04
「俺と組みたい? 構わないが……昇級する気はないぜ?」
わたし達が冒険者ギルドで声を掛けたのは、初回の依頼を共にこなしてくれた冒険者の男性だった。
ヴィクト君と同じ戦士系だったが、『銀』級のクエストをこなして生活している常連だとか。
「構わねえ。オレ達でも攻略できるか、腕を見てもらいたいんだ」
「ふうん……そういうことなら。そういえばもう1人の《精霊術士》はどうした?」
「……あいつは体調を崩してしばらく休みだ」
「そうか……まあそれなら、よろしくな。早速行くか?」
依頼は自分と同じランクと上下1つまでなら引き受けられる。
別の冒険者と組むといっても他に顔見知りもいないため、悩んだ末の決断だったが、彼はすんなりと受け入れてくれた。
彼はわたし達よりも経験、実力ともに数段上の《剣士》さんだった。
それこそどうして『銀』級にとどまっているのだろうと疑問に思うくらいに。
そのことを聞いてみると。
「実際1度上がったんだよ。この上の『真鍮』にな。だけど失敗続きですぐに降格された。心が折れたんだよ。ソロでもやれるようにはなってるが、マジで気心の知れた仲間がいねぇと駄目だ、ここから先は」
その言葉にわたし達は顔を見合わせた。
仲間というのもそうだが、失敗というのにも気持ちが入っていた。
クエストはランクに関わらず6回連続で失敗すると冒険者としての階級を1つ下げられてしまう。
わたし達は既に5回連続で依頼を失敗していて、後がない状態だった。
「お前ら、先へ行くのか? まあ同じ階級までは面倒見てやるけどよ。ここから先はかなりキツイってことは心得ておけよ」
彼の言葉に促されるままに、わたし達は『銀』級の依頼を受ける。
その場所は以前わたし達が苦汁を嘗めたリザードマンの巣窟だった。
「おい、戦士のお前は後ろと横を警戒しつつ『聖女』の安全を守れ。決して深追いするなよ」
「いや、でも……ああ、わかった」
「魔術士のお前は俺の合図で《イクスプロード》の詠唱に入れ。それまでは何があろうと魔力は温存しとけ」
「え……うん、わかった」
「あんたは俺の回復に専念だ。他のやつが多少傷を負っても気を回すなよ。毒を食らってもすぐに死ぬわけじゃない。割り切らないと依頼を達成できないぞ」
「あ……は、はい!」
先輩剣士さんはわたし達に指示を出しつつ、フォローもこなしていた。
不用意に突っ込んだりはしない。
折を見て、待機させているカーナに爆裂魔法を放つ指示を出す。
リザードマンもこのままでは魔法が直撃することがわかっているのか、前に出ざるを得ない。
そこを1匹1匹、作業するように倒して行く。
「すげぇ……」
「アタシたちがあれだけ苦戦したのに……」
「こいつらはゴブリンなんぞより知性はあるが、理性はそこまで変わらない。挑発すれば乗ってくるし誘導するのも楽なもんさ」
やがて奥に潜む群れのボスもあっさり倒してしまうと、依頼は達成となりわたし達は降格の危機を回避する。
「やるな、あんた。組んで正解だったぜ」
「……褒めてくれるのは嬉しいが、報酬は俺が半分もらうぞ。階級は俺が上だしパーティーを引っ張ってやってるんだ。構わないよな?」
「……ああ。2人ともいいよな?」
「うん……」
「はい……」
わたし達は浮かない顔で返事をした。
初めて『銀』級の依頼を達成できたのに。
降格どころか昇級さえ見えて嬉しいはずなのに、心の中に靄がかかってしまって一向に晴れない。
「とにかくこれでオレ達でも依頼を達成できることがわかったな。ラビのとこに行こうぜ。借り宿に戻ってるだろ」
わたし達は町の宿2部屋を男子組と女子組に分かれてホームにしている。
だけど、部屋に戻ったわたし達は愕然とした。
「嘘……ラビ君の荷物が無くなってる……!」
「え、まさか、出て行っちゃったの!?」
男子部屋に残っているのはヴィクト君の所持品だけ。
ラビ君の荷物は綺麗さっぱり無くなっていた。
「……っ!!」
ヴィクト君が飛び出して行く。
すぐにわたし達も分かれて1日中町を探したけど、ラビ君は見つからなかった。
「……どうしてこんなことに」
「ラビ……」
部屋に戻ったわたし達は何も手につけられず、うつむくしかなかった。
