番外編 エヴァン
「あなたが新しい人?その顔なら傭兵より騎士の方がいいんじゃないかな。給料はどっちがいいか分からいけど」
馬鹿にしているのではなく、それを心底親切だと思って言っているのがおかしくて、エヴァンは笑ってしまった。
これがジゼルとの初対面での会話だった。ジゼルはまだ十五歳だった。
「あいにく、騎士になるほど家柄は良くなくてね」
「・・・・・・ごめんなさい。悪気があって言ったわけじゃないんだ」
目を伏せがちに謝るジゼル。
まだぶっきらぼうな話し方をしていて、現在のエレノアとはまた違った。
「いいよ。お前がジゼルか?」
「そう。団長の隠し子とかじゃないから、無理に気を使わなくていいよ」
エヴァンは苦笑した。
「過去にそういう奴が居たわけか」
「馬鹿だよね」
ジゼルは肩をすくめた。
この時はまだエヴァンはジゼルの出自については知らなかった。
しかしジゼルがデレクの娘ではないとは分かっていた。彼は特別ジゼルに対して厳しく、時に分不相応な任務に回した。
まるで生きるか死ぬかは本人次第とばかりに、過酷な任務に就かせた。まるで殺してしまいそうな勢いで。
けれどもジゼルは黙って言われた通りに動き、ある日命からがら満身創痍で帰還した。それから無理な任務はパタリと止んだ。
それが公爵オーウェンの試練だったというのは後から知ることとなる。
そして問題のジゼルの存在が露見することとなる事件が起こる。例のルークがジゼルの存在を国王に知らせたことだ。その事件をきっかけにデレクは何者かに殺害された。
ジゼルはその時より部屋にこもりがちになり、やがて誰も受け付けなくなった。
そうしてエヴァンは何年かぶりに魔法を使い、城へと忍び込んだ。部屋を探し当て、毛布の上に横たわるジゼルを見やりながらイスに座った。
「何か言いたかったんじゃないのか、リーダーの最期に」
ジゼルは無気力な顔で振り返って、興味の無さそうなかおでエヴァンを眺めながら、また横になった。
まるで寝ぼけながら幽霊を見ているような反応だ。
「どうなんだよジゼル」
「・・・・・・。・・・・・・お父さんって、呼びたかった、かもしれない」
エヴァンは軽く目を見開き、「そうか」とだけ呟いた。
ジゼルは過去を悔やんでいる。過去とはどうやっても覆らない、悔やんでも自分で解決するしかない。
───人間の場合は、だ。
魔法を使えば過去に戻ることは理論上は可能だった。
(しかし過去に戻るには反動が見込まれる。何が起こるかは分からない。こればかりは俺にも協力のしようがない、か)
もしも過去に戻れば、その瞬間四肢がバラバラに弾け飛んでもおかしくはない。今までやってみたことがない魔法であり、融通が利きづらい。
「父親が恋しいなら国王を頼ればいい」
「あの方は優しい。でも優しいだけで、今の私を造ってくれたのはデレク団長だった」
「団長が父だったと?伝えられなかったのがなんだ。知っても知らなくても、デレクはあの場で死んだ」
ジゼルは身体を起こし、
「分かってる!でもどうしてあの時団長は死ななくちゃならなかったの!私がもっと注意をしていれば、いつも通りならあんな矢くらい跳ね除けたのに・・・・・・」
顔を手で覆った。確かにあの状況は平然としていられなくともおかしくはない。突然攫われたかと思えば、実の弟がそれを仕組み、そして王女であると露見させた。
今までジゼル自身が高貴な身であることを匂わせたことすら無かった。決して裕福ではない環境で、その場の環境に応じて生きてきた。
普通の少女ならそんなことは耐えられないだろう。なのにそれを一瞬にして崩された。
ここで慰めるべきか悩んだが、これから王女として生きていかなくてはならない彼女の為を思って、エヴァンはそれをしなかった。
