0101話 系統樹
まさか家を捨てた俺が、ここに入れるとは思ってなかった。円形の壁はほぼ全てが棚になっており、本で埋め尽くされている。これを見ただけでテンションが上ってくるぞ!
俺たちが入ってきた場所は二階で、地上部分はすり鉢状の二段構造だ。直径が小さい一階の中心部分は、閲覧コーナーか。パーティションで区切られた空間に机がいくつも並べられ、熱心に本を読んでいる人が見える。もちろん一階の壁もすべて本棚。これだけ本に囲まれる環境なんて、素晴らしい以外の言葉が出ない。
「……本いっぱい、頭痛くなりそう」
「お屋敷の書庫なんて比べ物にならないくらい、本がいっぱいあるです!」
「隠れる場所がたくさんあるわ」
待てジャスミン。さっき従人の単独行動はダメと言われただろ。まあ仮にどこかに行ったとしても、指輪とチョーカーの機能ですぐ見つかるが。
「お料理の本とか置いてるでしょうか」
「あっ、それいいね。探してみようよ」
「こらこら引っ張るなシトラス。ひとまずざっと眺めてみよう。分類はしっかりされてるから、興味のある本を見つけたら、場所を覚えておけ。その周辺には同じジャンルの本が置かれているはずだ」
背表紙に書かれたタイトルを眺めながら、全員で広い廊下を歩く。歴史書や図鑑それに文学作品、見たことのないものばかりある。しばらくここで暮らしたい。
それにしても、やはりここでも目立ってしまうな。俺みたいな若者が、複数の従人を連れているんだ。名家の息子とでも思われてるのかもしれん。まあそう勘違いさせておくほうが、絡まれたり声をかけられないで済む。
「どうしたシナモン、抱っこでもしてほしいのか?」
「……変なの見つけた。あるじ様、見て」
シナモンに引っ張られたので視線を向けると、棚の下を指さしていた。確かにその一角だけ、妙にカラフルだ。しゃがんで背表紙を見ると、なんとも懐かしい感覚が蘇ってくる。
「これはコミック本じゃないか」
「……なにそれ?」
「絵がいっぱい描いてある本だ。これは七つの玉を集める話で、こっちは警察官――この世界でいう警備兵みたいな職業の男が出てくる。これは交通事故で死んだ弟に代わって野球をやる物語、別の星から来た侵略者が押しかけ女房になってしまう漫画もあるな」
かなり状態が悪いものもあり、パッと見た限り古い時代の本が多い。他にもヤンキー漫画に少女コミック、アメコミっぽいものや地球とは違う本もあった。ここと地球の時間軸はわからんが、どうやら異世界からの転移者は、過去に何人もこの星を訪れているようだ。なにせオレガノさんの祖父も、日本人だったかもしれないのだし。
「ホントだ、どのページにも絵しか描いてない」
「これは文字を線で囲ってるのです?」
「文字というか、模様に見えますね」
「……絵はあるじ様が描くのと、ちょっと似てる?」
「面白そうね。絵なら見るだけでも大丈夫だし、借りてみましょうよ」
俺の描くイラストもアニメや漫画の影響を受けてるから、似てるのは当然だろう。絵柄の古さは否めないが、こうしてマンガに触れるのは、俺にとっても刺激になる。
ただ残念なことに、ここにあるのは数冊づつ。カバンに入れていたとかの理由で、この世界に持ち込まれたってところか。全巻セットを持ち歩くやつなんて、そうそういないだろうし。
「俺が調べ物をしている間は暇だろうから、借りても構わないぞ」
「やった! ボクもちょっと興味あるんだ。どれにしようかなー」
「……これにする」
「私は本を持てないし、シトラスちゃんかシナモンちゃんに、見せてもらうわ」
しかし、異世界の本までこうして所蔵しているとは、さすが大図書館。こうやって世界に一冊しかないような本を公開してるなら、俺の探しものもきっと見つかる。
◇◆◇
かなりボロボロになっているが、獣人種が天人と呼ばれていた頃の本を見つけた。中には系統樹のようなものが描かれている。
「これに当てはめると、八ビット全てに一を持つ野人は、特別な存在らしい」
野人は体つきや毛色で、種族が大きく分けられている。その情報から、みんなの進化先を探していく。
