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歩き方がかっこよくて

作者: トヨタカー

世の中にはたくさんの恋愛ドラマがあって出会いはさまざま。

例えば小さい頃からの幼馴染み。先輩や後輩に同僚。友達の紹介。最初は嫌なヤツだったけどだんだん気になる存在になったり、突然イケメンに声かけられるとか。もう現実世界でそんな事起きないから!って突っ込みたくなるようなものばかり。でもそんな非現実的な事が起こるのではないかと夢見る1人の女がいました。



カナ21歳、社会人1年目。20年間生まれ育った静かな故郷を離れ、賑わった街で夢と希望を胸いっぱいに抱え、今日も1日をスタートさせた。

ここが小説の中だからあの決まり文句を言うと、カナは本当に冴えない普通の女。強いて何かを挙げろと言うなら風邪をひかない健康体という事だ。でもそれをかき消すくらいドジでマヌケで…。

例えば小学校3年生の昼休みには、けん玉を司会者のマイクに見立て、自信満々に話そうと大きく息を吸い込んで第一声を発そうとすれば、漫画の世界で見かけるような大きな鼻風船を作ってみたり…。

中学2年生の頃は友達と登校中、踏切の信号が鳴り始めたがスピードを上げれば渡りきれそうな距離であったことから少し無理をして渡ろうとすれば、大事には至らなかったものの遮断機が降りるタイミングとうまく重なり頭の上に落ちてきたり…。

高校2年生の頃は階段で友達と話に夢中になり前を見て歩いていなかった時、隣の友達がなぜか急に立ち止まった。私はなぜ止まったのか分からずそのまま階段を登るための1歩を踏み出した。それと同時にやっと前を向いたが次の瞬間、私の視界は真っ暗になった。階段から落ちたのではない。階段が渋滞していて歩みが止まっていたのだ。しかし私は気付くのが遅かったことから、前を歩いていた学校で1、2位を争うイケメンの先輩お尻に顔を埋めてしまったり…。と、嘘のような本当の話をいくつか持っているごく普通の人間だ。


そんなある日、同期とご飯を食べている時話題は仕事の愚痴から恋愛トークへ変わった。

「あ〜彼氏欲しい〜」

3杯目のグラスを空っぽにしてハナエは続ける。

「ホントに出会いなさすぎ。周りを見ればカップルカップル。みんなどうやって出会ってるのよ、私にも教えてほしいわ」

ハナエは今までこんな事を口にするような子ではなかった。趣味が多彩でいつも何かと忙しく充実しているように見えていた。しかし、1人という寂しさを埋めれるのは趣味でも楽しみでもなく彼氏なのよ!と再びハナエが口にした時にはすでにグラスは4杯目に突入していた。

「どうやったら出会えるんだろうね。どういう出会いがいい?」

故郷の訛りが抜けていないせいか、少し聞き取りづらいがミユキが私たちに質問した。

「普通でいい!もう普通に友達の紹介とか」

ハナエが即答する。

「私は街でパッタリとかがいいな〜。突然声かけられるとか」

私が言った途端「夢見すぎ〜」と2人は呆れながら笑った。

その後も話は盛り上がり最終的には、彼氏ができないのは私たちを選ばない男が悪いのだ。と寂しさを笑い飛ばし彼氏が出来たらどこに行きたいか、結婚はいつまでにしたいかなど、夢を語ってお開きになった。


それからしばらくしたある日、天気も良くカナは1人散歩に出かけた。

ここに来たときは見るもの全てが新鮮で、広いこの街は迷路のように感じたが今では目を瞑ってでも歩けるほど慣れてしまった。1時間近く歩いてそろそろ家に帰ろうと思い、信号待ちをしていた時だった。私は横から歩いてくる1人の男性がすごく気になった。なぜ気になったのかは分からない。黄色と黒のジャンパーが印象的だったのは覚えている。心の中で色々な思いを感じている時、その男性は私の隣に立ち信号が変わるのを待っていた。

