25.二人の想い
2020.10.03. 誤字脱字を修正しました。内容は変わっていないので、よろしくお願いします。
シルフィは次の日の朝、お兄様から言われた言葉にショックを受けていた。
「あんな階段から男を蹴り落とすような女と、結婚したいと思う男がいると思うかい? あれじゃ、じゃじゃ馬を通り越して暴れ馬だよ…」
「確かにシルフィがいなかったら、エディもどうなっていたかわからないから、シルフィが剣を使えることは良かったと思うけど、護衛としてなら頼もしいが、妻にしたいかどうかはわからないよ…。ひょっとしたらエディから、婚約解消の話が出るかも知れないから、覚悟はしておいたほうがいい……」
そう言われたのだ。
(はー……。確かにそうだよね。私、かなり男どもを蹴り飛ばしたりしてたよね。私はエディと一緒に戦うことに一生懸命で、自分がエディにどう思われるかなんて考えてもみなかった……)
本当はエディと結婚すれば、いつも傍で守ってあげられると思っていたのだが、たしかに男性からすれば、そんな暴れ馬とわざわざ結婚したいとは思わないかも……。
「はー……」
なんだかため息しか出てこない。
あの時、エディを守れたのだから、私が剣術と体術を覚えたことに後悔はない。ただその事でエディに嫌われたのなら、私としてはとても悲しい……。
もし婚約を解消されたら、騎士団に入隊して近衛の騎士として、エディを護衛させてもらおうか。でもそうなると、エディの隣に別の女性が立つのを、護衛として見ていられるだろうか……。
私は首を振る。
いや無理だな。エディの隣に別の女性が立つのなんて、見てはいられないだろう。
そう思うと胸が痛くて泣きたくなる。
私がエディを守りたいのは本心だ。でもそれだけじゃない。
可愛くて、愛おしくて、大切な人。彼のことを想うと切なさが込みあげる。泣きたくなるようなこの想い。こんな気持ちは初めてだ。前世の私だって、こんな気持ちになったことはない……。
(この気持ちが愛というものなのだろか……。愛するということが、こんなにも切ないものだとは知らなかったな……)
私はまた一つため息をついたが、その頬に一粒の涙がこぼれるのだった。
午後から昨日の事情聴取というか、昨日の事件の事を話さなければならなくて、私は迎えの馬車に乗り王宮に向かった。
いつものエディの応接室ではない、もう少し広い別の応接室に案内される。一緒に来たサラは部屋の隅で待機している。
お兄様は先に来ているはずだが、姿は見えない。エディの姿も見えない。
会いたいと思う気持ちと、会うのが怖いと思う気持ちがないまぜになって、私は胸の中に何かが詰まったような息苦しさを感じていた。
程なくして、オスカー様のお父様である、騎士団の総師団長、アンダーソン閣下と、近衛師団長閣下の二人がやってきた。
私は立ち上がり、淑女の礼をする。
アンダーソン閣下に椅子を勧められ、両閣下が座るのを待って、私も椅子に腰を下ろした。
「大体の話はエドワード殿下から聞いているが、ジェイクという護衛を倒したのは君で間違いないかな?」
そうアンダーソン閣下に問われ、
「はい、……間違いありません」
私は少しためらいがちに答えた。
「君はエドワード殿下を守った。なのに何故そんな辛そうな顔をするのかな?」
そう指摘されてドキッとなる。
「私は、エドワード様を守れた事は誇りに思っています。ただ今朝、兄に、そんな暴れ馬のような女性は、エドワード様だって妻にしたいとは思わないんじゃないかと言われ、婚約解消も覚悟しておきなさいと言われました……」
私は膝の上でドレスをギュッと握りしめた。泣きたくなるのを堪えて俯いていると、
「なるほど、それは心中穏やかでないな」
顎の髭を手で撫でながらアンダーソン閣下は、
「まあこの後、エドワード殿下が君と話したいと言っていたから、ゆっくり話すといい」
