13.シルフィに向けられた悪意
舞踏会当日、エドワード殿下が私を迎えに来てくれた。
いつもは白を基調としたタキシードだが、今日はダークブルーが基調のシックな装いだ。珍しいなと思いながら、そういえば私も今日はダークブルーのドレスだ。今までは、わりとヒラヒラのかわいい系のロリータ風ドレスだったが、さすがに28歳の記憶を思い出してからは、ロリータ風は遠慮させてもらっている。それに、筋トレや剣術で鍛えていたら、今までのドレスが入らなくなってしまったのだ…。入らなくなったといっても、ムキムキになったわけではなく、適度に筋肉が付いて、しなやかさが増した感じだ。以前が華奢すぎたので、普通になったという感じだが、さすがに前のドレスはちょっとキツイ。なので、ドレスも普段着も作り直すことになったので、なるべくシンプルなデザインにしてもらった。
「ダークブルーのタキシードなんて珍しいですわね。まるで揃えたようになってしまいましたわ」
と私が言うと、
「ああ、別にかまわないだろう。たまたまだ」
とエドワード殿下は素っ気なくそう言うと、窓の方を向いてしまった。
本当は、エドワードがレイモンドに聞いて揃えたのだが、そのことはシルフィは知らないのであった。
そうこうしているうちにゴードン邸に着いて馬車を降りると、ゴードン家御一同様が出迎えてくれていてびっくりした。
まあ、王族が来るとなればそうなるのか。
私は婚約者ではあるが、まだ王族ではない。なんだか居心地の悪さを感じて、今度からは別々に来た方がいいかしら、などと考えていると、私の考えを読んだように、
「いずれは王族になるのだから慣れることだな」
と私にだけ聞こえる声で言われた。だが婚姻を結ぶまでにはまだ何年かある。まず学園を卒業しなければならないのだから、早くても三年以上はかかる。
(婚約者って立場はどう振る舞えばいいのかしら?なんだか悩んじゃうな…)
いままであまり人に関わって来なかった私は、戸惑ってしまうのだった。
エドワード殿下のエスコートで会場に入れば、ここぞとばかりに挨拶に来る人が殺到した。普段は、エドワード殿下に直接挨拶できる機会のない人たちもいるのでみな必死だ。
殿下は相変わらず、氷のような目で皆を見て挨拶をする。私は微笑みながら挨拶をしたが、ずっと笑顔でいると顔が引きつりそうになった。
ほぼ挨拶も終わり、やっと落ち着いたかとホッとしていると、
「エドワード様、いつも学園ではお会いしていますけど、舞踏会でお会いするのはお久しぶりですわね」
そう言って、クルクルの巻き髪でヒラヒラドレスの、ちょっと気合いの入った派手なお嬢様が殿下に挨拶にやってきた。
そのお嬢様は私をジッと鋭い視線で睨んできた。
(うわ〜、これは完全に殿下に想いを寄せているくちだな。私を見る視線が痛いわ)
そう思っていると、
「キャシー・リード嬢、そうだな、舞踏会で会うのは久しぶりだな」
とエドワード殿下が冷たく言うが、キャシー嬢は気にする様子もなく、私の存在などないもののように、
「後ほど私とダンスを踊っていただけますか?」
と殿下にダンスを申し込んできた。
(あ〜、これはまた最初の曲こそ私と踊るが、その後はお嬢様たちのお相手で忙しくて、私と一緒にいる時間はほとんどないな)
と心の中でため息をついたが、その時エドワード殿下が思わぬことを言い出した。
「キャシー、今日はシルフィアナをエスコートしなければならないので、他の誰とも踊るつもりはない」
その言葉にキャシー嬢と私が同時に驚いた。
キャシー嬢はまた私を睨んで、
「どうしてですか?いつもは踊ってくださるのに…」
そう悔しそうに言うと
「今日はシルフィのエスコート役として来ているからな。シルフィの側から離れるつもりはない」
と、シレっと言うので、私は思わずポカーンと口を開けたまま殿下の方を見てしまった。
キャシー嬢はそれでも、
「一人でいらしている時は、踊ってくださっていたじゃないですか。何故ダメなのですか⁈」
と抗議の声をあげる。
私は隣の殿下の纏う空気が、少し剣呑なものに変わるのを感じ、
(キャシー嬢、ヤバイよ。空気読んで!)
と視線を送ったが、まったくわかってもらえなかった。
「一人の時は、な。でも今日は婚約者を伴っているんだ、少し気を利かせてくれないか」
と、いつにも増して冷たい声でピシャリと言い放つものだから、周りにいた人たちが凍りつくのがわかった。
その威圧的な雰囲気に、さすがにキャシー嬢もビクッとして、
「申し訳ありません。失礼いたします。」
と、そそくさと離れて行った。
だが、だいぶ離れてから、もの凄い目つきで私の事をずっと睨んでいる。私は隣の殿下に、
「今日は他のご令嬢たちと踊らなくてよかったのですか?皆エドワード様と踊るのを楽しみにしていらしたのでは?」
と聞いてみると、
「王宮の舞踏会なら来賓のもてなしもしなきゃいけないが、今日はお客として来ているのだ。一人の時ならいざ知らず、君と一緒にいるのに何故他のご令嬢と踊らなくてはいけないのだ?」
「それとも俺とずっと一緒にいるのは嫌か?」
そんなふうに言われて、一人で居るのをちょっと不安に思っていた私は、エドワード殿下が私と一緒に居てくれると言ったことに、なんだか胸の奥が熱くなるのを感じた。
「いえ、私もエドワード様が一緒に居てくれるととても嬉しいですわ」
そう微笑むと、エドワード殿下は
「そうか、ならいい」
と素っ気なく言うが、繋いでいた手をギュッと握ってきたのだった。
キャシーはとても頭にきていた。
学園ではエドワード殿下は、振る舞いこそ皆に対するのと同じで素っ気ないが、キャシーが何か頼めば快くやってくれるし、話しかければ応対してくれる。
今まで舞踏会でお会いした時だって、ダンスを申し込めば快く応じてくれた。
キャシーは父親が言っていたように、エドワード殿下は、本当は私のことを愛してくれているのだと確信していた。
今日はあのお飾りの婚約者が一緒なので、周りを気にしてあんな態度をとられたのだ。あれは殿下の本意ではないはずだ。
いつもは舞踏会など出てこないのに、何故しゃしゃり出てきたのか。あんななんの取り柄もない、身分だけの婚約者など、早く婚約を解消して私を迎えに来てくれればいいのに。
そんなふうに考えながら、ずっとシルフィを睨んでいた。
するとエドワード殿下がキャシーの方を見た。キャシーは、
(やっぱり殿下は私のことが気になるのね)
そんなふうに思うのであった。
エドワードは、シルフィに害を成そうとしているのはキャシーではないかと思ったが、あんなにあからさまに敵意を見せるものだろうかと疑問にも思う。
ただ、あの敵意は尋常ではないので要注意だなと思った。
今日は最初にシルフィ以外とは踊らないと宣言したので、誰も声をかけてこないのが煩わしくなくていい。今後はもう、一人で舞踏会に参加するのはやめようと、シルフィを見つめながら思うのだった。
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