24.消えた婚約者と白い封筒
結局その日は、シルフィだけでなく、全員が僅かに油断していたのだろう。
ダーレン公爵とケントと話していたエドワードは、ふとシルフィの姿が見えない事に気が付いた。
「叔父上、シルフィの姿が見えないので失礼させて頂きます」
エドワードがそう言って、その場を離れようとすると、
「何だ? 随分と過保護だな。自邸の舞踏会だ、多少姿が見えなくてもそうそう心配はないだろう?」
ダーレン公爵はそう言うが、シルフィが狙われている事を知らないから、そんな呑気な事を言っていられるのだ。
「私がシルフィと、少しの間も離れていたくないのですよ。他の男に声などかけられて、困っていては可哀想ですからね。早急に探してまいります」
エディがそう言うと、
「へぇ、本当にケントの言う通り、仲睦まじくなったのだね。ではあまり引き留めるのも可哀想だ。私も君に恨まれたくは無いからね。シルフィを探してくるといい。今日は久しぶりに話が出来て楽しかったよ」
ダーレン公爵はそう言って、その場を離れたのだった。
後に残ったケントが、
「シルフィアナ嬢はどこに行ったのでしょう? 最初は一緒に居ましたよね? 自邸とはいえ狙われているというのに大丈夫でしょうか」
そう言われエドワードは心配になり、少し離れた所に居たオスカーとバーバラに、
「シルフィを見なかったか?」
と尋ねると、
「そういえば、俺とバーバラにエルーラ嬢とセニア王子を任せて、クレア嬢を休ませに行った筈だ。それほど時間は経っていないが、もう戻って来てもいい頃だろう」
オスカーがそう言うので、皆で休憩用の部屋に行ってみたが、幾つかある部屋のどこにも姿が見当たらない。
エドワードは急いで会場に戻って、クレア嬢を探したが、一緒に来ていたライリー・スコットの姿も見当たらない。
正面玄関に向かい、馬車の誘導をしていた使用人に、スコット伯爵家の馬車が帰ったかどうかを確かめると、
「スコット伯爵様は、お連れの方が体調を崩されたご様子で、ご一緒に馬車でお帰りになられましたが」
それを聞いてエディは、その女性は本当にクレア嬢だったのだろうかと思った。顔を見せなければ、シルフィだったとしてもわからないだろう。
使用人にその女性の顔を確かめたかどうか聞くと、
「はい、よほど具合が悪いのか、スコット伯爵様が抱き上げていらっしゃいましたので、お顔は拝見致しました。それがクレア様かどうかは、私では分かりかねますが、シルフィアナ様でない事は、私にもわかります」
そう聞いて、そうだよな。自分が勤める家のお嬢様の顔が分からない使用人は居ないだろうと思う。
ましてや馬車の誘導をする者は、ここに来ている貴族の顔を分かっていて、その貴族の馬車を正確に誘導しなければいけないのだ。
きちんと誰が誰なのか分かる者でなければ務まらない。そんな者がシルフィの顔がわからない筈は無いのだ。
ではシルフィは一体何処に行ったのか?
