16.シルフィを狙う者
私達をつけていた二人組を、警備隊の詰所に連れて行き尋問を試みたが、やはりというか、この者達はただ金で雇われた街のチンピラだった。
「俺達は、あんたらをつけて、裏道に追い込んでくれと言われたんだ。詳しい話は知らないし、頼んできたヤツのことも知らねぇんだ。勘弁してくれ」
と、情け無い声を出す。
あの茶髪がこの男達を置いて行ったという事は、そういう事なのだろう。この二人を尋問しても茶髪達の素性はわからないと。
「ふぅー、仕方がないわね。後はこちらにお任せしますので、キチンと処罰して下さい」
そう言って、私達は警備隊の詰所を後にしたのだった。
「みんな、ありがとう。貴方達が居てくれて助かったわ。とりあえず邸に戻りましょうか」
そう言って街の中を馬車に向かって歩いていると、広場には我が家の馬車の他に見慣れた馬車が停めてあった。
「これって王家の馬車だわ……。珍しいわね。こんな所に王家の馬車が停まっているだなんて……」
そう誰にともなく呟くと、主人を待っているであろう御者が、
「シルフィアナ様。ご無事でしたか。エドワード様が直に戻られますのでお待ち頂けますか?」
そう言って、いつもエディの馬車の御者を務めているサムが、私を見つけてそう話しかけてきた。
「エディが来ているの? 王家の馬車でなんて珍しいわね? 何かあったのかしら?」
いつも街にお忍びで出る時は、王家の紋章のない目立たない馬車で来ていた筈だが、今日は王家の紋章入りの馬車が停めてある。
「エドワード様がウィンスター邸に行きましたところ、街に行かれたと聞いて、シルフィアナ様が危ないと慌てて街に来たのです。入れ違いになるといけないので、私にここに残るように仰られて。シルフィアナ様にお会いできて良かったです」
と、サムはホッと胸を撫で下ろす。
エディも今日は用事があるからと別行動になった筈なのに、私が危険だなんて何処から聞いたのかしら? と不思議に思っていると、
「シルフィ!」
そう背後から声をかけられ、振り向きざまに抱きしめられる。
「無事で良かった!」
そう言うエディに、
「どうなさったのですか? 今日は用事があると言っていたではないですか」
「ああ、用事はもう済んだ。君が一人で何かしようとしているのはわかっていたから、心配になってウィンスター邸に行けば街に出たというから、危険な目にあっていないかと心配になったのだ……」
「まあ……、ありがとうございます。でも私は大丈夫ですよ。今日は護衛も付いていますので……」
と言いながらも、
(何で私が街に行くと危険なんだ? ただショッピングに来ただけかも知れないのに。まあ、私が狙われているかも知れないのに、呑気にショッピングとは思わないだろうけれど……)
休み明けに、何をしていたかは聞かれるだろうとは思っていたが、街に私を探しに来るとは思わなかった。
敵の狙いは私で間違いないようなので、結局は私が襲われた事は話さなければならないだろう。
どっちにしろ怒られるのは間違いない。ならば早い方がいいか……。
「エディにお話ししておきたい事がありますので、このままウィンスター邸に来て頂けますか?」
私がそう言うと、
「ああ、俺もシルフィに話しておきたい事がある。では、お邪魔する事にしよう。シルフィは俺の馬車に乗ってくれ」
そう言われ、私はエディと共に王家の馬車で我が家に向かうのだった。
* * *
ウィンスター邸の応接室で、何故か向かいではなく、私の隣にエディが座る。
嫌な訳ではもちろん無いが、これから話す事を考えると、隣で何を言われるのか怖いものがある。
「で、街に何をしに行ったのだ?」
と、半分私の方に身体を向けて、私の顔を覗き込むように聞いてくる。
「も、もちろんショッピングですわ。ほほほほほ……」
私は、ちょっと身体を引き気味に、あらぬ方に目をやりそう答えると、
「ほぉー? 腕の立つ護衛を四人も連れてか?」
「そ、それは私も公爵令嬢ですから、な、何かあっては困りますから……」
と、しどろもどろに言うと、
「で、何があったんだ?」
と、いつもよりも低い声と鋭い目つきで睨まれる。
(いやー、バレてるよな、これは。ひょっとしたら警備隊の詰所にも顔を出したのかも知れない)
私は居住まいを正してエディに向き直り、
「エディ、先程街で何者かに襲撃されました。敵には逃げられましたが、敵は、私の顔を知っているようでしたので、どこかの貴族の家の者かと思われます」
私がいつになく真剣な顔でそう話すと、
「ふぅ、やはり狙われているのはシルフィか。ケントの情報は正しかったと言う訳だ」
「ケント様ですか?」
いきなりケント様の名が出てきて、頭に?が浮かぶ。
「ああ、今日ケントが俺に話したい事があるから人払いをしてくれと言ってきたのだ。で、その話だが、キール公爵が俺とシルフィが婚姻を結ぶと、ウィンスター家が力を持ち過ぎる事になって危険だと言っているらしい。あくまで噂で確たるものは無いと言っていたが、君が襲われたとなれば確実だろう」
「キール公爵ですか?」
私もキール公爵は知っている。我がウィンスター公爵家、母の実家のドーソン公爵家は古くからある公爵家だが、その次に古いのがキール公爵家だ。
昔はこの三大公爵家から王妃となる者を娶り、また王女様の降嫁先となっていた。
と言ってもやはり、ウィンスター家やドーソン公爵家と王家の繋がりは強く、この二家に丁度良い年齢の者がいない場合などに、キール公爵家から娘を娶ったり降嫁したりしていたのだ。
そんな事もあって、ここ何代かはドーソン公爵家やウィンスター公爵家から、王家に嫁ぐ者が多かったのだ。
「キール公爵家は、ここ何代かは王家との婚姻はありませんでしたわね……。だから、今回はエディと同い年のイザベラ嬢を嫁がせたいとお考えなのでしょうか……。だからと言って私を暗殺などしたら、余計に王家からの信頼を無くしそうですけどね」
「ああ、しかし君がいなければ、ドーソン公爵家には今、俺と釣り合う年齢の令嬢はいないからな。キール公爵家なら、同い年の令嬢がいるからと押してくるつもりなのだろう」
「ドーソン公爵家には、ちょっとお歳は離れていますが、王女様のご令嬢がいらっしゃいますよ。王家としてはそれくらいの歳の差なら、ドーソン公爵家の令嬢を選ぶのではありませんか?」
「まあ、それもありだとは思うが、さすがに8歳の少女に恋愛感情は抱けないな……」
と、私の手を握り私を見つめてそう呟く。
「あら、10歳違いもお歳を召せば、きっと気にならなくなりますわよ」
私がそう言うと、
「シルフィ、君は俺とオリビアを結婚させたいのか?」
と、私の顔を覗き込みながら、そう聞いてきた。
私は俯いて、
「……。そんなこと……。あるわけないじゃないですか……」
私はエディの手を握り返し、目を伏せる。
「俺だって、君以外と結婚するつもりは無い。シルフィ、俺が必ず君を守るから」
私の耳に唇を寄せて、そう囁いたエディは、私の頬に手をあて、そっと口づけを落とすのだった。
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