するような待遇で、迎え入れているのではないでしょうか」
「元貴族家って、もしかして狐種の子?」
「はい、そうです。ユーカリさんは、私にマナーを教えてくださった講師の従人と、所作が同じでした。あの立ち居振る舞いは、マッセリカウモ国にかつて存在した貴族独特のものです」
「そんな従人って、普通は手に入らないですよね」
「コンテスト入賞者レベルの容姿とスタイルに加え、礼儀作法も完璧です。手に入れられるような場所は、オークションくらいしか考えられません」
オークションなんて家名持ちの上人でも、なかなか参加できないはずです。それにステビアがここまで言い切るくらいなら、落札額だってとんでもない値になるでしょう。家を出てから兄さんに何があったのか、ますますわからなくなってきました。
食事をしながらステビアの話を聞いていきますが、疑問はどんどん膨らんでいくばかり。やはりまた兄さんに会ってみるしかないですね。今度はどんな理由で奢らせましょう……
従人の待遇に関する認識のズレは、108話と118話で語られます。
次回は「0106話 ニーム・サーロインの学園生活」をお送りします。
ばら撒いた布石は、どこまで回収できるのか(え?