信号が青になり歩き出した。しかし男性の歩みは遅く私の後ろを歩いていた。後ろを歩かれることになぜか少し恐怖を覚え私も少しゆっくり歩いた。するとさすがにゆっくりすぎたのか、男性は私を追い越した。先には十字路。私は左に曲がる予定だが男性はどこに行くのだろうと後ろから見ていると右へ曲がった。

“同じ方向じゃない。良かった”

心の中でそう呟き安心した私は左へ曲がったが少し歩いてなぜか後ろが気になり、後ろを振り向いた。もちろん振り返った先に男性の姿は見えた。しかしなんというタイミングか男性もこちらを振り返っていた。同じタイミングということに少し驚いたが特に気にせずまた歩き出した。あと10歩もしないうちに私は右に曲がる。その前にもう1度後ろが気になり再度振り返った。振り返った先には、先ほどより遠かったがまだ男性の姿は見えた。ところがこれもまた偶然なのか男性もこちらを振り返っていた。さすがに偶然にしても少し怖くなった。しかし私はこれから右に曲がる。曲がってしまえばもう完全に男性は見えなくなる。少し安心して私は右に曲がり先ほどの道より少し人通りが少ない線路沿いの道を呑気に歩き出した。その道は何度も通った事があるが天気が良い今日のような日はいつもに増して綺麗に見える。すると前から小さな子供たちが追いかけっこしながら楽しそうに通り過ぎた。その姿を見送った時だった。私の後ろに先ほどの男性が歩いていた。

どうしてだ。男性が歩いていた道をまっすぐ歩いてもこの道に出ることはない。この道を通るには先ほどの男性が歩いた道からではUターンしないといけない。それくらいの事はここに来て1年しか経っていないが私にもわかる。怖くなったが周りには5人程だったか、通行人はいた。安心できる要素はまだ残っている。怖い気持ちはあったが歩き続けた。

しかし私のすぐ後ろで近づいてくる足音がはっきり聞こえた。そしてついに、

「あの…すみません」

私に向けられた言葉だと分かり振り返った。そこには先ほどから何度も見る、黒と黄色のジャンパーを着た男性だった。

この男性はこの後私にどんな言葉を発するのだろう。私の中で色々と考えていた時に男性は思ってもいなかった言葉を私に言った。

「歩き方がかっこよくて…」

私は呆気に取られた。歩き方??人は歩き方がかっこよければ追いかけて来るものなのか?あれ、もしかしてスカウトマン?スタイルが良いわけじゃないけど、これから私は変われるの!?なんてちょっと呑気な事を考えていた。しかしそんな事を悟られないように私はちょっと困った顔をして、

「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言った。

「これもらってくれませんか?」

男性の手には紙が握られており、私に向けられた。

“これはなんだ”率直にそう思った。

「え?」

「変なこと言ってるのはわかってるんです。でもこれだけ受け取ってもらえませんか」

男性は握った紙を私に向けたまま言った。

“えー!これはもらうしかない‼︎”

これはナンパなのか⁉︎今時のナンパはこんなものなのか!と、もう私は恐怖なんてとっくに忘れていた。

「ああ、じゃあ…」と、こんな事あるんだと少し嬉しかったが、それを悟られないよう、少し困った顔を続け私は男性からその紙を受け取った。

「ありがとうございます。失礼しました」と男性は最後に笑顔を向け、今来たであろう道を戻って行った。

もらった紙は丁寧に4つに折られていた。今すぐにでも開いて中に何が書かれているか確認したかったが、別れてすぐに見るのは品がないと思い、今の道よりももっと人通りの少ない道に出た時初めて紙を開いた。

そこには少しクセのある文字で連絡先が書かれていた。


私はとりあえず家に帰った。このような時、世の中の女はどうするのか分からなかったからだ。家に帰りすぐにハナエに報告した。

「え、怖っ。今時そんなことあるの。しかも歩き方がかっこいいとかって」

私も冷静になり考えれば少しおかしいなということに気がついた。その後も何人かの友達に出来事を報告すると、連絡をするようにからかわれななら勧められたが、私自身が気が向かず時は過ぎた。


