1.前世の記憶と現世の私
ここはアルスメリア王国の王都アルゼーラ。
緑豊かな街で、近くには大きな湖がある。北側には山脈が広がり万年雪をかぶった山々が遠くに見える。南側には海があるはずだが、王都からは遠くて見ることは出来ない。
山々から流れる何本もの川は裾野に広がりながら海へと続いていて、肥沃な大地を育てている。
そんなアルスメリア王国には大小様々な街や村がある。農作物の栽培や酪農なども盛んに行われている。街道も整備されているので、流通も良く商業や工業も盛んだ。
アルスメリア王国は大陸の中でも大きな国で、治安も良く発展している。国民の生活水準も他国よりは高く、近隣諸国からも一目置かれている。
そんなアルスメリア王国の公爵家に生まれた私、シルフィアナ・ウィンスターは、黄色味がかった茶色の、光が当たると琥珀色に輝く髪と瞳を持ち、細く華奢な身体はまだ幼さを残す、今年15歳になる少女だ。
この国では、4月から翌年の3月までに15歳になる子供たちが成人となる。「成人の儀」と呼ばれるものが毎年4月1日に王宮で行われ、この国の貴族の子供たちはこの儀式に参列して、国王陛下と王妃殿下に拝謁することで成人とみなされる。
私も先月この「成人の儀」を済ませたので、まだ14歳だが成人とみなされる。
2年前、この国の唯一の王子殿下であるエドワード様が成人され、そのすぐ後に私は王子殿下の婚約者となった。
エドワード殿下は容姿端麗、文武両道のイケメンだ。背も高く、胸のあたりまである金髪を後ろで一つに結び、アメジストのような紫の瞳を持つ。目つきは悪いがそれは美しい少年だ。
現在17歳だが、「氷の王子殿下」とか、「アイスドール(氷の人形)」などと言われ、何事にも動じない冷徹な性格と言われているが、女性からの人気は高い。
今日はそんなエドワード殿下のお招きで王宮にあがり、二人でお茶の時間を過ごし、帰宅のため一人出口に向かう階段を下りようと足を踏み出したその時、後ろから何者かに背中を押された。
「ー ⁈ ー キャー‼︎」
叫び声が王宮に響いた。
(私、死ぬかも⁉︎)
私は階下の床が近づいてくるのをスローモーションで眺めながら、意識を失ってしまったのだった。
王宮のエントランスホールの大階段。そこから下まで落ちたのである。下手をすると死んでいたかもしれない。
だがその衝撃で、私は前世の記憶を思い出したのだった。
前世では、私は少々田舎の警察署に勤務する28歳の警察官だった。
私は小学生の時から、剣道、柔道、空手を習い始め、中学、高校の部活は剣道部だった。もちろん柔道と空手も続けていたが、その中でも剣道はかなり強かった。
大学卒業と同時に警察官になり、最初に配属されたのは生活安全課という部署だった。この生活安全課は道を外れた青少年たちを、真っ当な生活に戻るように補導したり指導したりすることが仕事だ。
そして6年目のある日、ある少年がヤバい事件に巻き込まれ、その捜査中に私は何者かに撃たれたのだった。
「ここは……」
目を開けると見慣れた天井があった。私の寝室の天井だ。
(あれ? 私さっき撃たれたはずなのに、なんでこんなとこに居るの?)
ぼんやりとそんなことを考える。傍に付いていた両親と兄は、
「ああ、良かった。目が覚めたんだね、シルフィ」
「大丈夫かい?」
と心配そうに顔を覗いてきた。
「熱を出して3日も目を覚まさなかったから、とても心配したよ」
そう言うとお父様はそっと私の頭を撫でた。
「心配かけてごめんなさい」
私はそう言いながら、今の状況を分析する。
今、傍に居る両親と兄のこともちゃんと分かるが、もうひとつの私の家族の事も思い出す。
警察官の父と兄と姉、元警察官の母。私の家は警察官一家だった。
父は派出所勤務でほとんど単身赴任で家には居なかった。
母も警察署で事務(行政職)の仕事をしていたので、私たち三人兄妹は近くに住む祖父母に育てられたようなものだ。
兄や姉が小学校の高学年で剣道や柔道、空手を習い始めたので、私も一緒に習いたいと駄々をこね、私は小学校の低学年から習っていた。
私は兄とは六つ違い、姉とは四つ違いで年が少し離れているので、祖父母や両親、兄や姉からずいぶん可愛がられて育ったと思う。
そんな私たち兄妹は、兄がまず警察官になり、交通課の勤務になった。
次に姉は母と同じ警察署の行政職に就いた。
私も当然警察官になることしか考えていなかったので、大学を卒業後は迷わず警察官になった。
母が定年を待たずに仕事を辞めたのは、姉が結婚して子供が生まれたので、その子供の面倒をみるためと、年老いた両親の面倒をみるためだ。
兄はすでに結婚し、転勤で地方に勤務していた。
姉家族は実家に一緒に住むことになり、仕事を続ける姉を母がサポートしていた。
私も実家暮らしだったので、姉の子供たちの面倒はずいぶんみてきた。ただし家事は苦手なので、洗濯以外はほとんど母にしてもらっていたので、料理などはほとんど出来ない。女子力はゼロに近い……。
そんな風に、私の家族と私が28年間過ごしてきた人生を思い出す。
でも、たしか私はある事件の捜査中に撃たれたはずだったのに……。
(あれ? 私どうなってるんだ??)
