08
「お願い……! やめてください!」
司祭様に取り押さえられてたどり着いたのは、暖炉の焚かれた薄暗い部屋の中だった。
部屋の中央には拘束具と思われるベルトの取り付けられた寝台が設置されている。
「貧民窟出身のクズがわしに意見するな! おい、この者は教会の掟に背き不貞を働いた。破門するゆえに『魔奪の儀』を行う!」
「……ならば主教様の認可証をお見せください」
「そんなもん事後承諾でどうとでもなるわ! 手を貸す気がないなら下がっておれ、三下がぁっ!」
「…………」
中にいた教会関係者と思われる男は外に出ていってしまったが、わたしはうつ伏せのまま台に押し付けられてしまう。
必死に抵抗したものの、一体何に使うのか鋸を首筋にあてられると恐怖で身がすくんでしまい、為すがままになるしかなかった。
鬱血してしまいそうなほどの力でベルトを巻かれ拘束されたわたしの眼前で、司祭様は火かき棒のようなものを暖炉の火にあてた。
「わしに従わんというなら破門するしかないが、ならば神聖魔法は取り上げておかんとなぁ」
衣装の背部をびりびりと引き裂かれるような感覚。
またおぞましいことをされるのではないかと怯えたが、肌に触れてくることはなかった。
代わりに、熱された棒を暖炉から取り出してこちらへ見せつける。
その先には円形の鉄型が赤みを帯びて輝いていた。
「な……何をする気なんですか!?」
「今から貴様の身体に『魔紋』を刻み込む。貴様のような教えに逆らう屑から神聖魔法を取り上げるための特殊な紋章じゃ。烙印が刻まれている以上、再修得も不可能となる。心して受け取れ!」
「え……な……っ!」
言うが早いか、熱された鉄型が何の躊躇もなく腰部に押し付けられる。
「あ……あああああああああああああああああああ!!!!」
熱い、熱い、熱い……!
皮膚が焼け、肉が溶け、血が蒸発する。今までに味わったことのない激痛が背中を襲う。
嫌なにおいが充満していく。瞬き1つでも時間が経つごとに痛みは広がっていき、身体の奥深くへと食い込んでくる。
「いやあああああっ! やめて! 助けてぇっ!」
「どうじゃ! 貴様は魔法を奪われるが、わしは種を奪われそうになったんじゃ! 少しは痛みというものが理解できたかのぉっ!?」
「ああああああああああああああああああっ!!」
「多くのおなごを導いてきたわしのナニを足蹴にするとは、この売女が! 改心したかと聞いとるんじゃ! 答えんかあっ!」
熱い、痛い、助けて、誰か……!
誰が助けてくれるわけでもないのに、わたしはその誰かにすがり続けた。
叫んでも叫んでも、終わりが見えてくることはない。
どれだけの時間が過ぎ去ったろう。
意識を半ば失いかけたところで、上から司祭様の勝ち誇ったような声が響いた。
「フゥ……フゥ……フヒ、フヒヒヒヒッ! せっかくの才能が台無しじゃなあ! こんな烙印まで押されては男も気味悪がって寄ってくるまいて! これに懲りたら2度と男をたぶらかそうなどと思うな! 自殺するか穴奴隷にでも落ちて惨めな余生を過ごすんじゃなあ! ウヒャヒャヒャ、ざまぁないわい!」
『胸奥』に意識を向けると、その言葉の通り、わたしの中から修得したはずの神聖魔法が全て消え去っていた。
失意のわたしは、そこから先は特に何もされることなく、近くの路地裏にある掃き溜めに捨てられて解放された。
わたしは、本当に空っぽになってしまった。
☆★☆★
雨がぽつぽつと降ってきた。
誰も目を向けもしない路地裏で、わたしは壁に寄りかかりながらぼんやりと虚空を見つめていた。
気にする人もいたようだけど、すぐに顔をしかめてわたしの傍から去っていった。
「……どうしたお前、助けに行ったんじゃねえのか? 傍目からは良い女に見えたが」
「いや、精神がぶっ壊れてた。あれじゃ長くは持たねぇ、関わるだけ時間の無駄だ」
息苦しいよう。
「………………アハ」
変な笑いが口をついた。
何もかも失くして、堕ちるところまで落ちて、まだ生きている。
そのことが、何だかおかしくて。
みじめで、滑稽で。
