表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/54

6

リックは台所で湯を沸かしながら、走り去ったエイミーを考えていた。


本当は、ああいう時はそっとしておくのが良いのかもしれない。


(と言っても、見て見ぬフリをするのもなぁ)


ポットに湯を入れると茶葉の匂いが広がった。


嫌がられたら素直に引き返そうと決めて、茶葉を蒸らした。


リックはいつもティータイムを過ごしているテラスに足を向けた。


ティーカップに入った飲み物の匂いに、エイミーは敏感に反応して振り返る。


「どうしたの?それ」


「ミルクティーぐらい簡単に作れるよ。前にカフェで働いたことがあるんだ」


トレイを置いて、ソーサーをエイミーに差し出す。


「少なくともお兄様には無理だわ。性格は器用なのに、手付きだけは赤ちゃんみたいに不器用なんだもの」


「いや兄に対して厳し過ぎだろ」


エイミーはカップに口を付けると目を見開いた。


「甘い!美味しい!」


実はエイミーの分だけ角砂糖三つくらい入れてある。


「エイミーかなり甘党だろ。多分この位がいいかなって」


日頃からエイミーの角砂糖の消費量は人の三倍はあった。


逆にアーノルドは紅茶は無糖派だ。


「私に姉が居たら、こんな感じかしら」


リックはうーん、と悩んだ。


(姉に例えられるのは複雑だ)


そもそもだ。


「居るだろ?『お姉様』」


「一応ね。お姉様と妹の三姉妹。でも私だけ他人だから」


それは三姉妹のエイミーだけが国王の妹の子供だからだ。


「でも家族なんだろ」


「違うわ。小さい頃から一緒に居るのに、私とお兄様だけ何か違うの。同じ空気を吸っていても、いつも違う世界に居るみたいだった」


「どうして。血が繋がっているのに」


それがエイミーの地雷だった。


ぽろぽろと涙をこぼし始めた。


リックは心底後悔した、今の発言は不適切だった。


エイミーは怒らず、淡々と言葉を吐き出した。


「だからよ。私と、特にお兄様は王位継承順位をあやふやにする。


お姉様はお兄様を(うと)ましそうにしていて、私には優しいけど、どこか壁があった。物心付いてから養子と知って、そこで納得したの。


私達は敵だったのねって」



けれどもエイミーはしゃくりあげながら、


「城はいつも、私をはみ出し者だって知らしめる。それが辛くて、お兄様に頼んで時々ここに連れて来て貰ってたの」


(それで遥々ここまでやって来たのか)


例の盗賊の件より昔から、アーノルドはここで過ごしていた。


もしかするとこの別邸の本来の目的はエイミーの為にあるのかもしれない。


「お願いリック、あなたも一緒に城に来て」


リックは驚いて、一瞬言葉が認識出来なかった。


「・・・・・・えぇ!?いや、俺は今ちょっと追われていて」


「リックはそう言うけど、本当はそんなことないってお兄様が言っていたわ」


「王子が?」


(どうしてそんなことを)


ストラントの内情をどうやって把握しているのか。


不意に脳裏に閃く月光の下の彼女。


(昨日の彼女は剣士、いや情報屋か?あれがストラントの人間だったとしたら、それはもはや情報漏洩の根源じゃ・・・・・・)


しかしまだ不確定事項だ。


それはひとまず置いておくとして。


「俺の一存じゃ決められない」


「私がお兄様に掛け合うわ。でも、無理強いはしたくないの。・・・・・・あなたは、城に付いて来てくれる?」


すがるようなその目に、リックは頷くことしか出来なかった。


「それで二人の力になれるなら」


アーノルドからはあっさりと許可は降りた。


リックは貴族なので身分も問題無い。


早速二日後の友好パーティーの為に、その日の内に別邸を出立することになった。



***



城に着くと、リックはまた着替えさせられた。


今度は貧民街の調査ではないので、それなりに身綺麗な格好を求められる。


つくづく与えられて生きているなと、自分の幸せな境遇を思い知る。


「そしてこれは身分証だ」


アーノルドの付き人見習いの身分証だった。


実質雇い主は国であり、付き人ということはアーノルドの身の回りの世話をする使用人ということになる。


元々働くつもりでいたので、リックは逆にホッとした。


「ありがとうございます」


「エイミーが迷惑をかけたな」


「いえ、自分で決めたことです。それに、エイミーを泣かせてしまって、申し訳ありません」


「エイミーは君に怒っていなかっただろう。なら私が怒る筋合いは無い」


それより、とアーノルドは眉根を寄せた。


「私の付き人となると、狙われることもあるだろう。私が居る時は大丈夫だが、基本的に自分の身は自分で守って貰うことになる」


「護身術は足の速さだけ自信があります。剣はちょっと自信無いです・・・・・・」


「勿論フィジカルの面でもだが、メンタル面の話だ。困難を切り抜けるには知恵と判断力が必要だ。もしも陥れられそうになったら、どう対処するか、それはリック次第になる」


なるほど、単に命を狙ってくる輩ばかりではない。


例えば公の場でリックに恥をかかせたり、策略に陥れることで、簡単に罪を被せることが出来るのだ。


アーノルドはそこまで言わなかったが、リックに何かあるということは遠回しにアーノルドの沽券にも傷が付くということになる。


それだけは避けねばならない。


「勿論、自分の責任は自分で取ります。もし俺がヘマをすれば、その時は俺が俺を切り捨てます」


「・・・・・・そうか。君はまだ若いのに、すでに大人のような定規(ものさし)を持っているんだな」


「そんなことありません。王子程じゃありません。と言っても王子もまだ二十歳ですけど」


「不思議なものでね、苦労をすると精神だけ老いてしまう。勿論、苦労さえしなければいつまでも子供のまま、ということもある。全員が全員そういうわけでもないがね」


子供っぽい、というところで一人ピンと来てしまった。


「その後者はカリーナ王女のことでは」


アーノルドは小さく笑った。


アーノルドはリックがどうして逃げて来たのか、すでに知っている。


ならばその前の段階の婿探しパーティーも知っているだろう。


そしてリックのカリーナに対するトゲトゲしい感情を理解したからこそ、笑ったのだ。


「そうだね、彼女も苦労をしていないわけではないが、少し親が甘やかし過ぎている。その点第一王女のエレノアは、良い意味でその甘過ぎる愛情に浸ることなく育った」


「エレノア王女って、去年王位復権されたんですよね」


十九年前に起こった大火事。


それによってエレノアは遺体すら焼け尽くされたとして、亡くなったことになっていた。


しかし一年前、弟君の第一王子ルークによって生存が確認された。


「そう。最初エレノアは名前すら与えられる間もなく、火事で亡くなったことになっていた。けれども密かに生き延びていたんだ」


含みのある言い回しに、首を傾げる。


「その言い方だと、誰かが火事を起こして、それを陰謀を見越して生きていたことを伏せていた人物が居る、ってことでは?」


「そう。でもこれは、安易に踏み込んでは、抜け出すことの出来ない沼のようなものだ。今の話は、その沼に飛び込む覚悟が出来てから調べるといい」


「調べる前提なんですね・・・・・・」


アーノルドはニヤリと笑った。


「いつかは知らなきゃならない日ってモノが、人生にはあるんだよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