警察官だった私の記憶と、14歳の公爵令嬢シルフィアナの記憶が混ざりあって、私の頭は混乱した。
私は公爵家の長女として生まれた。二つ年上の兄と両親の4人暮らしで、私は小さい頃から身体が弱く、よく熱を出して寝込んだり、倒れたりしていた。そんなこともあって私はずいぶん過保護に育てられた。
この国では、貴族であっても平民であっても、子供はだいたい母親が育てる。父親は手伝う程度だが、私は父にとても可愛いがられて育った。
子育ては母親の仕事といっても、貴族は子供一人に対し、一人ないし二人ほど専属のメイドや従者が付くし、母親にももちろん専属のメイドがいるので、実質子育て要員は4〜5名といったところだ。
貴族の奥方は家事もしないので、子育てしていてもそれほど大変というわけでもない。
ただ社交が仕事のようなものなので、子供を連れて行けない夜会などは、メイドに預けて参加したり、お昼のお茶会などは、同じ年頃の子供がいる奥様同士、子連れで集まって子供を遊ばせながらお喋りを楽しんだりして、子育てサロンのような様相を呈しているのが普通だった。
私も母や兄のレイモンドと一緒にそういうサロンに参加したり、自邸で開くサロンに参加していたが、一番よく行っていたのは王宮の王妃様の所だった。
王子殿下と兄が同い年ということもあり、やはり同い年のアンダーソン侯爵家のオスカー様と、その弟と妹である双子のカールとエミリーとは、いつも王妃様のサロンで一緒に遊んでいた。
そんなこともあって、私は12歳の時に王子殿下と婚約したのだが……。
今現在の私は14歳のシルフィアナだ。だが28歳の警察官の記憶もある……。
今の状況を考えると、私は28歳の時に撃たれて死んで、シルフィアナに転生したということか?
でも、私がいた時代とはあきらかに違う。どう見ても今は前世でいうなら中世ヨーロッパ時代という感じだ。しかし前世にはアルスメリアという国はなかった。
考えられることは、私は前世とは全く違う世界に生まれ変わったということか。そして、階段から落ちた衝撃で、前世の記憶を思い出した。
そんなことが本当にあるのだろうか? でもこれは夢ではなく現実だ。
(そうとしか考えられない……)
俄かには信じられなかったが、両方の記憶があるので信じない訳にもいかない。
今現在は14歳のシルフィアナとして生きているのだから、28歳警察官の私も14歳として生きていかねばならないのだ。
(今までちゃんと、14歳として生きていたんだから大丈夫か)
とお気楽な私は、この状況を30分で受け入れたのだった。
幸い階段から落ちた怪我は、腕と背中の打撲と、踏みはずした足の捻挫で済んだのだった。
私の階段落ち事件は、私が貧血を起こし階段を踏みはずしたと皆には話した。本当は誰かに突き落とされたのだが、犯人を見たわけではないし、突き落とされたとなれば、王宮で命を狙われたということで大事になりそうだったので、そのことは誰にも言わなかった。
それに命を狙われたとなれば、皆心配して自由に動けなくなる可能性が高いからだ。
(とにかく私をこんな目に合わせた犯人を許すまじ!)
前世の記憶を思い出した私は警察官のスキルを持っているのだ。絶対に犯人を捕まえてやる。
(日本の警察官をナメるなよ!)
私は一人、心の中で叫ぶのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
初めて書いた小説ですので、いろいろツッコミたい所が満載だとは思いますが、軽〜く読んでいただければ幸いです。
なるべく早めに更新していけるように頑張ります。