0104話 問答無用です!
さすがそれなりに値の張る店だけはある。この世界で食べたスイーツの中では、トップクラスにうまい。シトラスは二つ目を注文してご満悦だ。
どうでもいいが、呼び出すたびに違う店員が来るのは、ジャスミンを見るためだろうな……
「なるほど。制約をかけられない代わりに、契約だけできてしまったと」
「使役契約というのは、支配値が品質の十六倍あれば成立する。そして制約が弱くなることに目をつぶれば、何人使役したってかまわない。つまりマイナスの数値を許容できるということ。恐らく支配値がゼロの場合は、全ての品質を受け入れてしまうんだろう」
これで辻褄が合うはず。実際のところ、支配値マイナス四千九十六の俺は、符号を抜いた値で処理されている。だから八等級で品質二百五十五の彼女たちを、失わずに済んだのだ。なにせ支配値が四千八十以上ないと契約できないのだから……
特殊な支配値を持つ俺がいなくなれば、シトラスたちは路頭に迷ってしまう。しっかり責任を取って、生涯大事にしてやらねばいかん。
「従人たちに裏切られないため、兄さんは待遇に力を入れているわけですか」
「だから俺は従人とのスキンシップを大切にしてる。こうして膝に座らせるのも、その一環だな」
「ですが、躾はしっかりしたほうがいいですよ。この子たちはあまりにも自由すぎます。シトラスなんて言葉遣いがダメダメじゃないですか」
「全員を同じような態度で付き従わせたのでは、日々の暮らしにうるおいが生まれん。それぞれの個性を尊重すれば、思いもよらない姿と遭遇できる。シナモンとか見てるだけで和むだろ?」
俺はカットしたシフォンケーキをフォークに刺し、シナモンの口元へ持っていく。小さな口を開けてパクリと食べた瞬間、無表情な三白眼から天使のような微笑みに変わる。
「確かにその笑顔は反則です」
「たまに屋台でハズレを引いたときは、涙を浮かべたりするからな。こうした顔が見られるのは、ここのお菓子が美味しいってことだ。いい店を紹介してくれて感謝するぞ」
「私も食べたのは初めてですが、本当に美味しいですね」
「なんだ、今まで入ったことがないのか。まさか一緒に来てくれる友達がいない、なんてことはないよな?」
「バカにしないでください、私にだって友人くらいいます!」
思いっきりニームに睨まれてしまった。美人だけあって、なかなか迫力がある。
しかしすぐ元の表情に戻り、ナイフで切り分けたワッフルを口に運ぶ。目元がわずかに緩む辺り、やっぱり甘いものが好きな女の子だな。
「私は学園でクールなご令嬢として、キャラが定着してしまったんです。だから甘いものを食べて喜ぶ姿なんて、イメージを崩しそうで見せられないんですよ」
「まあサーロイン家は、レアギフトの発生率で有名だ。そんな家から留学してきたお前が、注目されるのも仕方がない。それがニームのキャラを、勝手に生み出してしまったわけか」
「家名もそうですが、これでも一応、学年の主席ですしね。生徒の皆さんや先生方の期待には、応えたいと思うわけです」
エリートたちが集まるマノイワート学園で主席とか、めちゃくちゃ凄いじゃないか。まさかここまで優秀な子だったとは。家名を売ることに余念のない親父のことだ、かなり期待してるんだろう……
「ちゃんとどこかで息抜きしないと、プレッシャーに潰されるぞ。俺はしばらくこの街に滞在するから、ニームさえ良ければ気晴らしくらい付き合ってやる」
「へー。普段は上人の女性にまったく関心を示さないキミも、身内には優しいんだ」
「女性の従人ばかり連れてるのは、やっぱりそういうことだったんですね、に・い・さ・ん」
シトラスのやつ、余計なことを言いやがって。ニームにジト目で見られてしまったではないか。
体が目的かと問われれば、否定することは難しい。なにせ従人にはケモミミとしっぽが、備わっているのだから!
「別にやましいことなんてしてないぞ」
「口ではなんとでも言えます。だからあなたたち、いつも兄さんに何をされてるのか、教えなさい」
「ボクたちの下半身ばっかり見てくるよ」
揺れるしっぽが、そこにあるからな!
「タクト様には、毎日いっぱい触ってもらえるです」
チャンスがあればモフるし、ブラッシングは絶対に欠かさない!
「旦那様の要求を満たして差し上げるのが、わたくしの幸せです」
毎日あれこれ手伝ってくれるから、すごく助かってるぞ!
