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カリーナよりも、その隣の女性に驚いて目を奪われた。
見間違えるはずがない、彼女はあの夜盗賊を壊滅させた剣士(もとい情報屋)だ。
リックは自分の間抜けさに呆れた。
(どこかで見たはずだよ。あれは王位復興後、世間に出回ったエレノア王女の肖像画じゃないか)
アーノルドの『知らないかい?』とはこの事だったのだ。
今夜は血塗れた服ではなく、ターコイズブルーのドレスを身にまとって、静かに佇んでいる。
この前の、夜の月のような人だった。
「ようこそいらっしゃった、エレノア王女、カリーナ王女」
歓迎の言葉を述べたのはアリドネの国王、アーノルドの義父である。
隣には微笑む王妃が控えていた。
国王は六十過ぎで、王妃はまだ三十代後半と二人はかなりの年の差に見えた。
「お久しぶりです国王陛下。突然の申し出申し訳ありませんでした。無理を聞いて下さってありがとうございました」
カリーナは自己主張強めな赤いドレスだった。
気の強さと赤毛が相まって、認めたくないが彼女によく似合っている。
「またお会い出来て光栄だ」
「アーノルド王子お久しぶりですわ」
アーノルドは張り付いた笑みを浮かべた。
「お元気そうで何よりです、カリーナ王女。あなたの為に急遽予定を変更して戻りました」
「まあ私の為なんて嬉しいわ!」
(嫌味だよバカ!)
リックは顔に出ないように頑張った。
これこそ使用人としての努め、真顔である。
「そちらがエレノア王女だな?」
国王はエレノアに対して視線を向けた。
「初めまして、陛下。ストラント第一王女エレノアにございます。どうぞお見知りおきを」
誰もがその丁寧な仕草に見とれた。
とてもここ一年の付け焼き刃とは思えない。
品格と礼節を感じる。
それは長年身体に染み込んだ動きとしか思えない。
(一体どんな生き方をしてきたんだろう)
彼女が王室に復帰する前の過去については秘匿されている。
何やら良からぬ噂も多々あるが、実際に信憑性のある情報は少ない。
何より彼女を見てそれを信じる者は、愚か者としか言えない。
思わず見入ってしまったが、給仕長がリックに合図した。
静かにその場を離れて乾杯の為のワインの用意に取り掛かる。
不意に、アーノルドのグラスに何か布を突っ込んだ男が見えた。
平然とその場を立ち去ったが、妙に胸騒ぎがした。
(今の動作、必要だったか?)
妙に今の使用人の男の動きが気になって、そのグラスを手に取った。
見た目は何の変哲もない。
しなしリックは、皆の視線が王子達に注がれていることを確認し、少し水を注いで口を付けずにサッと口に含んでみた。
するとビリビリと口の中が痺れる。
明らかに異物が仕込まれていた。
(しまった、毒かもしれない)
軽はずみだったと、即座にハンカチに染み込ませて吐き出した。
そして給仕長を見たが、あの男の動きを見逃した給仕長に、ほんの少しの疑念が生まれた。
(ダメだ、グルかもしれない。王子は挨拶中で、視線が合わない)
パーティーには双方の国の王族と、国の重鎮や位の高い貴族も招待されている。
彼らの目的はストラントではなく、どちらかというとアリドネの王族との交流が本来の目的なのだ。
ここぞとばかりに取り入っている。
誰に伝えるべきか迷っていると、青いドレスの彼女が音も無くリックの隣に立っていた。
「どうかしましたか」
青いドレスの彼女が音もなく隣に立っていた。
気配の無さと、突然のことに驚いて声が裏返った。
「あ、あなたは、エレノア王女・・・・・・様」
「顔色が悪いですね」
エレノアは、ふとリックの手のワイングラスに目をやる。
「それは?」
「・・・・・・毒のようなものが仕込まれていました」
彼女は軽く目を見張った。
そしてグラスに少し水滴が付いているのと、リックの口元が湿っていることに気付く。
「飲んだのですね。身体に不調はありませんか?」
「吐き出したので大丈夫です。しかし他にも仕込まれているかもしれません。このことを王子に伝えて頂けませんか?このままでは乾杯が始まります」
リックが敢えてアーノルドに伝えたい、というところで、エレノアは何かを察して、
「分かりました」
とだけ答えた。
エレノアの行動は早かった。
人混みに自然と交ざり、あっという間に渦中のアーノルドの元へやってきた。
「アーノルド王子」
「どうされました?エレノア様」
「失礼、ここにホコリが」
エレノアは左手で王子の肩を払う。
皆の視線がそちらを向いている隙に、右手でそっとアーノルドの胸ポケットにメモを入れた。
それはあらかじめそうすることを知っていたリックだけが分かった。
「気安く王子に触れるなんて」
そう言ったのはカリーナだ。
アーノルドとの歓談に水を差されたのが気に入らないらしい。
「ならあなたが先に気付いて、払って差し上げればよかったのです。お話中失礼しました」
エレノアは笑ってその場を離れた。
気配のある彼女の周りには多くの人が群がった。
リックは彼女がどうやって自分の元に来たのか不思議でならなかった。