流れ落ちる雨が頬を伝う。
「もう……疲れちゃいました」
ヴィクト君、カーナ……逢いたいよ。
「寂しいよお……」
いつの間にかわたしは自分の首に両手をあてていた。
もうすぐにでも2人の待っているところへ行きたかった。
一思いに喉を潰してしまえばと思って、握りしめる。
喉が詰まったが、すぐにむせてしまい手を放してしまった。
「ゴホッ……ゴホゴホ……! ダメです、やっぱり。……そ、そうだ……!」
半死半生の状態で何とか立ち上がったわたしは、借り宿を目指して歩み出す。
逢いたい、会いたい、あいたい。
話がしたい。
ごめんねと謝りたい。
おかえりって言ってほしい。
優しく抱きしめてほしい。
部屋に入ると、わたしはすぐにそれを手に取った。
「……少し借りますね」
ヴィクト君の、真ん中からぽっきりと折れてしまった剣だ。
ずっと同じものを使っていたのか、柄は手のひらの形に跡ができているように思えた。
わたしは、迷うことなく刃の部分を喉元に押しあてる。
「すぐにいきますから」
これで楽になれる。
3人で暮らせる。
元通りになるんだ。
刃を皮膚に食い込ませようと、手に力を込めた、その時だ。
――逃げろ。
――逃げて。
「――――――」
わたしの脳裏に、2人の姿がよみがえる。
必死にわたしを護ろうと盾になってくれたヴィクト君。魔法を使い続けてくれたカーナ。
「わた、し、は……」
この手に握りしめられているのは、何。
決まっている。わたしを生かそうとしてくれた人の剣だ。
わたしはそれで、何をしようとしていたの?
そんなの、わかりきっている。
命と引き換えに救ってくれた人たちの思いを台無しにしようとした。
「……あ……あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
駄目だ。
命を絶つことなんて許されない。
そんなことをしたら、今度こそ顔向けできない。
でもじゃあ、どうすればいいの?
「もう嫌だよ……どうしたらいいかわかんないよぉ……!」
どこにそんな涙が残っていたのだろう。
感情のおもむくままにわたしは泣いた。
「どうしたら……どうすれば……」
その時、ふとベッドの上に置いたままのギルド証が目に入る。
『鋼』のままで止まったままのエンブレム。
それを見て、わたしは。
「……そうだ、叶えるんだ、わたしが」
みんなの夢。
一流の冒険者《白銀》になる。
その証を手に入れる。
2人の分も、わたしが頑張るんだ。
そうすれば、きっとみんなのところへいっても認めてもらえる。
「そうよ……本気でがんばれば、途中で死んだって、がんばったねって……言ってくれるよ」
そんな決意すらわたしを生かしてくれた人達への浅ましい裏切りだというのに、わたしはもう自分の命を大切に思えなくなっていた。
神聖魔術も使えなくなった今、《白銀》になんてなれるわけがない。
単に、やるだけやったという言い訳が欲しかっただけなのだろう。
「でも、このままじゃ、駄目だよね」
さすがに何の能力も無いまま適当にクエストを受けるのは自殺と変わりがない。
というか間違いなく失敗するのに無能力者ひとりをギルドが依頼に向かわせるのか疑念が沸く。
「……あれ?」
どうしたものかと何気なく『胸奥』をのぞくと、【星】の数がはっきりと増えていることに気付く。
普通は自分の中にいくつ【星】があるのかはわからないはずなのだが、その数70近くがはっきりと自身の中に存在しているのを感じる。
「もしかして、魔法は消されたけど【星】は戻ってきたの?」
ちょうど神聖魔法に振った数に近い。
もしそうだったとしたら僥倖だ。
だけど、今さら他の職業を師事してやり直す気にもなれなかった。
「あ……」
『胸奥』には大量の【星】ともう1つ、スキルが残っていることに気付く。
《セルフヒール》だ。
神聖魔法のカテゴリでは無かったために、これだけは奪われなかったのだろう。
(……どうせひとりで戦うんだもの。限界まで振ってしまおう)
心の中でわたしは、役に立たないと言われたスキルに【星】を重ね合わせていった。