0100話 学術特区
商業区を抜けて住宅区を進む。手前は雑多な街並みだが、奥へ行くに従い整然としていく。やがてそれがいったん途切れ、広大な敷地を持った建物が多くなる。この辺り一帯は学術特区と呼ばれ、世界最大のキャンパスを持つ学園には、官民の研究施設も併設されているそうだ。観光ガイドにそんな事が書いてあった。
向こうに見えるバカでかい建物が、レアギフト持ちのエリートたちが集まる、マノイワート学園。中庭を取り囲むように三階建ての校舎がそびえ、丸いタワーの間にある堅牢そうな門扉。最上部に人がいるあたり、監視員が常駐しているようだ。それだけ重要な施設が集まる場所なんだろう。
俺たちの目的地は、広い通りを挟んだ向かい側にある、丸くて平べったい建物。こんな形状の建築物を作るなんて、本当に贅沢な土地の使い方だな。乾地の規模が大きいヨロズヤーオ国以外では考えられん。
「ここが智の殿堂、ワカイネトコ大図書館か。やはり実物は迫力がある」
「なんで入り口が、あんな高い場所にあるの?」
「この施設は建物の下が地面に埋まっている三層構造でな。重要な資料や禁書と呼ばれるものは、半地下の部分に保管されているんだ。貴重なものを持ち出しにくくするため、二階から入るようになっている」
「タクト様は地下に入れるのです?」
「オレガノさんから預かった封筒の中身次第で、どうなるかが決まる。とはいえ俺たちに必要なものは古文書だから、入る機会はないと思うが」
とっておきの効果がどれくらいあるのか、結局教えてもらえなかった。あの人も変なところで、おちゃめな部分がある。
「向こうの建物もとんでもなく大きいわねー。ここからじゃ、見通せないわ」
「おーいジャスミン、あまりこの辺りを飛び回るな。魔法で撃ち落とされるぞ」
「あらら。そんな事されたら、タクトと一緒に居られなくなっちゃう」
慌てて降下してきたジャスミンが、俺の胸にすがりつく。彼女は受け取ったばかりの、青いチョーカーを首につけている。中央でキラキラ光る羽根のモチーフが、監視員の目に止まったんだろう。物見塔がちょっと騒がしいし、さっさと建物の中に入るか。
階段を登るとまず目に入るのは、取っ手のない分厚いドア。そしてその横には、警備員が常駐する詰め所。中にいる人物しか開閉できない辺り、さすがに厳重だな。
「閲覧カードの提示をお願いします」
「今日はカードの発行を頼みに来た。紹介状を預かっているので、館長へ渡して欲しい」
俺はマジックバッグから手紙を取り出し、警備員の男性へ差し出す。受け取って裏返した途端、俺たちを威嚇するようだった目が、大きく見開いた。オレガノさんのサインと、封蝋に押されたパルミジャーノ骨董品店の印璽に、気づいたようだ。
「……なっ!? 少々お待ちください! すぐに渡してきます」
そんなに慌てなくてもいいぞ。と言うか、ここを無人にしても良いのか?
幸い今の時間は訪れる人がいないようだが……
「ものすごくびっくりされていましたね」
「オレガノさんは、世界中から仕入れた貴重な書物や資料を、数多く納入している御用商人だからな。そんな人物からの紹介状を持ってきたら、あの反応も無理はない」
昨日訪ねたオレガノさんの店には、アンティークの家具や古美術以外に、見たことのない古書や魔道具があった。恐らく独自のルートや人脈を持っているから、珍しいものが手に入るんだろう。俺も時間のある時に、じっくり物色したい。
骨董品店のことを考えていたら勢いよくドアが開き、先ほどとは違う男性が詰め所へ駆け込んでくる。
「お待たせいたしました。私がワカイネトコ大図書館の館長を務める、ヒソップと申します」
「俺の名前はタクト。慌てなくていいから、落ち着いてくれ。それから若輩者の俺に対して、そんなに畏まられると困る」
「オレガノ様が個人のかたに紹介状を書かれるのは、初めてのことでして。少々取り乱しておりました。喋りかたはこれが素ですから、お気になさらず」
丸メガネをかけた真面目そうな男性が、俺に向かってペコペコと頭を下げる。年齢は五十代くらいだろうか、工作が得意なおじさんにちょっと似てるかも。
「それで……よろしければオレガノ様とどういったご関係か、教えていただいてもよろしいでしょうか」
どうやらオレガノさんは、権力者や著名人から依頼されても、頑として首を縦に振らなかったらしい。こだわりの強いあの人のことだ、誰かに頼まれてホイホイ請け負ったりしないはず。
これまでの経緯があるから、俺のことを軽く疑ってるといった感じか。偽造したり脅したりといった可能性を考慮しないといけないのは、ここが国にとって重要な施設だからだろう。まあ後ろ暗い点は一つもないし、出会った経緯やその後のことをかいつまんで伝える。
結局のところ旅の途中で共闘し、意気投合したという話なのだが、納得してくれたようだ。
「大変恐縮なのですが、規則ですので身分証明書の提出をお願いします」
「三枚あるから、よろしく頼む」
詰め所のカウンターに、冒険者証と商会の身分証を置く。それを手にした館長は、完全に固まってしまった。
「四つ星……タラバ商会、ロブスター商会……」
「どちらも正規の従業員というわけではないが、問題ないだろうか?」
「はっ、はい。まったく問題ございません。むしろ十分すぎるくらいです。すぐに閲覧カードを発行いたしますので、しばらくお待ち下さい」
身分証を俺に返した館長が、奥の扉を開けて走り去る。だから、そんなに急がなくても大丈夫だぞ。
代わりに窓口へやってきた男性が、俺たちの方を気まずそうに見てきた。別にさっき睨まれたことは、これっぽっちも気にしてないから心配するな。業務に忠実だっただけなんだろ?
「すまない。一つ教えてもらってもいいか」
「はっ、はい。なんなりとお聞きください」
「ここは従人と入っても構わないんだよな?」
「他の閲覧者とトラブルさえ起こさなければ問題ありません。ただし従人だけで単独行動させるのは、お控えください」
「わかった、ありがとう」
なにせ調べたいのは、みんなに発現したスキルだ。近くにいてもらったほうが、二度手間にならなくてすむ。閲覧カードも問題なく貰えそうだし、これで俺たちの可能性は大きく広がるはず。必ず参考になる書物を見つけ出してやろう。
マノイワート学園(まのいわあと→あまのいわと→天岩戸)
が名前の由来です。
次回はいよいよ館内へ。
そこによく知る人物が……