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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

調停の聖女と争いなきセカイ

作者: ゑーる

 枯れた風が吹き荒ぶ。

 この世界で、最も荒れ果てた平原。


 幾度となく人々が争いを積み重ね、血が染み込んだこの土地は、もはや植物の1本も育成出来ない荒野と成り果てていた。


 そして、かつてこの広大な荒野で争いを続けていた王国軍と帝国軍は、現在同じ場所にて釜と寝床を共にしている。


 何万、何十万という兵士達…………この世界において、最後に残された(・・・・・・・)人類の希望を背負った軍。

 その軍を纏める、王国軍側の総司令官は、この荒野に展開された陣地の後方の中で、人生最後となるであろう、平穏な夜を過ごしていた。


 「……なんとも平和だな」


 一言、誰に聞かせるわけでもなく、漏らすように言うと手元のカップに入ったコーヒーを啜る。


 「俺が彼女との戦争に携わってから、もう20年目にもなるか………」

 「時間の流れとは実に残酷だな」


 これから、負けると分かりきっている戦に向かう己を嘲笑するように、苦笑を漏らす。


 「確かに時間は残酷ですが、本当に残酷なのは『彼女』でしょう?グレッツァー総司令官殿」


 1人で荒野の風にあたりながらコーヒーを飲んでいた、王国軍総司令官グレッツァーの元に来たのは、同じ総司令官の立場である、帝国軍総司令官リートビヒ・ルートであった。


 「『彼女』が最初の虐殺を初めてから、もう何十年にもなりますが、この広い世界の地図上で、残っている国は我々の帝国と、貴殿の王国のみですから」

 「リートビヒ殿、どうせこんな場所だ。もっと気楽に話してくれていいんだぞ?」


 グレッツァーはそう、リートビヒに話しかけるが、彼も苦笑で返す。


 「何度も言いますが、私はこれが性分ですから」

 「全く、帝国軍はお堅い事でいらっしゃいますねー………っと、リートビヒ殿もコーヒーはいかがかな?」


 リートビヒはおどけるように肩を竦めるが、そんなことは気にせずに、グレッツァーはコーヒーを勧める。


 「いえ、開戦は明日ですから、貴殿との会話も終われば、早く眠りにつきますよ。それと、貴殿も早く就寝してください」

 「へいへい、りょーかいしましたよ」


 彼のその物言いに、グレッツァーは内心で「母親か!」とツッコミを入れつつ、コーヒーを啜る。


 「少しだけ、話に付き合ってもらってもいいか?」

 「………はぁ、少しだけなら」


 明らかにため息をつきながらも、承諾してくれたリートビヒに内心で深く感謝をしながら、彼のために水の入ったコップを渡す。


 「有難くいただきます」

 「おう、気にしなくていい」


 彼がコップを受け取ったのを確認して、グレッツァーは語り出す。


 「…俺は、元々街の産まれだ。両親は雑貨屋で、俺は元々算術のために国の教育施設に通わされた」

 「そんでまあ、色々あって騎士なんかに憧れて、挫折を繰り返して今は司令官って立場にいる訳だが…………」

 「だが………ですか?誇りに思えど、問題があるようには思えませんが」


 彼のその「軍人らしい」もしくは「倫理観が欠けている」とも言えるようなその言葉に、グレッツァーはなんとも言えない顔をする。


 「まあ…確かに、軍人として考えれば、俺はかなり良い人生を歩んでいる」

 「戦果を挙げ、相手の兵士を殺し、戦略を練り、勲章を頂き、出席して」

 「私から見ても、とても良い人生ですよ。多くの人が嫉妬し、吟遊詩人なら貴方を題材にした詩でも創りそうです」


 「詩を創る」と聞いて、少しだけ嬉しく思ったグレッツァーだが、やはり、彼が自分の考えを理解してくれないであろうことを確信し、落胆する。


 「俺は、最近になって考えるようになってしまった。俺は軍人で王国の一員だが。その前に、俺は1人の人間だ」

 「そして、俺が殺してきた敵の兵士も全員が人間だ。人間が人間を殺すことに………意味はあったのか…?」


 確かに、戦争に勝つことで、自分の国は栄えて家族や民たちは良い暮らしができるようになる。

 だが、それが本当に正しかったのか?


