18.キール公爵家の舞踏会1
今日はイザベラ嬢の誕生祝いの舞踏会だ。
生徒会の皆も、仕事を早々に終わらせて舞踏会の準備の為に帰宅した。
なぜなら、男性はそれほどではないが、女性の場合は準備に大変時間がかかるからだ。
そこまでしなくても、と思わなくもないが、メイド達もどれだけ自分が仕えるご令嬢を、美しく仕上げられるかが腕の見せ所であるらしい。
メイド達は他家のメイド達との情報網を持っており、主な御令嬢とドレスの色が被らないように調整しているようだ。
私の場合は、他の御令嬢達が私と被らないように調整してくれているようで、大抵自分の着たい色のドレスを着ている。だが誕生祝いの舞踏会だけは、主役の御令嬢と被らないように気を配っている。
サラの情報だと、イザベラ嬢は赤のドレスを着るようなので、私は薄紫から濃い紫のグラデーションになっているドレスを着る予定だ。
エディは私のドレスに合わせて、身頃は薄紫で襟と袖の折り返しが濃い紫になっているタキシードを着るようだ。
いつもエディは、私のドレスと合わせたタキシードを着ているが、何故そうも同じ色で合わせられるのかと不思議に思っていたが、ウィンスター家の御用達の仕立屋は、王家の御用達でもあるので、私がドレスを作る時は、それと一緒にエディのタキシードも作ってもらうように頼んであるのだそうだ。
私は全然知らなかったのでびっくりだ。
エミリーも、舞踏会では私とドレスの色が被った事はないので、気を遣ってくれているのだろう。
幼い頃は双子のように同じドレスを着たりしていたのだから、舞踏会でもお揃いのドレスもいいかなと思ったりしているのだが、今のところその願いは叶っていない。
準備も整った頃、エディが私を迎えに来てくれた。
今回はセニア王子とエルーラ嬢とデュカ様も一緒だ。
エルーラ嬢はブルーグリーンのドレスでセニア王子も同じ色のタキシードだ。
婚約者同士で色を合わせたり、アクセサリーをお揃いにするのは、イシュランダ王国でも同じらしい。
デュカ様は、仕立ては良いがあまり目立たない感じの紺のタキシードを着ている。
そう言えば、デュカ様は婚約者はいないのだろうか? ふと、そんな事を考えてしまった。
セニア王子とエルーラ嬢は、我が国に来た時は、あんなによそよそしかったのだが、今はとても仲睦まじくて微笑ましい。
対して、今日のエディはなんだかいつもより冷気が漂っているような気がする。
馬車に揺られながら、
「エディ、今日はいつにも増して冷気を放っておいでですが、何かありましたか?」
私がそう尋ねると、
「これから敵陣に乗り込むのだ。相手は強かな古狸だからな、油断は禁物だ」
「それはそうですが、流石に自邸での舞踏会で、何か仕掛けて来るとは思えませんわ」
「だといいのだが、何を企んでいるかわからないからな。シルフィも気をつけてくれ。絶対に俺の側を離れないように」
そう言われ、
(これではまるで何かされる事が決定事項のようだ。何か仕掛けて来るならそれでもいいが、皆に危害が加えられるような事にならなければいいのだが……)
そう思うとため息が出るのであった。
キール公爵邸に着いて馬車を降りると、キール公爵が出迎えてくれた。
「エドワード殿下。ようこそおいで下さいました。実は殿下にお願いしたい事がございまして。私の娘であるイザベラはまだ婚約者が決まっておりません、ですので入場の時のエスコートとファーストダンスのお相手を、是非エドワード殿下にお願いしたいのです」
そう言われたエディと私は驚いた。
普通は婚約者がいない場合は、父親か男兄弟にエスコートを頼むものだ。ファーストダンスは申し込んできた男性が気に入れば踊っても問題ないが、大抵はそれも父親か兄弟がパートナーとなる。
私という婚約者がいるエディに頼むという事は、普通はありえないが、ここでもしエディがイザベラ嬢のエスコートをすれば、私との婚約を破棄し、イザベラ嬢を婚約者に迎えるつもりだと、皆に思われても仕方のない振る舞いになる。
「断る!」
エディの返事はとてもシンプルだった。
「今日はイザベラの誕生祝いです。プレゼントと思ってダンスだけでも、お願いできませんかな? シルフィアナ嬢もそれくらいなら構いませんよね?」
と、キール公爵は以前の気弱な私のままだと思っているのか、そう私に話を振ってくる。以前の私なら断ることが出来なかったかも知れない。でも今は、ここでYESと言ってしまうと、大変な事になるのは分かりきっているので、
「それは、私が申し上げてよい事ではございませんわ。キール公爵様」
と、しっかりと公爵の目を見つめ、
(何を言ってんだ、この狸オヤジが!)
