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03

「くそっ。どうなってんだ!」


 洞窟の入口までかろうじて引き上げた矢先、満身創痍のヴィクト君が苛立ちながら近くの岩を蹴り上げた。


「落ち着いて! 今ちゃんと治療しますから!」

「わ、悪ぃ。でもよお……」

「うー、何であんな急に魔物が強くなってるの……」


 憔悴しきった様子でカーナもうなだれる。


『銀』級に昇格してからのわたし達は散々だった。


 魔物は亜人の中でも凶暴なオークやリザードマンといった、ある程度の知性を兼ね備えた種族の相手をすることが多くなった。

 彼らは棍棒の他にも弓や投石といった飛び道具も用いて来るほか、それなりの統率力もあるため仲間と連携をとって攻撃してくる。

 ヴィクト君が踏み込めば後退して誘い込み側面からも攻撃に回り、カーナが魔法を使おうとすればそちらに矢を放ってくる。

 また、ラビ君やわたしにも隙あらば突撃してくるために注意を1つに向けられない。

 わたしの出番も一気に増えた。


『みんな、もう少し集まって! ……今です! 女神の息吹よ降り注げ! 《ヒーリングレイン》!』


『毒!? すぐに治療しますから落ち着いて!』


 パーティーはいつも混乱状態。

 わたしも上限の10段階まで強化したヒール系最上位ゴッドブレスや物理ダメージを大幅に軽減する《アルケインフィールド》を使って支えようとするものの、戦況を覆すまでには至らない。

 初回の依頼はすぐに失敗し、その後、何度挑戦しても力不足が否めず敗走を重ねていた。


 命の危機ということであれば、幸いなことにわたしの回復が追いついているため差ほど問題にならないものの、やはり火力の2人が十分な動きをさせてもらえないことが敗因だと思う。

 ただ、相手の数に加えてそれぞれが理知的な動きをするため、今までのような力押しが通じなくなっていた。

 でも、回復役のわたしがヴィクト君たちに言えることは少ない。


「あれ……?」


 ふと痛みを感じて神官衣を捲くって見ると、腕がざっくりと切れて血が滲んでいる。

 いつの間にかわたしも攻撃を受けていたようだ。

 すぐに《ヒール》をかけようと思ったが、疲労に加えて魔力も底を尽きかけていたため《セルフヒール》で代用する。

 すると、少しずつではあるが傷口が閉じていくのを確認できた。

 治療スピードは、やはり遅い。


 神聖魔法カテゴリに属さない《セルフヒール》は教会に所属しなくても修得できる代わりに、治療の速度も最低レベルで、名前の通り魔法の対象は自分のみに限定されている。

 外部からの奇跡で治療する神聖魔法と違って自己治癒力の促進で傷を回復するために、どちらかといえば再生に近い効果なのが特徴だ。

 魔力の消費が少ないこと、対象を指定しなくても全身の傷を回復できるのが長所だが、回復量は初段階の《ヒール》よりも遥かに劣るため、基本的には無用のスキルとして敬遠されている。

 わたしも覚える気は無かったのだが、聖女になるためには一応回復魔法である《セルフヒール》の修得も必須だと司祭様に言われたため、聖女という肩書きに執着は無かったものの、ついでだからと覚えて【星】も3つほど振った。

 ちなみに、5つ振るのは絶対にやめるよう言われた。

 何でもスキルが自分の意思に関係なく【自動で発動する】ようになってしまい、外傷を負うたびに1度だけ勝手に魔力を消費して体を回復してしまうらしい。そうなったら魔力の消費をコントロールできずに、肝心な時に強力な神聖魔法を打てないなどということも有り得る。

