0001話 早く追い出してくれ
新連載をはじめました。
本作品もよろしくお願いします。
今日の昼12時と夕方18時に予約投稿を入れています。
明日は7時/12時/18時の予定。
目の前にいる男が、俺のことを不機嫌そうな目で睨む。いつも思うんだが、やたらゴテゴテと装飾のついた机と椅子は、あまり趣味が良いとはいえないな。
「ここに呼ばれた理由はわかっているな?」
「ええ、もちろん」
危機感のない俺の態度を見たからだろう、大きくため息をつきながら椅子を百八十度回転させる。恐らく睨みつけて、萎縮でもさせようとしてたに違いない。
「攻撃魔法も覚えられず、暇があれば本ばかり読んでいるお前を、十五歳まで育ててやった」
魔法の才能がないとわかった途端、母屋から追い出されたがな。まあ書庫が近かったから、俺としてはなんの問題もなかったが。おかげで自由に本が読み放題という、まさに夢のような時間を過ごすことが出来た。
「お前の兄と姉は、素晴らしいギフトを授かった。だから儂も期待していたのだ」
家の跡取りである五歳年上の兄は[炎帝]だったな。火属性魔法に適正のあるギフトだが、俺は知っているぞ。何度かボヤ騒ぎを起こしたこと。火力の調整が雑なんだよ。
そして三歳年上の姉は[水姫]だったか。政略結婚の道具にされ、もう家を出てしまっている。この世界ではよくある事とはいえ、前世が日本人だった俺にとって、十八歳で嫁に出されるというのは、なんともやりきれない気持ちだ。
姉と仲が良かったわけでもないし、まあ今さらどうでもいい。遠目でチラッと見ただけだが、爽やかそうな青年だったから、不幸にはなってないだろう。
「たまに遅れて才能が開花する者もいる。しかしそれは十五歳までだ」
俺が二人のことを考えていると、後ろを向いたままの父親から話の続きが聞こえてきた。まだ終わらないのだろうか。そんなにもったいぶらなくても、結論はわかっている。とっとと開放してもらいたいものだ。
「お前が今日授かったギフトはなんだ?」
「……論理演算師」
「確かに発現した記録がほとんど残っていない、超レアなギフトだ。だが我ら才人の持つ支配値や、野人どもの持つ品質がわかるだけの、ハズレギフトと呼ばれている」
生まれた直後から前世の記憶を持っていたし、目がはっきりと見えるようになった頃には、意識すると数値もわかるようになった。恐らく俺は生まれた瞬間に、十五歳という年齢をクリアしていたんだろう。だから自分の持っているギフトをすぐ理解できたうえ、試行錯誤を重ねた結果、力の使い方を既にマスターしている。
支配値や品質は道具でも調べられるから、ハズレギフトだと言われるのも仕方がない。だがそれはギフトを活用する前提条件に、気づいていないだけだ。位取り記数法の知識がなければ、ただ数字が見えるだけだと思ってしまうはず。
「……やはり上人の子供には、我ら才人の血は受け継がれないということか」
長々と話を続ける男の口から、そんな言葉が聞こえてきた。
俺が五歳の時に死んだ母は、かなりの美人だったからな。だから下層で暮らしていたにも関わらず、俺の父親に目をつけられてしまった。そんな出自のため、五人いる夫人の中で序列は最下位だ。とはいえ、普通以上の暮らしを保証していたのは、父親の唯一褒められる部分と言える。俺もなんだかんだで、この歳になるまで養ってもらえたし。
ノブレス・オブリージュなんて言葉はこの世界にないが、社会的責任と体面に縛られた生き方をしてるのだろう。
「しかも支配値がゼロのままだったことを、世間に知られるわけにいかん。お前のように野人以下の存在が生まれたなど、家の名前に傷がついてしまう。これからは家名を捨て、下層で生きてゆけ。今日限りで親子の縁を切る、ただちに荷物をまとめ上層を去れ」
最後にこちらの方を向いた父親が、俺にそう告げる。そのまま目線で退出しろと言ってきたので、黙って部屋から出ていく。
俺がやりたいことは、このままの立場だと絶対に不可能なこと。だからギフトの詳細も知らせず、こうしてハズレの汚名をかぶったのだ。つまり追い出されるのは計画のうち。
これで自由気ままに生きられる!
◇◆◇
執務室を出た俺は、長い廊下を歩いて離れに向かう。これでも歴史のある名家だけあって、やたらでかいんだよな。動く歩道とかエスカレーターが欲しいものだ。
俺が追い出されることは伝わっているんだろう。使用人や家で使役されている従人は、誰も声をかけてこない。そんなとき、廊下の向こうから見知った人間が近づいてきた。
「よう、セージ兄貴」
「ああ、チャービル。こんな時間にここへ来るなんて、どうしたんだ?」
下からニヤニヤとこちらを見てるということは、俺が来るのを待っていたのか。相変わらず暇人だな、こいつは。
「家を出ていくって聞いたから、挨拶に来てやっただけだ」
「それはわざわざ済まなかった。俺は生活魔法しか使えない落ちこぼれだし、発現したのもハズレギフトだったからな。この家にはいられないさ」
「魔法の練習もせず、本ばかり読んでるからだぜ。でも心配すんな。セージ兄貴の代わりは、三男の俺が立派に努めてやる」
そう言ったチャービルが、庭へ向かって得意の風魔法を放った。まっすぐ飛んでいったそれは、庭に植えている低木を何本かまとめて切り倒す。まずまずの威力だが、まだ制御が甘いな。お前が切り倒したのは、第一夫人が大切にしていたものだぞ。
長男のボリジと、目の前でドヤ顔を決めるチャービルは、第一夫人の息子だ。かなり性格のきついあの人は、実の子が相手であっても容赦しない。百叩きで済めば御の字ってところか……
「お前のギフトが判明するのは来年だな」
「俺くらい才能があれば、間違いなく風のギフトをもらえると思うぜ。もしかすると[風神]が発現したりしてな」
希少性では俺が持つ[論理演算師]の方が上だが、[風神]は長兄に発現した[炎帝]よりレアギフトだぞ。まあ夢を持つのはいいことだな、うん。
「出来損ないの兄に代わって、家を支えてやってくれ」
名家の次男といえば長男のスペアパーツ。それを代わってくれるというのなら、喜んで進呈しよう。
「俺の魔法を自慢できる相手がいなくなるんだ、ちょっと寂しくなるぜ。まあせいぜい下層で頑張ってくれ」
よくよく考えると、兄弟の中で一番よく話したのはこいつなんだよな。もっとも俺が一方的に自慢話を聞く役だったが。なにせ兄と姉は接点がほとんどなく、すぐ下の妹は俺を見ると隠れてしまう。なにかした覚えはないけど、かなり嫌われているらしい。
少し年の離れたもう一人の弟は、生活魔法しか使えない落ちこぼれの俺と、会うつもりはないようだ。恐らく家族と話をするのも、これが最後の機会になるだろう。
そう考えて話に付き合ってやったが、ケモミミやしっぽのないモフ値ゼロの存在など、俺にとって価値のないもの。別れの挨拶を済ませたあと、離れの自室へ戻る。
最下層の階級で生きる野人と呼ばれる種族こそ、俺にとってまさに至高の宝。気に入ったやつを使役して、モフモフを堪能しまくるのだ。それを実現するためには、名家の立場なんて邪魔なだけ。
晴れて自由の身になった俺は、準備していた荷物を持ち、意気揚々と家を出ていくことにした。