「お前が泣くなんてらしくない。・・・・・・明日また来る。それまでに心に折り合いをつけておけ」
エヴァンは立ち上がって部屋を去った。
それがジゼルと話した『最後』の時間だった。ジゼルはその夜亡くなったのだ。
「号外号外ー!十八年振りに見つかった王女が亡くなったよー!」
エヴァンは耳を疑った。
人々は新聞を求めて記者の元へと駆け寄る。死んだと思われていた王女が、生きていたかと思えば死んだ。そんなことがあるものか。
記事によると、死因は自殺だという。育ててくれたデレク・シーガーの死によりショックを受け、気がふれて毒を飲んだ。
エヴァンは溢れ出た怒気が魔力に変わるのを感じた。
(ジゼルが自殺をするわけがない)
これは仕組まれたものだと直ぐにわかった。いくらジゼルの気が消耗していたとはいえ、自殺などするような人間ではない。
彼女は自分の不甲斐なさゆえに泣いたのだ。決断出来なかった自分の弱さを憎んでいたのだ。
それを自殺という無意味な方法で片付けるほど、彼女は中途半端なことはしない。ジゼルはいつも頭を限界まで働かせる人間だ。死は何も解決しないと分かっているはず。
とはいえ、この事件の原因はエヴァンにもある。
何故あの時側についてやらなかったのか。あのまま置いてくるべきではなかった。
エヴァンもまた判断を誤ったのだ。
(そうだ、俺は何を恐れた。どうせ不老不死の呪われた身じゃないか。あれほど望んだ死をやはり本能的に恐れたというのなら、俺もまた弱い動物だったということか)
エヴァンは新聞を燃やし、目を閉じた。
時を巻き戻す魔法は使ったことはないが、使い方は分かる。
それが魔法使いなのだ。
目を開けるとそこはジゼルの部屋の前だった。エヴァンの握っていた手には新聞の燃えかすは無く、ただ嫌に汗をかいていた。
(とりあえず時を戻しても生きてはいたか)
ホッとしたのも束の間、時刻が夜であることに気付いてハッとした。慌てて部屋に入ると、不気味な仮面を付けた男が二人、ジゼルの脈を確認していた。
二人はエヴァンの侵入に驚いて窓から逃げ去った。エヴァンはジゼルに気を取られそうになったが、振り切って二人の男を追うことにした。
(多分これは、ジゼルが死んだ直後の時刻だ)
予定ではジゼルが死ぬ前に戻るはずだった。
しかし何故かジゼルが死んで直ぐに戻った。それに何か意味はあるのだろうか?
あるとすれば───犯人の特定だ。
無意識に感じていたのかもしれない。一度ジゼルの死を防いでも、この先何度も助けられるわけではない。魔法で気配を消しながら二人を追いかけたので、二人は巻いたと油断して指示した者の所に戻ったようだった。
辿り着いた場所がどこだか理解してエヴァンは驚いた。それは大臣クラレンスの屋敷だった。
(大臣がジゼルを殺した・・・・・・?)
ふとエヴァンは声が出ないことに気が付いた。これが過去に戻った代償というのか。
しかし首謀者を突き止めたのなら話は早い。後はもう一度過去に戻り、ジゼルが殺される前に阻止して大臣の悪事を暴けばそれで解決する。そう思っていた。
───ジゼルは必ず死ぬ。
それはエヴァンが何度ジゼルの死を阻止しても訪れる確定された結末だった。
例えジゼルを部屋から出しても、人を配置しても、エヴァン自信が守ったとしても、必ずジゼルは何かしらの事件事故に巻き込まれた。
しかもそれは数日後に起こるものではなく、助けた何年か後に殺されることもあった。
(一体何がいけないんだ!)
段々と身体の中から様々なものが消えた。声、視力、聴力、触覚、手足いずれか。
それでも魔法を一度使う毎に、前に無くしたものが戻っていた。これは不老不死の効力か。それでもジゼルが死んではどうしようもなかった。
はたとあることに気がついた。
(もしかして、俺が戻るからジゼルは死んでしまうのか?)
