25.思惑と祈り
ダーレン公爵とケントが自邸に帰ると、ジェームズは既に戻っていて、一人ワインを飲んでいた。
「兄上、もう帰っていたのですね」
そうケントが言うと、
「ああ、父上とケントも早かったな」
そう機嫌良さそうにジェームズが答える。
「俺にも一杯もらえますか?」
そう言って、家族でくつろぐ為の小さめのサロンで飲んでいたジェームズの向かいにケントが座った。
「守備は整ったのですか?」
そうケントが聞くと、
「ああ、大丈夫だ。後は俺が居なくても上手くやるだろうさ」
そうジェームズが答える。
「ふーん、取りこぼしが無ければ良いのですがね」
「あちらは本職だ。任せておいて問題ない」
そう二人が話していると、ダーレン公爵がサロンにやって来て、共に飲みはじめた。
「お前達にとっては初仕事だな。これが最初で最後になってくれるといいのだが……。まさかお前達と共に仕事をする事になるとは思わなかったよ」
ダーレン公爵がそう言うと、
「私達の方こそ驚きましたよ。まさか父上がそのような事をなさっているとは、思いもよりませんでした」
ジェームズのその言葉に、
「まあ、アルスメリアの平安の為には必要な事だからな」
ダーレン公爵はそう言って、グラスを掲げる。
それに呼応して、ジェームズとケントもグラスを掲げたのだった。
* * *
王宮に赴いたウィンスター公爵は、国王陛下の応接室に行く。
陛下との二人での会談だ。
勿論、入り口の外には近衛の護衛が立っている。
「エドワード殿下はお一人で行かれました。本当に大丈夫ですか?」
そうウィンスター公爵が問うと、
「ああ、大丈夫だ。手は打ってあるからな。シルフィも無事に戻るだろう」
そう言った陛下は公爵に向かって、済まなそうに話す。
「アレン、済まないな。エディの婚約者になったばかりに、シルフィを危険な目に合わせる事になって……」
「いえ、大丈夫ですよ。ああ見えてシルフィはなかなかに強いですから。以前のシルフィならきっと怖がって、婚約を解消したいと言い出したかも知れませんが、今は殿下を守ると言っているくらいです。いざとなれば殿下と一緒に戦うでしょう」
「はは、頼もしいな」
そう言った陛下は、「二人きりだ、畏まらなくてもいいぞ」とアレンに言う。
「ああ、そうだな」とアレンも頷いたのだった。
「シルフィが、剣が強くて助かったよ。エディと共に居るといろいろな危険に巻き込まれる。だがシルフィなら自分で自分を守れるからな」
そうフレデリックが言うと、
「確かに、誰かを守りながら戦うのは結構大変だからな。共に背中を預けられる存在は、とても頼もしいだろう」
そうアレンが答える。
「ああ、だが去年のハーヴェスト侯爵の事件から約一年。何故パトリックを傀儡にして国政を牛耳ろうとするのだろうな? そんな事をしなくても、国の為になる施策ならば、意見書で上げてくれればいくらでも会議にかけて検討するのだがな」
「本当にな。だがパトリック殿下を傀儡にしようとする者は、国の為ではなく自分の為に国を動かしたいのだろう。それが会議を通らない事が分かっているから、自分の思い通りになる王か欲しいという事なのだろうな」
「前王の時もいろいろあったが、簒奪が成功したためしは無い。なのに何故自分だけは成功すると思うのだろうな」
「本当はそういった者達が出て来ないのが一番いいのだが、国民の為の政治は貴族にとっていい事ばかりでもないからな。その辺のバランスが難しい所だろう」
そんな風に二人で話をしていたが、ふとフレデリックがアレンに尋ねた。
「アレン、そう言えばエルーラ嬢の方はどうなった?」
「ああ、そちらは手を打ってあるよ。エルーラ嬢の暗殺までは考えていないようだし、そちらも問題なく片付くだろう」
「流石だな、恐れ入ったよ」
そう言ってニヤリと笑うフレデリックに、
「だろう?」
と言って、ドヤ顔で親指を立てるアレンだった。
* * *
シルフィを人質に取られた我々は、エディが一人で出向くのを、ただ見送ることしか出来なかった。
「私、自分が狙われて、ただただ怖くて、自分の事しか考えていませんでした。シルフィアナ様だって狙われていたのに、一人でクレアさんの付き添いをさせてしまうなんて……」
そうエルーラ嬢が言う。
そんなエルーラ嬢をセニア王子がそっと抱きしめる。
「大丈夫だ。シルフィアナ嬢とエドワード殿は必ず無事に戻る」
そう言ってエルーラ嬢を宥めた。
「私もシルフィに付き添うべきだったのよ。エルーラ様とシルフィの両方が狙われていたのだから、シルフィが一人にならないように、私ももっと気を配るべきだったのだわ……」
そう言うエミリーの肩を抱いて、レイモンドは、
「俺も自邸の舞踏会という事で油断していたのは否めないな。シルフィの事は勿論心配だが、シルフィが攫われなければ、エディが一人で敵陣に乗り込む事にはならなかったのだからな」
そうレイモンドが言う。
自分が何も出来ない無力さに、唇を噛んで指が食い込む程に拳を握りしめる。
カールも、自分は近衛に入りシルフィの騎士になりたいと思っているのだ。それなのにシルフィを守れなかった事が悔しくてならない。
そしてそのシルフィを助けに向かったエドワード殿下も、無事に帰って来なければシルフィは悲しむだろう。
だからどうか二人が無事に帰って来てくれと、強く祈るのだった。
リリアも兄と共にシルフィの護衛の任についていたのに、肝心な時に役に立たなくて、自責の念に駆られていた。今、兄はエドワード殿下の護衛の為に殿下と共に出掛けたが、何とかお二人を無事に連れて帰って来て欲しい。どうかお願いしますと神に祈るのだった。
オスカーも、自分も確かに油断していたのかもしれないと思う。シルフィが一人でクレア嬢に付き添う事に、危機感は抱かなかった。もっと気を付けていればと悔やまれる。
そんな風に皆落ち込んでいたが、
「あら、シルフィアナさんは私のライバルですもの、無事に帰って来ますわよ。彼女は強いので、ちゃんとエドワード様を守って二人で帰って来ますわ」
そう、自信たっぷりにバーバラが言う。
「はは、バーバラが言うと、何だか大丈夫な気がしてきたな」
とルークが、バーバラの根拠の無い自信に、元気づけられる。
他の者も、そんなバーバラに元気づけられ、気持ちを持ち直したのだった。
ウィンスター公爵は王宮に行くと言って出かけた。
この事を陛下に伝えに行ったのだろう。
我々も今は王宮に滞在しているので、王宮に戻る事になった。
馬車には二台に分かれて乗ることになり、セニア王子とエルーラ嬢の馬車には、デュカ殿と護衛としてオスカーとバーバラが一緒に乗り込む。
あとはエミリーとレイモンド、ウェインはエディの護衛で出ているので、リリアとカールとルークの5人で馬車に乗る。
王宮に向かう馬車に、皆祈るような気持ちで乗り込むのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ダーレン公爵親子の秘密の仕事と、国王陛下とウィンスター公爵の話しについては、詳しい事はまたの機会に書きたいと思います。
あと残すところ4話となりました。どうぞ最後までお付き合い頂けたなら幸いです。