傷ついてるなんてわかっていたのに。何もしてなかったなんて、そんなはずないのに。
何のフォローもしなかったことに罪悪感が湧いてくる。
「……仕方ねぇよ」
「ヴィクト君?」
「仕方ないって……どういう意味よ」
「あいつが離れるって決めたなら、もうオレらとはやっていけないって思ったなら、尊重するしかねぇだろ。これからはあいつ抜きでやっていこうぜ」
「ふざけないでよ! アタシ達ずっと4人でやってきたのよ!? ちょっと喧嘩したくらいで何言ってんのよ!」
「お前だって、あいつ抜きでやるのは賛成してたじゃねえか!」
「あれは一旦距離を置いて落ち着こうって意味よ!」
「2人とも止めてください!」
「……っ! 何が“止めて”よ! 文句言わずにこいつの意見に乗れっていうの!?」
「違います、そういう意味じゃ!」
「……ああ、そうね。アレッサはヴィクトがいればそれでいいんだもん。アタシもラビのことも本当は邪魔だと思ってるんだもんね」
「なっ!? どうしてそうなるんですか!?」
互いの感情がごちゃまぜになって、話し合いは次第に罵り合いになっていく。
成長してからの喧嘩がこんなに悲しいものだとは、思いもしなかった。
☆★☆★
折り合いもつけられないまま次の日を向かえて、わたし達は感情のぶつけ合いをやめる代わりに、目を合わせないようになった。
どうにか眠れはしたものの精神的な疲労は少しも取れていない。
「なんだ、お前ら。喧嘩でもしたのか?」
険悪な雰囲気が丸わかりだったのだろう、合流した先輩冒険者が開口一番に指摘する。
「具合が悪いなら、今日は止めておくか?」
「いや、迷惑はかけねえ。何かやってないと落ち着かねえんだ」
「はい……」
「そうだね……」
できるだけ今は何も考えたくなかった。
考えてしまったら自分を見失ってしまいそうで怖かった。
多分それは2人も一緒だったのだろう。
ギルド内でもラビ君の姿を探したけど、やはり見つけられなかった。
ただ、ギルドの受付である女性に話を伺うと「顔は見せていますよ。どこに住んでいるかまでは知りませんけど」とのことだ。
まだ町は離れていないことにひとまず安堵する。
その後、わたし達は適当な依頼を請け負って現地へ向かった。
クエストの間、わたし達の連携は予想以上に取れていた。
戦闘に無心する気持ちが集中力を高めてしまったのだとしたら、皮肉なことだ。
指示通りに最善の行動を取ると、あっさりとボスモンスターを倒して依頼達成となる。
誰かに従うことが、この時ばかりは救いに思えた。
そうやって2つ、3つと依頼をこなす日々が続き、次第に頭も冷えてくる。
ただそれから数日、今までは少なくても1つか2つはあったラクシャ近辺での『銀』級の依頼が、別のパーティーに引き受けられてしまうことが続いた。
ようやく4回目の依頼が受けられたのは、1週間が経過した後だった。
久々のクエストに挑む直前に、カーナが言った。
「アタシ、この依頼が終わったら、ラビを探すことにする」
「え……?」
「やっぱり、あいつを置いて昇級するのはなんか違うと思う」
「……カーナ」
「それに……ううん、これはいいや。とにかくこのままじゃ絶対に後悔すると思う。だから、アタシ――」
「うん、そうですよね。わたしも一緒に行きます。ずっと一緒にやってきたんだもの」
「アンタはヴィクトの傍にいてあげなよ」
「いえ、今はラビ君のほうが心配です。ヴィクト君に言って少し休みをもらって――」
「オレだけ除け者にすんなよ」
「ヴィクト!」
「ヴィクト君!」
振り向くとそこには気まずそうに頭をかくヴィクト君がいた。
「……どうかしてたな。こうやって余裕ができねえと反省できないなんて。オレが言い過ぎた。あいつに直接謝らねえと気が済まねえ」
「……! そうですね! じゃあすぐに依頼をこなしちゃいましょう!」
「おう!」
本当はすぐにでも探しに行きたかったけれど、既に目的地である火山坑道が見えていた。
早く終わらせてしまおう、そう思ってわたし達は少し前を歩く先輩を追い越す勢いで入口へと向かう。
坑道への入口はまるで深淵のように、その顎を広げていた。