今までジゼルの死を防ごうとしたのはエヴァン自身だ。しかしジゼルの死を防ぐなら、ジゼル自身が変化させなくてはならないのではないか。
エヴァンは疲れた顔で笑った。ようやく答えが見つかったのだ。
「俺なら時間を戻すことが出来る、と言ったらどうする?」
その時のジゼルの目は、まるでなんの冗談を言っているのかと、分かりやすく伝えていた。
「あなた、魔法使いだったの?」
「そうさ」
「・・・・・・見返りは?」
「差し出さなくていい」
それは本当に善意だった。
しかしジゼルは眉をひそめる。
魔法使いが代償も無しに願いを叶えるという言葉が信じられないのだろう。
その反応は喜ばしいものだった。
(ほらやっぱり、ジゼルは賢明だ)
一番最初にジゼルの自殺を疑った自分の直感は当たっていた。
エヴァンは笑ってジゼルの隣に座った。
「見返りは俺が勝手に貰う。お前はお前の好きにすればいい」
これはエヴァンの勝手な決定なのだから、それで構わなかった。
(見返りはお前が生きることだ)
心の中で付け加えた。
「・・・・・・で?戻りたいか、戻りたくないか、二つに一つだ」
ジゼルは泣きそうな顔をして、
「戻りたい」
そう呟いた。
結局のところジゼルにはトラウマを残すこととなってしまった。
普通なら最期の瞬間、育てた子供にあんな惨い言葉は遺さない。デレクの秘密を知ってこそ、その言葉は理解出来るが、当時のジゼルには辛かっただろう。
しかしエヴァンは必ずしも幸せな結果が訪れるとは思っていなかった為に、すでに自分の人生をジゼルの為に捧げる覚悟はあった。
最初に死んだあの日、道を誤ったのはエヴァンなのだ。もう二度と死なせない。
しかしジゼルはそんなに気弱な精神ではなかった。デレクが遺した言葉を振り切るように王女として生き始めた。
奇しくも、引きこもっていたジゼルに発破をかけたのはそのトラウマ自身だったのだ。
それからジゼルは引きこもるのを止め、王女として生き始めた。今まで通り神経を研ぎ澄ませ自力で大臣の魔の手から逃れ、やがて大臣は暗殺を諦めた。
その頃にはエヴァンは透明人間になってしまっていた。どうやら自分自身が過去に戻るより、他人を過去に戻した方が反動が大きいらしいと理解する。
そして透明人間になってからはジゼルを見守りつつ、大臣やその裏につく公爵について調べていた。
国の闇を大体把握したところで、肝心のジゼルにはどのようにして伝えようかと悩むばかりだ。
透明人間なので見えないのもあるが、声も届かない。エヴァンは打つ手無しということで、半ばヤケクソに様々な所を渡り歩いていた。
だからあの日も本当に偶然だった。ある学園の真ん中にある大樹が目に入り、ぼんやりと眺めていた。
すると本当にいつぶりか、誰かの視線を感じた。
それは新学期のテスト順位発表を待ち臨んでいたリックだった。
(───運命だ)
素直にそう感じた。今まで誰にも存在を認識されなかった。ジゼルにすらだ。
なのに何故あの少年リック・アシュベリーにはそれが出来たのか。
エヴァンは彼にこそ真実を伝え、彼こそが本当にジゼルの側に居るべきなのではと思った。
それからじわじわとエヴァンには力が戻りつつあった。これも不老不死の効果なのか。何かが不足しても時間と共に補われる。
しかしそれもリックとの出会いが皮切りになったと言える。
いつか自分はまた回復して普通の人間『らしく』なるだろう。でもやはり違うのだ。不老不死は呪いだ。誰と過ごしても必ず孤独をもたらす。
だから運命はエレノアにリックを寄越したのかもしれない。
***
エヴァンはリックの家の前で待ち構えていると、門番が直ぐに知らせてリックを連れて来てくれた。エヴァンの身支度を見て、すでに移動前の格好だと見抜く。
「もう、旅に出られるんですか」
「ああ」
役者も楽しかったが、自分の性分には合わなかった。
やはりどこかで傭兵でもしている方がいいのかもしれない。
ふとリックは躊躇いがちに口を開いた。
