28. 急襲
屋敷の前でイーストン隊長に声をかけられた私は、
「何故、近衛隊がここにいるのですか?」
そう問いかけた。
ウィンスター家の舞踏会には、勿論エディの護衛も何名か来ていた。だが、それよりも人数が多いし、この人数で動けば流石に目立つだろう。
「上司からの命令で、我々はこの屋敷の周りに待機していたのです。これからエドワード様の救出に向かいます。シルフィアナ様は安全な場所に避難していて下さい」
イーストン隊長は私にそう言うが、このまま引き下がる訳にはいかない。
「私も一緒にエドワード様の救出に向かいます」
そう言うと、
「やはり貴方はそう仰るのですね……。わかりました。では我々と共に来て下さい。ただし決して無理はしないように」
そう言って私に剣を渡してくれたのだった。
「この剣は?」
「ウェインがエドワード様からお預かりした剣です。シルフィアナ様にお渡しするのがよろしいかと。もし乱闘になった場合、シルフィアナ様も剣が無いと困るでしょう?」
そう言うという事は、私が参戦するだろうと確信していたのだろう。
「ありがとうございます。では、早速エドワード様を助けに行きましょう。救出計画はどうなっているのですか?」
「二手に分かれて、正面から突入する者と殿下の居る部屋を外から急襲する者とで救出する予定です。明かりのついている部屋が一つだけありますので、多分その部屋に殿下が連れて行かれたと思われます」
「わかりました。私は外から急襲する班に加えて頂いてよろしいですか? エディを救出して、私達をこんな目に合わせた者を必ず捕らえてみせますわ!」
私が力強くそう言うと、
「はは、本当にシルフィアナ様は勇ましいのですね」
そうイーストン隊長に言われ、
「ええ、私はエドワード様をお守りすると陛下に誓ったのです。その為に剣術や体術の鍛練もしているのですよ。必ず無事に助け出して見せますわ!」
「それは頼もしい。では早速救出に参りましょう」
そう言ってイーストン隊長は他の隊員に指示を出す。
イーストン隊長と私とウェイン様、他2名が急襲班として、外からその部屋に回り込む。
部屋の中には、エディとストーン侯爵、スコット伯爵、その他4名の見張りがいるが、この人数ならなんとかなるだろう。
そっと庭から、大きなベランダの窓ガラス越しに中を窺う。
「シルフィアナ様。貴方ならどうやって突入しますか?」
イーストン隊長はそんな事を私に聞いてきた。
「そうですね。モタモタしていてエディを人質に取られても困りますから、手っ取り早く窓を蹴破って突入します」
そう話した私に目を瞠り、
「シルフィアナ様は、見た目と中身が大いに違うようですね。以前も敵と剣で戦ったとはお聞きしておりましたが、普段お見かけしている時は、もっと大人しくて荒事には無縁のようにお見受けしていました。だが大層男前でいらっしゃるようだ」
と、とても驚かれた。
「あら、ありがとうございます。褒め言葉と受けとっておきますわ」
私はそう言ってにっこりと微笑んでおいたのだった。
俄に表側が騒がしくなったのを見計らって、
「さあ、我々も突入といきますよ」
そうイーストン隊長に言われ、私は力強く頷いたのだった。
* * *
エドワード達が居る部屋の外が、何やら騒がしくなった。
「何だ? 何かあったのか?」
そうストーン侯爵が訝しんでいると、
「ガシャーン!!」
と、もの凄い音がしてベランダの大きな窓が勢いよく開いた。
部屋にいた者はみな驚いてベランダの方を見ると、勢いよく見慣れた騎士服の者達が突入して来る。
エドワードは、最後に入って来た、この場に似つかわしくない服装の者に目を瞠る。
「シルフィ!!」
そう叫んで立ち上がると、
「エディ、ご無事ですか!?」
そう私も叫んだのだった。
瞬く間に、部屋の中で乱闘が始まった。
隣の部屋に控えていたらしい、敵のお仲間達も出て来ての大乱闘だ。
そんな者達と騎士達が剣を交える。
私もエディが人質に取られないように、早くエディの側に行きたいのに、わらわらと敵が私の行く手を阻むのだ。
