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06

「ラビ君!」


 わたしは目を疑った。

 坑道の入り口に立っていたのは、依頼が終わればすぐにでも探しに行きたかった幼なじみだった。

 見慣れない杖を手にしていたけど、衣装は最後に別れた時のままだ。


「アレッサ、ちゃん……」


 もう1度名前を呼ばれる。

 間違いない、ラビ君だ。

 気心の知れた人物に会えたことで感極まったわたしは手を伸ばそうとして、だけど横から現れた何者かに阻まれる。


「そうか、君がラビの元パーティーの《聖女》か」


 立ちはだかったのは、薄蒼色のライトアーマーに身を包んだ女性だった。

 おそらくは盾職だろう、細身の剣と胴体を隠せるほどの大盾を携えている。

 艶やかな黒髪の下に凛とした顔立ちが美しく映えているが、そこに浮かんでいる表情は険しいものだ。

 どうやらわたしを知っているようだったが、それよりも気になったのは。


(“元パーティー”? どういうこと……?)


 ラビ君はまだわたし達のパーティーの一員のはずだ。

 戸惑うわたしを置いて、別の声が響く。


「こいつがラビを酷い目に遭わせた元凶? 救いようのない屑女ね。この場で撃ち殺してやろうかしら」


 次いでラビ君の後ろから現れたのは、同性のわたしでも見惚れてしまうような美しいプラチナブロンドの髪と細い体型をしたエルフの少女。

 手には豪奢な飾りのついた大きめの弓と背中には矢筒を背負っている。典型的な《狩人》だ。

 こちらも蒼い双眸に攻撃的な色を乗せてわたしを射抜かんばかりに睨み付けてくる。


「あなたが《聖女》サマですか。顔も体も、ずいぶん恵まれたみたいですね。まあその分、中身は腐り切ったみたいですけど。……よくもラビ様を傷つけてくれましたね」


 更にもうひとり、杖を持ち神官服を着た桃色の髪の女の子が現れた。

 他の人物と同様、わたしに良い感情を持っていないようだが、彼女の視線には特に強い侮蔑が含まれているように思えた。


 一体彼女達はラビ君とどういう関係なのだろう。

 わけがわからずにラビ君に顔を移すと。


「アレッサちゃんにも紹介しておくね。ぼくの()()()()()()()()の仲間達だよ。《騎士》のウィノナに《狩人》のアーシェ。それに《神官》のソアラだ」

「え? ……パーティー?」

「そうだよ。アレッサちゃん達に追放された後、どん底だったぼくは彼女達に拾ってもらったんだ」


(……え、え?)


 ついほう、どんぞこ?

 何を言ってるの?


 もしかして、あの時の諍いを勘違いしてるのかもしれない。

 わたしは慌てて反論する。


「ち、違います! わたし達はそんなこと!」

「違う? 何が? ヴィクトもカーナちゃんも……君も、ぼくをさんざん否定して追い出したじゃないか」

「そんな、それは……!」


 ラビ君が見たこともない冷たい色の目をして、わたしを見下ろしてくる。

 背筋が凍りつくようで、わたしはそれ以上言葉が出せなかった。


「まあ、今はいいよ。ひとりきりでどうしたの? ヴィクト達は?」

「あ……そ、そうです!」


 どんな形であっても、それは助けに違いなかった。

 わたしは自分達が受けたクエストの途中で、あの猿のような魔物が現れてヴィクト君達が窮地に追いやられたことを話した。


「……ふうん。特徴からいってヴィア・ギガントだね。普段は高山帯で活動する魔猿で、エサが足りなくなると高所から降りてきて低地のあらゆる生き物を食糧にするそうだよ。討伐レベルも『銀』の上の『真鍮』級だし、かなりの難敵だ」