ニヤッと笑いながらアンダーソン閣下はそう言って、近衛師団長閣下と共に席を立ったのだった。
私は椅子から立ち上がり、礼をして二人を見送り、また椅子に腰を掛けた。
「はぁー……」
昨日の話は、私がジェイクを倒したのかどうかの確認だけだった。
あとはエディから話を聞いているのだろう。エディは私のことをどう話したのだろう。
なんだか身体が重い。上手く息が出来ない。
(どうしよう……)
何がどうしようなのか、自分でもよくわからない。
その時、扉をノックする音に心臓が跳ね上がる。椅子から立ち上がり、
「……どうぞ、お入り下さい」
そう言うと、扉を開けて入って来たエディが、
「シルフィ、体調は大丈夫か?」
と言う。
私は真っ直ぐに顔を見ることが出来ずに俯いて、
「はい、大丈夫です」
と短く答えた。
声が震えないようにするのが精一杯だった。
エディはそんな私の態度をどう思ったのか、
「ひょっとして怒ってるのか?」
と私に聞いてくるから、私は俯いたまま首を横に振る。
「昨日、どさくさに紛れたみたいに君に口づけたこと、怒ってない?」
「え⁈」
思わず顔を上げてエディを見てしまった。
エディはなんだか困ったような顔で私を見ていた。私は、
「昨日の事は夢のように現実感がなくて……。エディに口づけられたことは、私は嬉しかったです……。でも昨日の事は確かに現実で、私はエディを守れた事は本当に良かったと思っています。でもエディを守る為なら剣を振り回し、敵を蹴り倒し、躊躇いなく人を殺すような、そんな女は……、エディには相応しくないですよね……」
最後の方は声が小さくなって震えてしまった。涙を零さないようにするのが精一杯だった。
エディの口から言われるのが怖くて、自分からそんな風に言ってしまったのだった。
エディはびっくりしたような顔をして、
「え? どうしてそんな話になるんだ?」
と困惑したのだった。
俺も昨日の事はいろいろ考えた。
ついこの前まで、弱くて無理をするとすぐ倒れてしまうような、そんな儚げな少女だったシルフィが、剣を使い体術を駆使して男達を倒したのだ。
剣術も体術も、ここ数ヶ月の間に覚えたと言っていたが、そんなにすぐに身につくものだろうか? 数ヶ月前のシルフィとは別人のようだ。
しかも剣術や体術を覚えたのは、俺を守るためだと言う。たしかに俺はシルフィに守られた。でも男ならやっぱり愛する女性を守りたい。だが、シルフィはただ守られるだけではなく、一緒に戦いたいと言ったのだ。そして、自分の背中を俺に預けると。
シルフィとなら、共に戦うのも悪くない。お互いに盾となり剣となることが出来るだろう。
そんな事を考えながら、結局俺はたとえどんなシルフィだとしても、彼女じゃなければ駄目なんだと気づいた。儚げなシルフィでも強いシルフィでも、どちらもシルフィには変わりない。彼女を抱きしめて離したくない。ずっと一緒にいたい。そう思えるのはシルフィだけなのだと、そう強く思うのだった。
「俺は、君が俺に背中を預けると言ってくれた事、とても嬉しかった。本当は俺がカッコよく君を守りたかったが、でも君と共に戦うのも悪くない、そう思ったんだ。俺は儚げな君でも強い君でも、シルフィ、君じゃなきゃ駄目なんだ。ずっと一緒にいたいと思うのは君だけなんだ。俺と共に戦い俺と共に歩いてくれないか」
そう言って私を抱きしめる。
「こんな私でいいのですか?」
「エディ、私も貴方とずっと一緒にいたい。傍で貴方を守り共に歩みたい」
「愛しています」
泣きながらエディを見つめて、私ははっきりと言葉にする。
自分の言葉に、胸の奥から湧き上がる想いに胸が一杯になる。
「シルフィ、俺も愛している。君だけだよ」
そう言って抱きしめた私の頬を伝う涙に口づける。
そうしてお互いを見つめ、深く深く唇を重ねるのだった。
読んでいただいて、ありがとうございます。 あとラスト1話です。最後まで読んで頂けたなら嬉しいです。




