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「合わせて十人ですか。他のメンバーはどこに?」
「や、めちまって、どこに行ったか知らねぇよ・・・・・・」
彼女に尋ねられた盗賊団の男は、声も絶え絶えに話していた。
「確かに、ここに残って居るのはロクでなしばっかりです」
「ジゼル、お前、よくも裏切っ───ガハッ・・・・・・」
最後まで言わせる前に、とどめを刺したらしい。それ以降男の声は聞こえなかった。
「裏切ったのはお前達だ、面汚しめ」
途端に辺りが静かになった。
アーノルドはそっと門を開いた。
重厚な造りの門が、ここまで静かに開くのは意外だった。
いや、音はしたがリックには聞こえなかっただけかもしれない。
「ふー・・・・・・」
息を吐く彼女は、不思議なことに輝いていた。
いや、正しくは彼女の金髪があまりに綺麗なもので、月明かりと相まってそう錯覚したのだ。
地面には死体と血溜まりが広がっていて、返り血もベッタリと付いていた。
なのに身体を反らして、三日月の空を仰いでいる姿はあまりにも神々しくて、地獄に女神が居るかのようだった。
不意に彼女は口を開いた。
「そこに居るのは、アーノルド王子とどなたですか」
彼女は静かにリックに視線をやった。
(・・・・・・どこかで会ったか?)
胡散臭い話だが、リックはそんな気がした。
「部外者に見られましたか」
それは落胆の声だった。
アーノルドはリックから手を離して門を開けた。
「この子は勘が良いんだ、気付いても仕方が無い。でも信用出来る。どうか見逃してやってくれないか」
「あなたがそう言うのならば、私は逆らえません。・・・・・・ご迷惑をおかけしました」
「こちらこそ。本当は私が対処しなければならなかった」
「いえ。これは元々私のケジメですから」
リックには二人が何の話をしているのか分からなかったが、何かを共謀したのだけは分かった。
持っていた剣を腰に収めて、リックをじっと見つめた。
ややあって、
「この事はくれぐれも他言無用ですよ」
彼女は淡々と告げて、十人の死体をほうってどこかに消えてしまった。
「金を与えたのは、こうして誘き寄せる為ですか」
リックは実はこうなる気がしていた。
金を渡して素直に縁を切る悪党が居るだろうか。
「そうだ。全て彼女に頼まれてやった。彼らはそこらの盗賊よりも腕が立つが、彼女は彼らと知り合いで、彼らの弱点をよく知っていた。捕縛することより、殺す方が簡単だったんだよ」
「殺す必要があったと思いますか?」
それは責めているのではなく、単純な疑問だった。
「いいや、捕縛でも殺害でもどっちでもよかった。
ただ捕縛する為に払う犠牲よりも、彼女が捨て去りたい何かを潰してしまう方が、利益が大きかった。
私は彼女から見返りとしてかなり機密性の高い情報を手に入れている。そういう『取引』だった」
「取引、ですか」
「覚えておくといい。ただ物事を解決するのではなく、こういうふうに利用する手もあるということを」
「・・・・・・・・・・・・」
「納得いかないか?」
リックは首を横に振った。
「いいえ。王子は、本当によく物事を考えています。俺は王子であるあなたの判断に何か言えるほど、大きな人間ではありません。それに世の中、綺麗事だけで解決出来るとは思っていません」
それは大臣補佐官の息子に生まれてから、骨の髄まで染み付いた観念だった。
世の中には汚いことも沢山ある。
それをどう受け流すか、そう考えることも必要なのだと。
「・・・・・・ただ」
「ただ?」
「命に優劣を付けるのは、悲しいことだと思います。俺は、王子にその判断をさせたこの状況が、恨めしいです」
「そうか」
少しだけアーノルドの表情が和らいだ気がした。
リックは無力さを感じる。
妹と過ごす幸せの裏で、彼はこうして手を汚していた。
自分には口を出す権利すら感じられない。
一体彼はどれだけの苦労を背負っているのだろうか。
「戻ろうか」
「はい。でも彼女は一体誰なんですか?」
わざわざ警備を減らしたのは、目撃者を無くすためだ。
その甲斐も虚しく、リックは目撃者となってしまったのだが。
ふとアーノルドは目をぱちくりさせた。
「おや、彼女を知らないかい?」
「え?」
逆に問われて戸惑った。
確かに顔の覚えは良い方ではないが、彼女のことなら忘れないような気もした。
「いや、また機会があるかもしれない。その時知ればいいさ」
アーノルドはリックの手を引いて門をくぐった。
リックが血溜まりを見て立ち尽くしていたからだ。
哀れみ、かもしれない。
けれどもそれは、誰に対するものかは分からなかった。
金に目がくらんだ盗賊か、悲しい宿命を負うアーノルドか、もしくは───。
そしてその場所は、次の朝には綺麗に元通りになっていた。
***
例の事件が過ぎ、ようやくリックは心に落ち着きを取り戻した。
いつも通りリックは調査に奔走し、三人で過ごすことをすっかり日常に感じていた。
けれども意外なところで、アーノルドとエイミーの帰城が決まった。
「実は城に戻れと早馬が来た。君の母国ストラントから王女二人が来賓としてやって来たようだ」
「え?」
「毎年恒例の友好パーティーなんだが、当初私は出席しないことになっていた。
ところが第二王女のカリーナ王女が私に会いたいと申し出たらしい。
そもそもカリーナ王女は、今年はいらっしゃらないと聞いていたが、どうやら急遽来賓に加わったようだ」
リックは唖然とした。
(外交にすらそんな態度で臨むのか!)
外交関係の計画は予め綿密に立てられている。
それを突然変更するのは、双方の国に迷惑を被らせる。
人間性の問題だとは分かっていたが、王女としての分をわきまえることすら出来ないのか。
「カリーナ様はお兄様を慕っているのだから、今年来ないことが逆に不思議だったくらいだわ。でも、どうして予定が変わったのかしら」
エイミーの言葉にハッとした。
(王子を慕う?カリーナ王女が?)
リックは合点がいった。
カリーナは想い人であるアーノルドが居る為に、婿探しパーティーを終わらせたのだ。
しかしそれで国王が婿を探していることを知って焦りを感じ、慌てて今回の来賓に加わった。
そう考えれば全ての辻褄が合う。
(だったら最初からパーティーに出てくるなよ!第一王女みたく!)
くっ、とリックは怒りを抑えた。
最初から出来レースだったわけだ。
決してフラれたことになど怒っていない。
別に好きなタイプでもなかったし、性格も悪そうだった。
(でもちょっとくらい夢を見た自分が恥ずかしいっ)
リックは心の中で地団駄踏んだ。
ふと、アーノルドは溜息を吐いた。
「私がここで調査出来ない以上、エイミー、君も引き上げなければならない」
するとエイミーは息を詰まらせたかのような顔をして、妙な気配になった。
「・・・・・・っ・・・・・・」
「エイミー?」
心配そうにのぞき込むと、リックはギョッとした。
彼女の目には涙が浮かんでいたからだ。
そしてエイミーは走り去ってしまった。
「エイミー!」
アーノルドは小さく息を吐いた。
「すまない、リック。エイミーはいつも、ここを離れる時ああなるんだ。本当は私よりも、エイミーの方がここに居たいんだよ」
そして早馬から届いたその手紙を破り捨てたのだった。