そして1週間程した時だった。ミユキがうちへ遊びに来た。特に内容もない話をずっとしていたが、ふとあの男性の出来事を思い出し話した。

するとミユキは面白がったように

「1週間経ってるんでしょ?絶対気づかないって。連絡してみよう」

と、やっぱりちょっと訛った発音でそう言った。

私もその時は気分が良かったのか「えー」なんて言いながら携帯を出した。あの時男性からもらった紙を出して1文字ずつ打ちメッセージを送った。少し緊張した。しかしすぐに返信はなく「ダメか〜」と2人で少し落胆し、お腹も空いたとランチを食べに出かけた。


それから楽しい時間はあっという間に過ぎ、帰宅後携帯を見た。するとそこには見慣れない宛先人からのメッセージが届いていた。

<お久しぶりです。連絡ありがとうございます。>

どきっとした。楽しさで自分から連絡したことを忘れていた。どうしようと思ったがミユキに連絡する気にもなれず自分で解決しようと決めた。しかし私には、この後の返信をどう返していいのか難度が高くしばらく考え

[お久しぶりです。]とだけ返した。続けようとも思わずそっけなく返した。しかし男性はこんな返信にも構わずまた送ってきた。

<この前はびっくりさせてしまい本当にすみませんでした(>_<)>

[少しびっくりしましたけど大丈夫ですよ笑]

大変やりにくい返信だと自分でも分かっていたが、この男性が私に何を伝えたいのかが分からず試行錯誤しながら連絡を取った。

すると展開はガラッと変わり

<本当に連絡くれて嬉しかったです。もし良ければまた連絡してきてれませんか?>

私は意味がわからなかった。自分から道端で声を掛けてきて連絡先まで渡し、連絡すれば、なぜ声を掛けたのかもなければ、自分の素性1つ明かさずに私にまた連絡して欲しいと。何と不合理な話をこの人はしているのかと怒りが湧いてきた。しかし長く続ける気もなく、今から打つ文面には私の感情が何1つあの男性には伝わらないにだろうとまた怒りが湧いてきたが

[気が向けば…]と送った。

それからまた通知音が鳴り画面を見ると

<ありがとうございます。それでは失礼します。>

と、あの男性もどのような感情で打ったのか分からないが丁寧に文字が打たれていた。

なぜだか腹立たしかった。意味がわからなかった。もしかしたら私はあの男性に何か希望を持っていたのか?多分そうなのだ。声を掛けられるなんて今まで経験したことがなかった。テレビやドラマであるように何か新たな事が始まるのではないか。歩き方がかっこよかったと声を掛けてきたから、歩き方を活かしたモデルなんかに転職するのではないかと勝手に希望を膨らませていた。しかし現実は夢見ていた事を何一つ掠りもせずに呆気なく終わった。

もう何も考えないようにしよう。もう忘れようと自分に言い聞かせてその日私はいつもより早く眠りについた。


それから私はあの日のことを思い出すこともなく、、思い出したとしてももう深く考えることもなく、今までと変わらない日々を過ごしていた。


それから1ヶ月程した時であろうか、買い物に出かけようと外を歩いていると、またあの目立つジャンパーが目に留まった。そうあの時の男性だ。私は目を疑った。男性の前には女性がいて、その女性は少し困った顔をし何かを受け取っていた。私はハッとした。この男性は恐らく何度もこうこのような事しているのだ。誘い文句は分からない。「歩き方がかっこよくて」を何人もの女の人に使っているのかだけが無性に気になった。男性はお目当ての女性に自分の連絡先であろう紙を渡し終えると私の向かいの横断歩道で立ち止まり信号待ちをした。なにか一言言ってやろうかとも思ったが、あの時の怒りなどもうない。むしろ私は清々しかった。

信号が青になり歩みを進める。もうこんな悪戯には引っかからないぞ。今度は誠実な違う誰かに声を掛けられ私は幸せになるのだと、また呑気なことを考え私は少し賑わったこの小さな街の横断歩道をステージに見立て、胸を張り腕を振り、モデルにでもなったかのような歩き方で、前から歩いてくる男性の横を通り過ぎた。

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