23.クレア嬢の告白
「っつ……、痛たた……」
気を失っていた私は、床に手をついて上半身を起こすと、頭痛に顔を顰める。
睡眠薬のせいだろうが、それほど酷くはないので、動くのには支障はないだろう。
何処かの部屋の床に転がされていたようで、少々体が痛い。
起き上がって周りを見ると、すぐ横にクレア嬢が横たわっている。
「クレアさん、大丈夫ですか?」
私は、そう小声で声をかけながら、体を揺すってみた。
「う、うーん……」
そう呻くと目を覚ましたが、まだ朦朧としているようだ。
私に気がつくと、ハッとして起き上がる。
私は唇に人差し指を当てて、
「どうやら私達は誘拐されたようですわ」
と、小声で話したのだった。
クレア嬢も顔を顰めたので、どうやら頭痛がするようだ。
「クレアさん、大丈夫ですか? 頭痛がするならあまり動かない方がいいですよ」
私がそう言うと、
「ありがとうございます。多少痛みますが、それほど酷くはありませんから大丈夫です」
クレア嬢はそう答えたので、動くのには問題無さそうだ。
さて、ここは一体何処だろう? 部屋の隅に寄せて、いろいろな物が置いてある所を見ると、物置部屋のようだ。地下室なのか窓が無い。なので、時間がよく分からない。私達はどれくらい気を失っていたのだろう?
私は物音を立てないように、そっとドアに近づくと、何か聞こえないか聞き耳を立ててみる。
外には人の気配が無いので、ドアノブを回してみようとしたが、足音が聞こえてきたので、慌てて元に戻り、先程と同じように二人で床に横たわった。
程なくしてガチャンと鍵を開ける音がして、誰かが入って来る足音がした。
人数は二人程だろうか。
「シルフィアナ嬢を連れて来ましたよ」
そう言った声には聞き覚えがある。多分ライリー・スコット伯爵。クレア嬢の婚約者だ。
これはクレア嬢はライリーに利用されていたという事だろう。でなければ婚約者をこんな床の上に放置するはずがない。
「これはエドワード殿下を誘き出す為の大事な餌だからな。くれぐれも傷を付けないようにしろ」
もう一人がそう声を発するが、その声にも聞き覚えがある。おそらくジェームズ・ダーレン公爵。ダーレン公爵家の嫡男だ。
エディを誘き出すという事は、エディの暗殺を企てているという事だろう。
私はケント様から、ダーレン公爵は王位には無関心な無害な方と聞いていた。ジェームズ様も王位を狙っているとは聞いていないが、狙っていてもバカ正直に言う筈もない。
これは、密かにダーレン公爵が王位を狙っていて、ジェームズ様も加担しているのか、あるいはジェームズ様が単独で王位を狙っているのかのどちらかだろう。
これはケント様も仲間と見て間違いないだろう。もし父上や兄上がエディの暗殺に関わっているのなら、自分は関係ないと言っても一蓮托生となる事は目に見えている。であれば、この王位簒奪を成功させなければ、諸共極刑は免れないだろう。
私としては、ケント様はこちら側の人間だと思っていたのだが、私もまだまだ甘いという事だ。
やはり私が狙われているというのは陽動だろう。本命はエディだったという事だ。
去年の事件では、ダーレン公爵は罪に問われなかった。という事は国王陛下はご存知無いという事だ。
自身の血を分けた弟に叛意を向けられる事は、さぞかしやるせない事だろう。
これも王として、致し方ない事であるのか。
そんな事を考えていると、ジェームズ様がライリー様に、
「あのドレスだと、この部屋では寒いだろう。毛布でもかけてやれ」
そう言うと、
「毛布ですか?」
と訝しげにライリー様が言う。
「ああ、私は紳士なのでな。女性や子供には優しくしてやる主義なのだよ。たとえ人質でもな」
そう言ってジェームズ様は踵を返す。その後に付いてライリー様も部屋を出て、従者か使用人に毛布を持って来るように言いつけると、直ぐに私とクレア嬢に毛布が掛けられたのだった。
またドアに鍵をかける音がする。
私がそっと体を起こすと、クレア嬢も起き上がる。
私は何と切り出そうか言いあぐねていると、クレア嬢が話し始めた。
「私はライリー様の婚約者という事になっていますが、本当はただ利用されているだけなんです……。私の家は事業をやっていますが、ここ何年かは業績が思わしくなくて、ライリー様の家から援助を受けていました。特別美しくもなく、何の取り柄もない、そんな私と婚約したいとライリー様が言ってきた事を、私の両親はとても喜んでいました。でも私は薄々気付いていたのです……。ライリー様が私の事などこれっぽっちも愛してなどいない事を……」
そう話したクレア嬢は、深いため息をついた。
「まだ正式に婚約していないという事もあって、外では婚約の事は言わないようにと言われていて、あまり外で声をかけられる事も無かったのですが、あの窓が落ちた日は、ライリー様が合図をしたら、一番後ろの窓を開けて欲しいと頼まれたのです。まさか窓が落ちるとは思わず、私はシルフィアナ様達の暗殺に加担させられたのだと悟りました……」
そう胸元をギュッと掴んだ手を震わせながら、クレア嬢は俯いたのだった。
「あの日から、私はずっと怖かった……。いつかライリー様から、シルフィアナ様を殺すように言われるのではないかと、ずっと恐れていたのです……」
「そうだったのですね。では、今日、私を殺すようにライリー様に言われたのですか?」
「いいえ、今日言われたのは、エドワード様とシルフィアナ様は共に行動する筈だから、お二人を休憩室に連れて来て、エドワード様を殺害するように言われたのです」
「そう。狙いはエドワード様だったのですね。でもエドワード様は一緒に来なかった。もとよりクレアさんにはエドワード様を殺す事は出来ないだろうと見越して、中庭に手の者を控えさせていたというところかしら。でもエドワード様が一緒ではなかったので、私を連れ去りエドワード様を誘き出す事にしたのでしょう」
そう私が言うと、
「申し訳ありません……。私にはライリー様を止める事は出来ませんでした……」
そう泣きながら謝るクレア嬢を見て、私は人の弱みにつけ込んで、悪事を働かせようとする、ライリー・スコットにとても腹が立った。
脅して悪事を働かせるなんて許せない。クレア嬢も脅されていたとはいえ、お咎め無しとはいかないだろう。たが情状酌量の余地はある。
私は元警察官だが、今は警察官ではないので、いざとなればこの手で懲らしめてやるのも吝かではない。
何としてもエディをお守りしなければ。
そうして生きて帰って、ダーレン公爵家の事を陛下にお知らせしなければと、私はそう強い決意を胸に抱くのだった。
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