 自国が裕福になる分、敵国に所属していた民は貧しくなり、それで死亡した者は多いだろう。

 それは軍人として考えればとても良いことであり、誇りに思うことだ。


 しかしそれも同時に、人間としての「ナニカ」を喪失してしまっているようにも感じる。


 自分を1人の人間として見た時、「自分は正しい行いをしてきたのか?」という考えが、頭の隅でぐるぐると廻っている。


 そこまで話して、静かに聞いていたリートビヒが水を飲んで、口を開く。


 「考えるだけ、無駄ということです」

 「人は何者かを食い物にしなければいつか死にます。生きるために誰かを犠牲にし、身近な者を守る。それだけです」


 そこまで早口で言い切り、今度は水を飲み干して繋げる。


 「そんな無駄なことを考える暇があるなら、早く寝て『彼女』……いや、今の全人類の敵である『虐殺の聖女「リル・ポルティエ」』との戦争のために備えてください」

 「どちらにせよ、我々が生き抜くために、ひいては貴方が愛する者達のために、戦う必要があるのですから」


 リートビヒは、自分の空になったコップと、いつの間にかグレッツァーがコーヒーを飲み干していたコップと重ね、洗浄場に置いて、寝床に向かった。


 「…最後に、お早めに就寝してください、グレッツァー殿。貴殿の国のためにも」


 「では失礼します」と言って、今度こそリートビヒは宿舎のテントの中に入っていった。


 「そう…か……」


 長めのため息をついて、グレッツァーは言葉を漏らし、立ち上がる。


 「よし、またリートビヒ殿に叱られる前に、俺も早く寝るか!」


 グレッツァーもリートビヒも居なくなり、荒野の丘の頂上に放置されたテーブルの上空には、優しく光る球体の物が、何かを監視するように浮かんでいた。




 この世界には「聖女」と呼ばれる存在がいる。

 いや、今ではもう「いた」という表現になってしまうのだが。


 聖女はこの世界における唯一にして最大の宗教である「創世教会」の旗印にして、世界でただ1人、神より賜った《神聖魔法》を最大限に使用できる人物のことだ。


 古来より聖女は、その力を持ってして、様々な人々の傷を癒し、世界平和に尽力してきた。


 だが、人々を自由に癒す力を持つ聖女は教会以外の勢力が欲した。


 ある国は戦争のため

 ある国は労働のため

 ある団体は武力のため

 ある個人は己の研究のため


 だが、聖女は見つかり次第、教会が保護する制度が全世界で敷かれていたため、ほとんどの場合、何者かに捕まることは無かった。


 しかし保護させる前は、流石の教会でも管轄外であった。


 此度の聖女はとある村で発見された。

 当時辺境であり不毛の土地に作られたその村は、とても豊かであるとは言えず、人1人賄うこともやっとだった。


 聖女の両親も例外ではなく、2人が暮らしていくだけの食糧もやっとのことで、そこに子供を養う余裕などありはしなかった。


 だが、聖女の母は優しすぎた。

 自分たちの分の食糧を生まれた我が子にも与えようとした。

 その分自分たちの分が減ることも厭わずに。


 これだけ聞くと、美談となるだろう。

 しかし、1日を過ごすこともやっとのこの村で、生活力も、労働力も、体力もない女子を1人育てることは、自分達を死の淵に追い込む事にほかならない。


 父親は愛する妻をそんな危険に晒すことは出来ないと言い張り、度々喧嘩を繰り返した。


 そしてある日、母親は父親との喧嘩中、してはならないことをしてしまう。