そう考えていると、
「エディ、私達も失礼するよ。舞踏会も久しぶりなので少々疲れてしまったよ。兄上と姉上によろしく伝えておいてくれ」
そうダーレン公爵に言われた。
「シルフィアナ嬢はまだ見つからないのですか? とても心配だか、私も父上と共に帰らなければならないので、これで失礼します」
そう言ったケントが、エディにだけ聞こえる声で、
「シルフィアナ嬢が、よからぬ事に巻き込まれていなければいいのですが……」
そう言葉を残して行くものだから、エドワードは余計に心配になるのだった。
その後も、庭なども探してみたが何処にも居ない。
そうしているうちに、ウィンスター家の使用人に呼ばれ、一番奥にある休憩用の部屋に案内される。
そこにはウィンスター夫妻が待っていたのだった。
「エドワード殿下。お呼びだてして申し訳ありません。先ほどからシルフィの姿が見えなくて、殿下はご存知ありませんか?」
ウィンスター公爵にそう問われ、
「私達も今シルフィを探していたのです。庭の方も探しましたが、何処にも見当たりません……」
エドワードがそう言うと、
「では、シルフィは何者かに攫われたと見るべきでしょう。何故シルフィが攫われたのか……」
「公爵、キール公爵がイザベラ嬢と私を婚約させたがっていると聞きました。そうなると現在の婚約者であるシルフィが邪魔になると思い、シルフィに何かしようとしているのではないかと心配していたのですが、その可能性はありませんか?」
「その噂は私の耳にも入ってきているが、シルフィを害した家の娘を婚約者に迎える事など有り得ないだろう。それがわからない程キール公爵は愚かでは無いと思っているが……」
普通に考えるならそうだろう。だが実際にシルフィは狙われたのだ。そうなるとキール公爵が一番怪しいという事になる。
それとも、他の者が他の目的でシルフィを攫ったというのだろうか。
そんな風に話している時に、部屋を訪れる者があった。
ウィンスター家の使用人だが、先程、正門の門番に渡された封筒を持って来たと言うのだった。
その封筒はエドワード宛だったのでエドワードが封筒を開き、中の便箋を確かめると、目を見開いて便箋を握りしめた。そうして、
「これをご覧になって頂けますか?」
そう青ざめた顔で、ウィンスター公爵に白い便箋を渡したのだった。
家紋なども何も無い、ただの白い便箋だ。
そこにはシルフィアナ嬢を無事に返して欲しければ、エドワード殿下が一人で来るようにと書かれていた。後をつけるような者があれば、シルフィアナ嬢の命の保証はしないと書かれている。
エドワードは心の中で、何故自分はシルフィから目を離してしまったのか。何故シルフィが自分から離れた事に気が付かなかったのかと、そう強く思った。
ウィンスター邸での舞踏会という事で、何処かに油断があったのだろう。悔やんでも悔やみきれない。シルフィが狙われていると分かっていながら、攫われてしまうとは……。
自分の不甲斐なさに吐き気がする。
「この指定通り、私が一人で行って来ます。必ずシルフィを無事に連れて帰ります」
エドワードが悲痛な顔でそう言うと、
「殿下、少し落ち着いて下さい。この国の王子殿下をそんな危険な所に一人で行かせるわけにはいきません。何か策を練ろうと思います」
そう公爵がエドワードを窘める。たが、エドワード以外の者が行けばシルフィの命が危ない。エドワードは何があってもシルフィを失いたく無いのだ。
エドワードに一人で来いと言う事は、エドワードの暗殺か王位継承権を放棄させたいのだろう。
正直、エドワードはシルフィが助かるなら王位継承権など捨てても構わないのだが、さすがにそれは、この国の宰相の前では言えないだろう。
しかし宰相といえど人の親。シルフィを助ける為に仕方なかったと言えば、納得してくれるだろう。
ただ、この手紙を書いたのが、ダーレン公爵の側近達の単独行動なのか、或いは陰でダーレン公爵自身も関わっているのか。
去年のハーヴェスト侯爵とリード子爵の事があるのに、こんなに間を置かずに行動に出るのが、少し引っかかる所だ。
ウィンスター公爵は策を練ると言ったが、あまり時間がない。指定された時間に指定された場所に行かなければならないのだ。
エドワードは、自分の事は自分で守れるし、シルフィだって戦う事が出来るのだ。
ここは自分に任せて欲しいと、エドワードはウィンスター公爵に申し出る。
ウィンスター公爵は、本当は娘を頼むと言いたいのだろうが、そこは
「エドワード殿下、危ないと思ったらお引き下さい。必ず御身を最優先にお守り下さいますように……」
そう苦しげに言うのだった。
エドワードはそんな心中を察して、
「ああ、大丈夫だ。必ず二人で帰ってくる」
そう約束するのだった。
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