 神聖魔法を全て修得しても【星】が余っていたために2つほど振ってみたが、確かにこんな時ぐらいしか使い道がないのが現状だった。


 それはさておき、スキルよりも今はパーティーのことだ。

 傷が少しずつ治っていく様子を見ながら色々考えたがこれといった改善策は思い浮かばない。

 すると、顔を上げたヴィクト君が苛立ちながらラビ君に向けて低い声を上げた。


「……なあ、ラビ。お前、もうちょっと頑張ってくれてもいいんじゃねえか?」

「……え。そんな、ぼくはちゃんとやって」

「あー……ラビ。悪いけどアタシも、もっと色々サポートして欲しいかな、なんて」


 次いでカーナも同調する。

 連敗のせいか、なんだか険悪な空気が流れている。


「カーナちゃんまでそんな。ぼくは最初から一生懸命……」

「最初から? 何をどうしてたっていうんだよ」

「だから、ぼくは――」


 それからぽつぽつとラビ君は今までの戦いで自分がどれだけ2人をサポートしてきたかを話した。


 風の精霊に働きかけ、ヴィクト君の剣速を強化したり、炎魔法を強化できるスキルをカーナに掛けて魔法の威力を割り増ししたり。

 他にも、土の精霊を操って魔物の動きを鈍らせていたことも語った。

 確かに2人ともいい動きをしていたと思うし、都合よく魔物が固まっていたりしたのも精霊魔法が影響しているというならわからなくもない。

 だけどヴィクト君たちは納得するどころか、一層表情を険しくした。


「なんだよそれ! じゃあオレが魔物に勝てたのはお前のお陰って言いたいのかよ!」

「確かに調子良かった気がするけどさ、【星】だって限界まで振ったんだから、そのお陰だってあるし、納得いかないよ!」 

「そんな……! ぼくはただ自分だって役に立ってるって言いたいだけで……!」

「ねえどうなのアレッサ? アタシ、戦いに集中してるからわからないけど、ラビっていつも後ろで何してるの!?」

「えっ!? ええと……」


 そう言われても、わたしが注目しているのは傷を負うかもしれない前線の2人だ。

『銀』級のクエストを受けるようになってからはラビ君も襲撃されることが多くなったため気を回しているが、何をしているかと言われても詳しくはわからなかった。

 呪文を詠唱しているのは見るけど、その後どんな効果が発動しているかはまったく不明だし、魔物のターゲットになることも多くて詠唱を中断する光景も目立つようになっていた。

 どこか良いところはないか記憶を探ってみるものの、いまいち何をしていたのかこれというものが見つからない。


 最後には。


「……ラビ君、その、頑張ってるのはわかるんですが」


 正直にそう言うしかなかった。

 ラビ君はとてもショックを受けた表情をしていたが、逆に引けなくなってしまったのか珍しく声を荒げた。


「なんだよ! じゃあぼくも言わせてもらうけど、ヴィクトもカーナちゃんも、いつも同じ動きをしてるから魔物にあっさり動きを読まれるんだよ! もう少し考えて戦いなよ!」


 それは感情任せだが、今のわたし達にもっとも必要な『反省』を促す言葉だった。

 ここからは考えなしに戦っていては先へ進めないという、当たり前の警告だったのだ。

 だけど、突拍子もない発言を聞き入れられるほど、ヴィクト君達は冷静ではなかった。


「はぁっ!? ……お、お前に何がわかるんだよ!」

「か、考えてるよ、アタシだって!」

「前衛って言ったって周りをよく見てないから後ろのぼくらがしょっちゅう敵に狙われてるじゃないか! もっとうまく立ち回ってくれないとぼくだって魔法を使えないよ!」

「ラビ、お前……っ!」

「それに、アレッサちゃんもだよ!」

「え!?」


 まさかわたしにまで振ってくるとは思わず、たじろいでしまう。


「あんな簡単に上級魔法を使ったらすぐに魔力が無くなって依頼を達成するどころじゃない! 少しのダメージは覚悟してもらって、後でレベルの低い魔法で回復しても十分なんだから。先のことも考えて少しは抑えていかないと!」

「――っ!」


 それは恥ずかしさか、それとも別の何かか。ラビ君の指摘に、わたしは顔が熱くなるのを感じた。

 冷静に受け止めれば、彼は全体を見てくれていて、わたし達に注意をしてくれたのだ。

 それなのに、どうしてかわたしはラビ君の言葉を素直に聞き入れられない。


「お前ふざけんなよ!」


 どん、とヴィクト君がラビ君を突き飛ばした。

 喧嘩になったことは子どもの頃にも何度かあった。でもその時だって手を出したことは無かったのに。

 喧嘩なんて見たくない。なのに、わたしは2人を止める言葉が出てこなかった。


 地面に尻もちをつきながら信じられない表情でヴィクト君を見つめるラビ君。

 しばらく睨み合いが続き、やがて。


「……わかった。じゃあ今度はお前以外の奴と組んでみて、クエストをやってみる」


 残酷な、決別の言葉をヴィクト君は告げた。


「……え、そんな!」

「ちょっと、ヴィクト!?」

「ここまで言われて黙ってられるかよ。お前はオレらのやり方に不満があったみてえだしな。1度他の奴と組んでみてどうなるか試してみようぜ。2人もいいな?」

「……そ、そんな」


 にわかには頷けなかった。

 今までずっと4人でやってきたのに、どうして。

 なのに、どうしてか反対の言葉は出てこない。


「ごめんよヴィクト、言い過ぎた。もっと頑張るから。お願いだからそんなこと言わないでくれよ!」

「本音が出たって感じだろ。仲間だって思ってたのに、勘違いだったみたいだな」

「違うよ! カーナちゃん! 何か言ってくれよ!」

「ラビ、ごめん……ちょっと頭を冷やそうよ」

「……っ! あ、アレッサちゃん……!」


 縋るような目を向けてくるラビ君。


「…………その」


 だけど、わたしはその視線から逃げるように顔を背けてしまった。


「……! そんな……」


 今度こそ、がくりとラビ君は項垂れた。


「決まりだな。一旦町へ戻るぞ、お前ら」


 わたし達はラビ君を置いて帰路についた。


 難度か後ろを振り返ると、小さな背中をこちらに向けるラビ君の姿。


 この時のわたしは――

 いや、おそらく3人とも、誰かが振り向いて迎えにいくだろうと考えていたのかもしれない。

 でも、その言葉はいつまで経っても出てこなかった。


 みんな意地になっていた。


 4人でやっていこうって決めたのに。

 仲良しだったのに。

 どうしてわたしは、止められなかったのだろう。

 一緒に生きてきた幼なじみを置き去りにしてしまったのだろう。



 それが、4人で顔を合わせる最後の機会になるとも知らないで。

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