 偶に手に入る動物の解体用のナイフを手に取り、父親を刺殺してしまったのだ。


 元々、食事をする人数が増えたことにより発生した問題は、このような最悪の形で解決することとなった。

 このような限られた村の中では、穀潰しの子供を奴隷商に売ることも珍しくないこの村では、自分たちに火の粉が掛からないからと、その事件はそのうち忘れられていった。


 その後、聖女は健やかとは言えないまでも、普通の農村の子としては十分なほど、育つことが出来た。

 しかし、聖女はずっと、考え続けることがあった。


 「何故人々は争うことを辞めないのだろう」「争えば、その分悲しいことが増えるのに」と。


 その考えを持ったまま、聖女は16歳の誕生日を迎え、その数ヵ月後に教会に引き取られて行った。


 そして、聖女は教会で《神聖魔法》の使い方を学び、成長し、ある考えに至った。至ってしまった。


 「人がいなくなれば争いは無くなるのではないか?」という結論に。


 それから、聖女は黙々と《神聖魔法》をマスターするために勉強に励み、実際に経験もするために人々を癒し、教会による戦争の仲裁にも参加した。


 そして彼女が25歳を超える頃、行動を起こした。


 世界で最高の権威を持ち、最強と名高い「神聖騎士団」を保有していた教会の総本山である都市が、一夜にして壊滅した。


 人々が住んでいた町は全てが崩壊し、そこに住まう全ての生物は死亡し、土に帰った。


 その後も彼女は歩みをとめず、北から南下するように各国の都市を滅ぼし、国のあった土地を更地にして歩いた。


 そうして最終的に残ったのが最も南の、争いを続けていた、王国と帝国であった。


 王国と帝国は争いを1時中断し、人類悪の顕現である聖女の討伐戦争の準備を始めた。




 全ての準備は整い、王帝国軍と、《神聖魔法》による『加護』と呼ばれる最強の防御魔法に包まれた聖女が対面する。


 そして彼女は今までそうしてきたように、降伏勧告をする。


 「王国並びに帝国に勧告する」


 魔法により増大されたその透き通るような綺麗な声が、全人類に死を運ぶように響き渡る。


 「直ちに武器を捨て、降伏しなさい」


 「今ならまだ、苦しむことなく、全てを終わらせることが出来ます」


 その言葉はこの場には不釣り合いで、まるで本当の聖女が子供を諭すような優しい口調でこそあった。

 だがその内容は「何もしなければ苦しまずに死ぬ」「抵抗するならその分苦しんで死ぬ」という、あまりにも理不尽なものでもある。


 もちろん、この戦場に集まった戦士たちは、そのような言葉に屈するものなど居ない。


 「「総員、戦闘準備!」」


 リートビヒとグレッツァーの号令で、両軍が聖女を囲うように陣形を作る。


 聖女は過去の戦闘の記録から、絶対に逃亡しないであろうことは予想されるが、逃がさないようにという意味もある。


 遠く先に見える、小さな体と正反対に感じるとても大きな絶望感を彼等は感じる。

 だが、ここは人類で最後に残された砦だ。

 彼等が決意を心に秘めた頃。


 開戦の合図となる、小さなため息が荒野に響いた。


 「A1、C1、E1、G2班は聖女を少し離れて囲め!武器は持たなくていいからその鎧と盾で動けなくなるようにだ!」


 「はぁ…この総司令官殿は…作戦通り、弓術部隊と各地に配備された弩部隊は、上から聖女を狙ってください。味方の包囲部隊は強固な鎧をつけていますから、そちらは多少の誤射は構いません」