鈍色の毛を持っていたシトラスは、灰狼から銀狼へ。体型こそ変化はないが、サラサラの銀髪は人目をひき、しっぽのボリュームが増加。街を歩くと、犬種や狼種の男従人が、例外なく見とれてしまう。
長春色で小柄な穴兎のミントは、桜色の毛をもつ玉兎になった。毛色とともに大きく変わったのがうさ耳。フワッフワの手触りは、真綿のように極上だ。元からマスコット的な可愛さがあったので、老若男女問わず人気が高い。
オークションでも毛色が悪いと散々言われたユーカリは、朽葉色の野狐から山吹色の妖狐へと変わっている。陽の光を浴びて金色に輝くそれは、とにかくよく目立つ。しっぽのモフ値も百五十まで上昇したしな。
そして山猫だったシナモンは、特殊な力を持つ仙狸になっているのか。光を吸い込むような闇色の毛も可愛かったが、今では見る角度によって様々な色を映し出す、艶のある濡羽色。傷んでいた毛もすっかり癒え、宝石のような美しさを獲得した。
黄土色の羽を持った有翼種は、この系統樹によれば藪禽に当てはまる。その進化系が白い羽を持つ聖霊になるらしい。髪の毛は紫根色から若紫色に変わり、本人も大喜びだ。
「ボクたちはキミの力で変わったけど、昔の野人は生まれた時からこの姿だったんだね」
「全てのビットが立つなんて滅多にないことで、一族から大切にされたらしい」
この本にも神の使いのように書かれているし、単純な割合で生まれるものではなかったんだろう。なにせ今でも四等級の野人はめったに生まれないのだから、八ビット全てが一になるのは恐ろしく低確率だったと考えられる。
「ミント、なんだか実感がわかないのです」
「特殊な力を授かってモフ値が上がろうと、ミントはミントだ。無理して意識する必要なんて全くない。時々やらかすドジっ子ぶりは、今も健在なんだからな」
「うー、タクト様ひどいのですぅ~」
ポカポカ叩くな、ミント。お前のレベルは四十三なんだぞ。一等級換算で三百超えのパンチは、手加減してても結構響く。
「妖狐とか妖術とか、わたくしにはどうしてそんな名前ばかり……」
「どうやら狐種というのは少々特殊でな。出来ることが多すぎるため、大まかな分類として妖狐と呼ばれるようだ」
「確かに旦那様が見ておられる図も、描き方が他と違いますね」
「俺の使う生活魔法もそうだが、この手の力は工夫次第で新しいものを生み出せる。魔術や妖術も、恐らく同じなんだろう。だからユーカリも力をつけていけば、天狐や空狐を目指せるぞ」
「わたくし、頑張ります!」
両手をグッと握りしめる姿は可愛すぎだろ。どれ、頭を撫でてやろう。やはりこの大きなキツネ耳は素晴らしい。
「……あるじ様、特殊な力ってなに?」
「この本には詳しく載っていないが、どうやら仙術にも相性があるようだ。シナモンとユーカリ、それにジャスミンは、まずそれを確かめることからだな」
「あら、私の力もそうなのね」
「召喚術はどの精霊が呼びかけ応えてくれるか、人によって異なるらしい」
「精霊にお願いできるなんて凄いじゃない。確か住んでる世界が違うとか、聞いた覚えがあるわ」
さすが森で暮らす種族、口伝として精霊の存在が伝わってるのか。あいつらは俺たちより高位の世界に住んでる、それがいま主流の説だ。そんな存在を呼び出せるからこそ、〝聖霊〟という名前がついたんだろう。
「……やりかた、わかる?」
「古文書はいくつもあったから、どこかにヒントくらいあるはず。俺が必ず見つけてやるからな」
膝に座ったシナモンが俺を見上げてきたので、指先で顎を撫でてやる。うにゃーと言いながら目を閉じる姿が実にたまらん。
そんなふうにじゃれ合っていたので、周りの状況をまったく気にしてなかった。
「聞き覚えのある声がすると見に来れば、どうしてこんな場所にいるのですか」
――パーティションの奥から現れたのは、鮮やかな紅赤の髪を揺らす少女。その姿を見た瞬間、過去の記憶が呼び覚まされる。なにせ妹のニーム・サーロインが、目の前に立ってたのだから。
次回は妹ちゃんに問い詰められる主人公。
「0102話 質問に答えてください」をお楽しみに!