「……! そ、そんな……」


 クエスト中に別格の魔物が紛れ込むイレギュラーはよく起こることだ。

 そのためギルドでは冒険者に依頼を提示する際、周辺地域に出没する魔物の情報も伝えて警戒を促すのだが、そんな種族が生息しているなんて聞かされなかった。

 偶然、流れてきたのだろうか。


「まあいいや、3人とも行こう。この先だね」

「……ま、待って!」


 先へ進もうとするラビ君をわたしは制止した。


「あの魔物、凄い強さでした! わたし達じゃ、とても――」

「だろうね。君達じゃとても敵わないと思うよ」

「だったら……!」


 だからさ、とわたしの言葉を遮りラビ君は続けた。


「君は隠れてなよ。ぼく達は奴を倒しに来たんだ」

「倒すって、そんな。『鋼』級のわたし達じゃ勝ち目なんて――」


 すると、ラビ君が1度こちらを振り向き、無機質な顔を向けてきた。

 さっきの冷たい目もそうだったが、あの優しいラビ君がこんな表情をするなんて、信じられなかった。


「ねえ、アレッサちゃん」

「え?」

「“わたし達”って、まさかぼくらを含んでないよね」


 ラビ君は懐に手を伸ばすと、冒険者証であるタグを取り出して見せつけるように掲げた。

 そこには身元を証明するネームと一緒に各等級ごとの素材で象ったギルドエンブレムが鍛接されていた。

 わたしと同じ『鋼』ではなく、その上、『銀』級のエンブレムが。


「なっ、どうして……!?」

「ウィノナ達と一緒にあれから頑張って昇級したんだよ。1日に2つクエストを受けたりしてね。ぼく()はもうアレッサちゃんの上にいるんだ。いつまでも見下さないでほしいな」

「…………っ!」


 話は終わりと、こちらを一瞥して4人はその場を去っていく。

 一方のわたしは、ショックでその場をすぐには動けなかった。


(見下すなんてそんな。わたし達は1度だって)


 全部誤解なのに。

 どうして、こうなってしまったのか。


 ヴィクト君、カーナ……!


「……とにかく、戻らないと!」


 ここに留まっていてもどうにもならない。

 わたしは杖を拾い上げると、ラビ君達の後を追って再び坑道の奥へ向かった。



 ☆★☆★



「ウィノナ、側面来るよ! 『水』の加護をかけ直すから一旦引いて!」

「ああ!」

「アーシェ、援護を!」

「言われなくてもっ!」

「どうやらアレが最後みたいですね。っと《ホーリーガード》です。危なかったですね、ラビ様」

「助かったよ、ソアラ」


 わたしがたどり着いた頃、ヴィア・ギガントとの戦いは既に佳境を迎えていた。


 彼女たちはそれぞれの役割をしっかりこなし、ラビ君の指示に従い戦闘を有利に進めていく。

 それだけではない。ラビ君が精霊魔法をかけると彼女達の動きが目に見えて加速し、一撃の威力もはね上がっていた。

 ヴィクト君がかすり傷程度しかつけられなかった斬撃も、精霊魔術で強化した剣や矢の一撃は魔物の外皮を容易く削り、肉を削ぎ取っていく。

 これが精霊魔法の、ラビ君の力だった。

 彼は、ちゃんと戦っていたのだ。

 もちろん彼女達本来の実力も相当なものなのだろう。

 でもそれに加えて、彼女達には息の合った連携が備わっていた。

 その中心にいるのはラビ君だ。


「ギアアアアアアアアアア!」


 やがて《騎士》が魔物の片腕を切り落とし、耳を裂くような絶叫が空間に響き渡る。


「うっさいわねえ、エルフは耳がいいから余計にうるさいんだっての!」


 大きく空いた魔物の口内目掛けて狩人が矢を放つ。

 頭の後ろまで貫かれ、その叫びもかき消された。

 最後に、舞踏でもするかのように宙を舞った騎士がその首を刎ねて、わたし達を追い詰めた魔物はあっさりと倒れ伏した。


「みんな、お疲れ様」


 一息ついて、労いの言葉をラビ君。

 4人は和気藹々と一箇所に集まって、笑顔を見せている。

 そこにあったのは、少し前のわたし達。


 いや、それ以上のチームワークを持ったパーティーの姿だった。


「あ……」


 少し前から気付いていたのだろう。

 ウィノナと呼ばれる騎士の女性が、岩陰から様子を覗いていたわたしに厳しい顔を向けてくる。

 そして、何かを地面から拾い上げてつかつかとこちらへ寄ってくると。


「君の仲間のだ」


 冒険者証を3つと、折れた剣と杖をこちらに差し出した。

 その内の2つ、『鋼』のタグには幼なじみ2人の名前が刻まれていた。


「あ……あ……ああああああああああっ!」


 見慣れた装備を胸に抱き締めて、わたしは慟哭した。


 ヴィクト君とカーナは、大切な、幼なじみは、もうこの世にいない。


 体中から血の気が引いて、涙が止まらなかった。

 その事実をあっさりと受けいれてしまう自分がいて、どうしていいかわからずに、わたしはただただ絶望するしかなかった。


「…………ひぐっ! 2人とも……あ、ああああ!」


 どうして、こんなことに。


「ラビ君、どうしよう……! ヴィクト君もカーナも、いなくなっちゃったぁ……!」


 わたしはひとりになってしまった幼なじみに声を振り絞った。

 もうどうしていいかわからない。嘘だと言って欲しかった。誰かにすがらせて欲しかった。

 やがて、ラビ君がこちらに歩いてくる。

 その顔はわたしと違って、酷く落ち着いていた。

 そして、わたしを見下ろして一言。


「いい気味だ」


 冷たい声で、ラビ君はそう告げた。

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