私はそんな者達にイライラして、容赦なく斬りつけていく。
私に向かって来る者を、袈裟懸けに斬り倒し、或いは剣を持つ利き腕を斬りつけ戦闘不能にする。
「な、何故、近衛がここに居るのだ!」
そう、ストーン侯爵が叫んだ。
スコット伯爵は既に騎士の一人と交戦中だ。
「クソ、こうなったら殿下を亡き者に……」
そう言って立ち上がり、ストーン侯爵は剣を抜いてエドワードに突きつけた。
「ガキーン!」
金属と金属がぶつかる音が響き、ストーン侯爵の剣が跳ね除けられる。
「ダン!!」
と、テーブルを踏み締める音と共にテーブルの上に仁王立ちになった私は、ストーン侯爵を上から見下ろし剣を突きつけた。
「エディには指一本触れさせませんわ!」
そう、いつもより低い声で言い放ったのだった。
舞踏会用のドレスでテーブルの上に仁王立ちになり、自分に剣を突きつける私を、ストーン侯爵は、まるで亡霊でも見るような目で見上げ、呆然としていた。
「な、何故お前が此処にいるのだ……」
そう呟いて、わなわな震えているのだった。
周りで戦っていた騎士達も敵の制圧を終え、ストーン侯爵を取り囲む。
正面から入った騎士達も、敵を制圧し終え部屋に入るなり、テーブルの上に仁王立ちで剣を突きつけている私を見て、呆気に取られるのだった。
この屋敷に居た者達は皆捕らえられ、騎士達や屋敷の周りに控えていた警備隊に連行されて行く。
テーブルの上に立って仁王立ちしていた私も、ストーン侯爵が連行されたので、剣を鞘に収めると、後ろから声がかかった。
「シルフィ!」
そう呼ばれ、ドレスの裾をフワリと翻して振り返ると、エディは私を見つめ、
「無事で良かった……」
そう言って私を抱きしめる。
テーブルの上に乗った私は、エディよりも少し背が高くなる。そんな私の腰をギュッと抱きしめたエディは、私の肩に顔を埋めた。
エディの吐息が肌に触れ、何だかこそばゆくなる。
そうしてエディは私の腰を抱いたまま、私を抱き上げてテーブルから下ろしたのだった。
「ひゃあ!?」
と驚いて、思わずエディにしがみついてしまったが、そっと私を床に下ろすと、エディはあらためて私を抱きしめ、耳元でやさしく、切なげに、
「本当に無事でよかった……」
と、囁くのだった。
私もエディの無事を確認し、ホッと気が緩んだところに耳元で囁かれ、思わず力が抜けそうになり、膝がガクッとなってしまった。
そんな私をエディが抱きとめ、
「おっと、大丈夫か?」
そう言って、私をサッとお姫様抱っこする。
「だ、大丈夫ですからおろしてください……」
怪我をしているわけでもないので、さすがに恥ずかしくてそう言うと、
「俺がこうしていたいのだ。しっかり掴まっていてくれ」
私に顔を寄せてそう言うと、フワリと口づけを落とす。
周りに近衛隊の騎士達が居るは分かっているので、私はとてつもなく恥ずかしくなって、結局はエディの肩に顔を埋めて、真っ赤になった顔を隠すしかなくなってしまったのだった。
そんな私達を見て、
「こうして見ると、とても大人しくて、淑やかにお見えになるのに、先程の、テーブルの上からストーン侯爵に剣を突きつける様は、まるで戦いの女神が舞い降りたようで、思わず見惚れてしまいましたよ」
そうイーストン隊長に言われ、余計に恥ずかしくて顔を上げられない。
「ああ、シルフィは俺の女神だからな。シルフィと共にいれば、俺は何者にも負けはしないさ」
そうエディが破顔する。
イーストン隊長は、そんな風にとても屈託なく笑うエドワードに驚いて、
(ああ、シルフィアナ様はエドワード様にとって、本当にかけがえのない女神なのだ)
と、そう思うのだった。
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あと1話で完結です。皆様、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。