 「BDFの槍はまだ出るな、防具が薄すぎて味方の矢に当たるぞ!矢が尽きかけた時にこっちが指示を出す!」


 それぞれの総司令官が司令を出すと、前日から立てていた作戦のように動く。

 盾を持った重歩兵が聖女を囲み、弓兵が牽制し、矢が尽きれば槍兵が前に出て刺す……それだけだ。


 聖女の前には、複雑に仕組んだ罠は勝手に解除され、綿密に紡がれた作戦は強力な奇跡の魔法により事前に防がれる。

 効かないとわかっていることをする必要は無い。


 そもそも、現在は聖女に他国が滅ぼされ、不毛の土地に住む彼等に残された資源はそう多くない。

 したくても出来ない、という事情もあった。


 「化物かよ……」


 「何を言っておられるのですか。彼女は文字通り化け物ですよ」


 弓兵が聖女に矢の雨を降らせてはいるが、謎の膜に阻まれ、彼女の周りで1度停止しては地面に力なく落ちて行く。

 そして、ご丁寧に地面に着いた矢は全て、光に包まれ消える。


 消えた光は天に昇る様は、人の魂が天に導かれるような美しさすらあった。


 「ちっ…休んでる暇はねぇ!槍部隊は重歩兵部隊の後ろから槍を突き出して攻撃、重歩兵部隊は少しずつ聖女に近づけ!」


 「弓部隊は1度戻り、補給して次の準備をしてください。それと『シルフィール合同魔法師団』、『大鳥師団』は準備をしてください」


 合同魔法師団と大鳥師団は今回の戦争の要であり、本作戦において切り札的な感じ意味すら持っている。

 しかし、こんなにも早くに投下せざるを得なかったのは、今行われている虐殺によるものだ。


 聖女は神聖魔法の『光条』を使い、近くにいる兵士を片っ端から貫いている。


『光条』の魔法は、普通は弱い魔法だ。

 直線的で、威力は大人が頑張って殴る程度しかない。魔法の中なら、非常に弱い部類に入る。


 しかし、相手はあの「聖女」である。

 神聖魔法の使い手として最高峰の彼女は、最底辺の魔法ですらも、人を容易に殺すことが出来る道具へと変化させてしまうのだ。


 それでも彼等は……残された人類は、生き残るために戦い続ける。例えその命が、聖女の慈悲で生かされてるとしても。


 「3...2...1......両師団、魔法攻撃開始!味方への誤爆なんて考えるな、味方ごとやれ。A2、C2、E2は逃げられないように押し込め!」


 グレッツァーは歯を「ギリッ」という音を鳴るほど強く噛みながら、兵達に「味方殺し」の司令を与える。


 彼は感情的になりやすい。グレッツァーは英雄として、過去に名を挙げた人物だ。

 確かに司令官がそんな人物なら指揮は上がる。しかし、その本人が感情的なのは彼の欠点であった。


 そして、魔法師団の2つが、聖女の上空に現れる。

 空を翔る獣ーーグリフォンに股がって。


 魔法使いの欠点。それは打たれ弱い事と、移動が遅い点に集約されていた。

 しかし、それを解決したのがグリフォン達。


 グリフォンによって空を翔け、空中から魔法を投下するという、爆撃機さながらの攻撃には、並の人間は耐えることは不可能だろう、普通の人間ならば。


 魔法使い達は各々、得意な属性を用いて範囲攻撃を行う。

 多少ズレても、確実にダメージを与えることが出来る範囲魔法は、確かに聖女の元に届けられた。


 魔法使いが魔力切れでフラフラになりながらも撃ち続けた魔法が止む頃には、聖女の周りには砂煙が立ち込めていて、もはや何も見ることが叶わない。


 そして、誰にともなく呟いた。


 「…………やったか…?」


 シン……と、静まり返る戦場。

 乾いた風が砂煙を晴らす。


 「おいおい、嘘だろ……」


 「さすがに想定外と言った所でしょうか…」


 帝国から東洋の怪物を用いて「鬼のグレッツァー」と呼ばれた男が、王国からその冷徹な作戦から「悪魔のリートビヒ」と恐れられた男が


 まるで無傷の(・・・・・・)聖女の姿を目視して、ため息とも感嘆とも取れる息を漏らす。


 本来なら、ここで少しでもダメージを与え、そこから少しずつ体力を削って行く予定であった。しかし、まさかこれほどの総攻撃を受けても尚、無傷でいるとは考えもしなかったのだ。


 いくら魔法が使える世界であろうと、あれだけの攻撃を防ぐことが可能であるなど、あってはならないこと。

 正しく『天の奇跡』でしかなり得ないことであった。


 コロンと、鈴を転がしたような、優しい声が響く。それは両軍にとって、死刑の始まりであった。


 「『神よ、その怒りによって敵をなぎ払い給え』《審判の雷撃(ジャッジメント)》」


 無駄のない透き通った詠唱により、【神聖魔法】の最強にして最高位の魔法が放たれる。


 一瞬の光、そして………




 「主よ、私は成し遂げました。世界から争いを無くしました」


 全てが荒野となった1つの世界。その中心にて、既に人間を辞めた聖女は祈りを捧げる。


 それは見えない神のために、もしくはそれを成した自らの為に。


 「今から、私も終わりを迎えます…『終わりは始まり、次の生の始まり』《主に心臓を捧げよサクリファイス・ハート》」


 パタリ、とこの世界に唯一残された生命は失われた。


 こうして、セカイには平和が訪れた。

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