「エヴァンさんは、俺にエレノア様を譲ってくれましたよね」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺はそれを返すつもりはありません」
エヴァンはふっと笑う。
ようやく安心して行ける。
だけど最後に少しだけ意地悪を言ってやった。
「ライリーに近付く為にか?」
アーノルドとは違う、アリドネの正式な王子ライリー。
エレノアはアーノルドと遠縁なので、つまりはライリーとも縁者と言えた。
「いいえ。単に俺が、エレノア様のことが好きだからです」
「・・・・・・そうか」
そう率直に言ってくれなくてもいいと、自分で話題を振っておきながら辟易した。
「いつかライリー王子が王になった時、力になりたいと思っています。でも今は正直複雑です。
アーノルド王子はライリー王子を支えたいと思っていたのに、アーノルド王子を殺したのはライリー王子の母君です。
これを知るのはごく僅かの人間で、正式には史実に残らない。けれど俺は決してあの痛みと悲しみを忘れません。俺が覚えていないと、本当に無かったことになりそうだから」
エヴァンはリックの肩を叩く。
「お前はそれでいい。その優しさがエレノアを変えたんだ」
「もうジゼルとは呼ばないんですね」
指摘されてエヴァンは自嘲気味に笑う。
「いつまでも過去に囚われていられないからな。・・・・・・で、これから新王と謁見か」
リックは正装だった。
「はい。課題は山積みですから。特に貧困層の問題とか・・・・・・」
「流石ボランティアをしていただけあるな」
ギョッとする顔は少し見物だった。
「どこまで知っているんですか!」
「さぁな」
おかしくて思わずニヤニヤと笑ってしまう。
透明人間であるはずなのに、リックに見つからないようにコソコソとストーカー紛いの調査を行ったのは黙っておく。
ふとリックは珍しく弱音を吐いた。
「・・・・・・あの、世の中は綺麗事だけじゃどうにもならないこともあるって分かっています。でも今の俺は綺麗事ばかり並べているように思えて・・・・・・」
「綺麗事と志は違う。お前の言葉にはちゃんと意味がある」
リックはパッと顔を上げて、その瞳を少し見開いた。
エヴァンはリックを反転させて背中を押してやった。
「さあ行け、エレノアが待っているぞ」
「え、あ、エレノア様に会われないんですか?」
「ああ。お前からよろしく伝えてくれ」
もうエレノアに会う必要はない。
会わない方がいい。
(お前達はお前達の道を歩いていくんだ・・・・・・)
エヴァンはそう笑って、その場から消えようとした───その時、誰かに後ろから腕を掴まれた。
「エヴァン!」
それはエレノアだった。
「どうして・・・・・・」
「私の情報網を舐めないことね」
「流石」
エレノアはゼェゼェと息を切らしている。
エヴァンが役者を辞めたと聞いて慌てて馬をかっぱらって来たのだろう。
乗り捨てられた馬が後ろで、何にも繋がれずに放り出されて困っていた。
「・・・・・・ありがとう、いつも側に居てくれて」
顔を上げたエレノアには笑みが灯されている。
「あなたが私をジゼルと呼んで、近くに居てくれたから私は孤独じゃなかった」
その言葉を聞いた途端、どうにも目頭が熱くなって、水滴が頬を伝った。
涙を流したのはエヴァンだった。
「俺も歳かな」
「そうかもね」
「・・・・・・もう俺が居なくても大丈夫だな?」
エレノアは笑みを深くした。
「うん、リックが居るから大丈夫」
後ろのリックの表情は手に取るように想像出来た。
「でもねエヴァン、私を『救って』くれてありがとう」
耐えきれずにエヴァンは上を向いた。
知っているはずがない。
覚えているはずがない。
エレノアは公爵の屋敷での話をしている。
それでも、今まで幾度となくエレノアの死を防いできたことが報われた気がした。
ようやくエヴァンはエレノアを救えたのだ。
エヴァンはエレノアを真っ直ぐ見据えて、
「どういたしまして」
めいっぱいに微笑んだ。
本当に全て書ききることが出来ました。
読んで下さりありがとうございました。