「……お風呂で体、洗ってもらう」
風呂場に乱入されたら、洗ってやるのは使役者の義務だろ!
「眠る時は、いつも一緒ね。知ってる? 彼の胸板って、結構たくましいのよ」
俺の胸をベッド代わりにしてるのは、どこのどいつだ!
「にーいーさーん。ちょっとそこに正座してください」
「待てニーム。みんなの言葉に嘘はないが、お前は誤解してる」
「問答無用です!」
変なところで茶目っ気を出すから、説明が面倒でかなわん。今夜は腹いせにモフり倒してやるから、全員覚悟しておけ!
さすがに正座は勘弁してもらい、普段の生活や毎日の習慣を説明する。
「とりあえず兄さんが人に言えない変態趣味なのは、よくわかりました」
「変態趣味とかいうな。従人の身だしなみを整えるため、できる限りのことをやってるだけだ」
「それにしても、度が過ぎてます」
「そういうニームだって、ステビアのことを大切にしてるだろ。毛艶はいいし、栄養状態も悪くない。これは毎日風呂に入らせて、食事もしっかり与えてる証拠だ」
「まあ才人の義務みたいなものですから……」
「ニーム様のおかげで、ロブスター商会にいた頃より、良い生活をさせていただいております」
ステビアはローゼルさんのところから購入したのか。あそこよりいい生活が出来るってことは、従人の扱いがオレガノさんたちに近いのかもしれん。
「こうやって一緒にお茶を楽しんだり、従人に威圧的な態度を取ったりしない。ニームだって十分変わってると思うぞ」
「自分でも不思議なんですが、従人を軽視することに抵抗があるんですよ。もしかすると、兄さんのせいかもしれません」
「どういうことだ、それは」
「ミントに対してもですが、兄さんって屋敷で働いていた従人を、叱ったり殴ったりしたこと、一度もないじゃないですか。ボリジ兄さんやチャービルとは大違いです。それにいじめられていたミントをこっそり助けてたの、私は知ってますよ」
ニームのやつ、本当に俺のことをよく見てたんだな……
というかストーカーっぽくないか?
なんでその視線に、俺は一度も気づかなかったんだ。
「タクト様がミントを助けてくれてたなんて、知らなかったのです。嬉しいのです、タクト様!」
「ミントは俺の世話係だったんだ。助けるのは当たり前だろ」
感極まったミントが、俺に抱きついてきた。耳をモフってやるから、泣くな。
シナモンやジャスミンにも頭を撫でられ、ミントはすぐに泣き止んだ。ユーカリにハンカチで顔を拭ってもらいながら、幸せそうな表情で微笑む。庇護欲をそそるその顔は、いつ見ても可愛い。
「私は兄さんのそんな姿に、影響されたんでしょう。まったく、困ったものです」
「別に困る必要なんて、ないじゃないか。従人の忠誠心が高くなるのは、いいことだぞ」
「忠誠心……ですか。そういえばオレガノ様という方が使役している従人は、忠誠心の塊だと聞いたことがあります。最強の従人と呼ばれているセルバチコさんみたいに、なってくれると嬉しいですね」
「ニーム様に使役していただいたご恩には、必ず報います」
他国で暮らしていたニームまで知ってるとは、この街でオレガノさんがどれだけ有名なのかよくわかる。ニームの感性は俺に近いし、こんど機会があれば会わせてやろう。きっと良い関係を築けるはず。
「ニームがそんな考えを持っていたとは知らなかったよ。屋敷にいた頃に、もっと話をしておけばよかったな」
「それは無理です」
「なんでだよ!」
「今もそうですが、兄さんは魔力を垂れ流しすぎです。当時の私が、そんな人に近づけるわけないじゃないですか。それに今はあの頃よりひどいです。ちょっとした公害レベルですよ」
公害とか言うな、失礼なやつめ。従人たちとの魔力的なつながりを維持してるんだから、仕方ないだろ。
とはいえ、確かに言われてみればその通りだ。俺の魔力を脅威と感じて、距離を取っていたんだった。屋敷にいた頃はミント一人だったが、今は五人も使役してる。つまり単純計算でも五倍。ギフトが八ビット化したことで魔力路が倍になってるのなら、当時の十倍に増えたはず。
とにかく、ニームが従人を大切に扱うのであれば、敵対したり無視する必要はない。すでに縁が切れた家の関係者であってもだ。これからは元兄として、出来る限りのことをしてやろう。
これで第7章が終了です。
第8章はまるごと妹回!
まずは視点を変えて「0105話 ニーム・サーロインの朝」をお送りします。