10. 誕生祝いの舞踏会 1
舞踏会の当日、私は皆より早く王宮に来るように言われ、身支度を整えて向かった。
エディが馬車のところまで出迎えてくれて、私はエディの応接室に案内される。
エディももう身支度を整えていて、私が前もって贈った、誕生石のダイヤとエディの瞳の色のアメジスト、そして私の瞳の色の琥珀をアクセントに使った、タイピンとカフスをつけてくれている。
私のネックレスとイヤリングもお揃いだ。
私と向かい合ってソファに腰かけたエディが、
「今日、早く来てもらったのは、君の耳に入れておきたいことがあったからなんだ」
エディにそう切り出され、なんだか不穏な空気を感じる。
「今日招待した客の中に、最近おかしな噂のある人物がいてね、何事もなければいいが、シルフィもちょっと気を付けていてほしいんだ」
と言われ、
「それは、エディの命を狙う者がいるということですか?」
と私が尋ねると、
「いや、言動や行動がおかしいという話だ。2年生のピーター・ノーマンという男爵家の次男で、クラス委員の生徒なんだが、この前は突然暴れ出したらしいが、しばらくすると何事もなかったように、元に戻ったそうだ。他にもおかしな行動や言動があるらしい。彼は去年も委員をやっていたが、去年はそんな様子は全く無かった。最近になって様子がおかしくなったらしい」
とエディに言われ、
「では、舞踏会の間にも暴れることがあるかも知れないということですね……。大丈夫です。何があろうと私がエディをお守りしますから。ちゃんと剣も持って来ましたので」
と自分の腰に下げた剣を、左手で握って見せた。
普通、ドレスに剣を下げている人はそうそういない。というかたぶん私だけだろう。
そもそもこの剣は、建国の王の妃だった、ビアトリス妃が持っていたものだ。ビアトリス妃は騎士だったので、王妃になってからも常に帯剣し、王を守ったと言われている。
その剣を、去年ある事件をきっかけに国王陛下から授かったのだ。
この剣は王妃が持つに相応しく、鞘や柄頭などに装飾が施されていて、一見装飾品のようにも見える。なので、はたから見ると、ただのお飾りで剣を下げているように見えるが、私はそれでいいと思っている。
この剣で戦わなければならない相手を、油断させることが出来るからだ。
「もし、その者が暴れ出した場合、エディに害を成すようなら、この剣を使ってもよいという事ですね」
と私はエディに確認する。
王宮で剣を抜くのは、それ相応の理由がいるのだ。でなければ、反逆の意志ありと取られても仕方がない。
「ああ、俺が狙われると限った話ではないが、シルフィ、君も十分注意するように」
と言われ、
「はい、わかりました」
私はそう答えるのだった。
私はエディの話を聞き、突然暴れ出すと言われて、真っ先に脳裏に浮かんだのは麻薬常習者だ。
前世は警察官だったので、そういう者たちを数多く見てきた。
以前こちらで読んだ本では、前世の麻薬とこちらの世界の麻薬では、麻薬自体が全く別物だが、作用に関しては同じだったと記憶している。
この国はわりと前世に似ているところがあって、麻薬に関しても、医療用の麻薬はあるが、厳重に管理されていて、一般の人には手に入らないようになっている。そんな風に麻薬の栽培や売買を規制したのは、何代も前の国王陛下だ。麻薬が国に蔓延すれば国が滅びることになると言って、それは厳しく規制したと、歴史の本に書いてあった。
だが、どこの世界にも法の目をかいくぐって悪さを企むやつはいるものだ。
(麻薬だと厄介だな。麻薬で痛みを感じなくなってしまえば、多少斬りつけられても戦い続けるだろう。それを止めるとなると、相手に相当のダメージを与えなければならない。それは相手を殺してしまうかも知れないということだ。2年生の委員と言っていたが、同じ学園の生徒に、そんな風に大きなダメージを与えるのは、やはり気が引ける……。だが、エディに何かあればそれどころではない。私も甘い考えは捨てて、エディを守ることだけを考えよう)
そう心に強く思うのだった。
舞踏会の時間になり、私とエディは会場に向かった。いつものように、エディが私をエスコートして会場に入ると、ワッと歓声が上がり、あちらこちらから、「おめでとうございます」と言う声があがる。
そうして瞬く間に挨拶に来た人たちに囲まれてしまった。
いつもの挨拶タイムの始まりだ。
皆エディに祝辞を述べて挨拶していく。私は隣で微笑んで軽く会釈するだけだが、これがなかなか疲れるのだ。
生徒会の面々も挨拶に来て、それぞれにエディに祝辞を述べる。
エディの従弟のケント様は、王族なので生徒会とは別でもよかったはずだが、今は生徒会の一員だからと、一緒に挨拶に来たようだ。
エミリーとお兄様、オスカー様やカールにルーク、リリアとリリアのお兄様も一緒だ。
リリアが私に小声で、
「私、王宮に来たのも、こんな大きな舞踏会に来たのも初めてです。まるで夢を見ているようです!」
とちょっと興奮しながら言うから、
「王宮での舞踏会は盛大ですものね。まだ何回もあると思うから、そのうち慣れるわよ」
とリリアに言うと、
「とても慣れるとは思えないです……。せっかくのドレスも、私が着ると野暮ったくなってしまうし……」
と言うから、
「そんなことはないわ、リリアにとても似合っていてよ。春らしい、優しいピンクでとても素敵だわ」
そう私が言うと、
「やっぱり王都の仕立屋さんは違いますね。デザインも生地もとても素敵で。でも私なんかが着たら、せっかくのドレスが台無しになるんじゃないかと、心配になります……」
そう不安そうな顔でリリアが言うから、私は、
「大丈夫よ。とても素敵よ。学園に居る時とは違う雰囲気で、髪をアップにすると大人っぽくなるのね」
そう言うと、リリアはちょっと恥ずかしそうにはにかんで、
「ありがとうございます。シルフィ様もとても素敵です。さすがエドワード様の婚約者です。他のご令嬢とは格が違いますね」
なんて言うから、
「私なんてまだまだよ。でも、いつもエドワード様に相応しくありたいと思っているわ」
そう答えると、
「うわー、そんな風におっしゃるシルフィ様が素敵です」
と言うリリアの目が、ハート型になっているような気がするのは、私の気のせいだろうか……。
前世でも私は中学、高校と、かなりモテた。何故か女子にだが……。
髪もショートで、背も割と高い方で、剣道が強かったので、男の子っぽかったということもあるが、下級生には私のファンだという子が結構いたのだ。
今のリリアの目が、そんな女の子たちと重なって見えた。
まあ、今はエディと婚約してるのだから、男の子にモテても面倒なだけなので、女の子にモテる方が気が楽だ。私はリリアを見てそんな風に思うのであった。
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