と心の中で悪態をつきながら、にっこりと笑って見せるのだった。
「キール公爵。ファーストダンスは夫婦か婚約者と踊るというのは、この国の常識になっていると思っていたのだが、それもお忘れになる程お歳を召してしまいましたかな? それに私は王宮の舞踏会以外は、他の誰とも踊らない事にしているのだ。例外はない。よく覚えておくのだな」
とエディが、周りが凍り付くような冷気を放って言うのを、隣で聞いていた私は、
(うわー、これって遠回しに、「常識も分からなくなるほど老いぼれたか、このクソジジイ」と言っているようにしか聞こえないわ)
と、そう思った。
言われた公爵も、同じような意味に取ったのだろう。顔を赤くして憤慨しているが、自分が常識はずれな事を言っている自覚はあるとみえて、それ以上は何も言ってこなかった。
「……失礼しました。どうぞ御ゆるりとお楽しみください……」
ぐぬぬ、と顔を顰めながら、そう声を絞り出したキール公爵に、
「ああ、そうさせてもらおう」
そう言って、ワザと公爵に当てつけるように、私の腰を抱いて会場に向かうエディだった。
会場に入ると、いつもの挨拶タイムで、軽く挨拶をして回るが、いつもは一人のオスカー様が、バーバラをエスコートしている事に皆驚いているようで、二人を見ながらあちこちでヒソヒソと話をしているのが聞こえるのだが、当の二人は別段気にする様子もなく、いつものメンバーと話をしているのだった。
私達もそこに合流し、
「オスカー様、随分とお噂になっているようですわね。大丈夫ですか?」
と、尋ねてみるが、
「ああ、大丈夫だ。噂はあくまで噂でしかないからな。まあ、これを機に縁が繋がるなら、それはそれでいいと思っているがな」
と、爆弾発言を投下するものだから皆驚いて、
『ええー⁈』
と、場にそぐわない声を上げてしまう。
何故か当のバーバラまで驚いているから、バーバラにはそんな気はなかったという事だろう。
「あら、オスカー様が私に恋心を抱いているなんて、全く知りませんでしたわ」
と、バーバラが言うと、
「はは、恋心など抱いていないさ。まあ、俺もそろそろ婚約者を決めろと親がうるさくてな。もし婚姻を結ぶのなら、幾らかでも気心の知れた者の方がいいだろうというだけの話さ」
「ああ、そう言う事でしたの。でも私はまだ婚姻とかは全く考えておりませんわ。実は私、学園を卒業したら騎士団に入ろうと思っていますの。結婚しても騎士を続けていきたいと考えているので、それを許してくださる方でなければ、結婚は出来ませんわね」
と言うバーバラに、これまた驚いたが、流石に今度は声を上げずに済んだのだった。
「へえ、騎士団に入りたいのか。まあ、剣の腕もそこそこ上達したし、大丈夫じゃないか? だがご両親が許してくれるのか?」
とオスカー様が言うと、
「それが問題なのですわ。学園を卒業するまでにはお相手を見つけて婚約しろとうるさくて」
「なら、俺と婚約するか? まあ、お互い本命が出来たら、その時は速やかに婚約を解消して、本命と婚姻を結べはいいだろう? 俺もバーバラもまだまだ結婚するつもりがないなら、丁度良くないか?」
「あら、それはいいですわね。そうすれば周りにとやかく言われなくてすみますわよね」
と、オスカー様とバーバラで盛り上がっているが、
「おい、おい。オスカーもバーバラもそれでいいのか? もし、片方だけに本命が現れて婚約解消となったら、もう片方が大変だろう? ましてやどちらかがどちらかに恋心を抱いてしまったら、婚約解消も出来なくなるのではないのか? そんな事になったらどうするのだ?」
そうエディが言うと、
「まあ、その時はその時だな」
「まあ、その時はその時よ」
と、二人でハモって言うので、案外この二人は合っているのかも知れないなと思ってしまう私だった。
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