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朦朧とした意識の中で、ローソクの火が揺らめいたのを感じた。
頭が痛い、耳鳴りがする、腕が固定されている、足の傷が痛む。
自分は縄で拘束されて椅子に座らされているのだと気が付くのに少し時間がかかった。
完全に意識が覚醒し、目の前で立つオーウェンに尋ねる。
「・・・・・・ここは?」
「拷問部屋だ」
驚きはしなかった。
わざわざ椅子に座らせていたのはその為だったのだ。
「酷いのね。いつもそんなことを?」
「情報ほど金になるものは無いからな」
「本当に利益を得ているのは爆薬の密輸でしょう。それも少量で大規模な爆発の起こる特殊なもの」
エレノアの言葉にオーウェンは軽く目を見張った。
「見たのか」
「まだ見てないわよ。でも貴方が輸出した武器が押収された事件を調べたら、八割は爆破による殺傷事件だった。そんな偶然があるかしら」
オーウェンは子気味良さそうに小さく笑った。
「お見事だ。流石はデレクの育てた子。デレクは足場が揺らいでいた為に自らの能力を発揮出来ずにいた。しかし本来は戦闘能力に長け、頭のキレる男だった。・・・・・・なのに女にだけは弱かった。それだけは残念だ」
キッとオーウェンを睨む。
「黙れ、団長を悪く言うな」
「事実だ。あのメアリという女も哀れだ。子供さえ作らなければ、死ぬことも無かっただろうに」
公爵は灯りをテーブルに置いて、棚から薬品のようなものを取り出した。
「今からお前にはいくつか答えてもらう。あのクラレンスの事件で、かなりの人間が匿名でお前に協力しただろう。お陰でこちらはかなりの手間を食った」
「不穏分子として排除するつもりね。素直に答えればその手元の怪しい薬品を捨ててくれるの?」
「それは無理な相談だ。誰かを意図的に言わない可能性もあるからな」
間違いなく薬品は自白剤だ。
今のエレノアは無抵抗。
きっとエレノアの味方になってくれた数少ない貴族達や、エレノアの手に入れた情報全てを引き出されるに違いない。
せっかく守り抜いて来たものが、こんなにも脆く崩れてしまうというのは現実味が無かった。
しかし現実だ。
笑うしかないのだろうが、全く笑えなかった。
今回は他人が関わっている。
ルーク、リック、ジュード、アンナ・・・・・・。
無念以外何者でもない。
「一体今まで何人がここで血を流し、涙を流したのかしら」
「まだ特別待遇だ。王女だからな。安心しろ、三日もすれば元に戻る」
そしてオーウェンは注射器に薬品を吸引させ、少し薬品を放出させる。
ここまできたら次はエレノアの皮膚に差し込むだけだった。
注射器が肌に触れた時、エレノアは舌を噛む準備をした。
───しかし。
部屋の外がざわめいた。
オーウェンも耳聡くそれを察知し、見張りに尋ねる。
「どうした」
「侵入者です!二人入り込まれました。すぐに捕らえます」
次に聞こえてきたのは爆発音だった。
これにはオーウェンも苦虫を潰した顔をする。
「火薬の隠し場所を掴まれたか」
爆発音は徐々に近付いてきた。
火薬を手投げ弾として形成してあったのかもしれない。
それをまんまと侵入者に利用されてしまったというわけだ。
不意にオーウェンの目付きが鋭くなった。
「来る」
「え」
オーウェンは剣を抜いて『見えない何か』と剣戟を始めた。
透明のそれは認知されないというアドバンテージを駆使するも、オーウェンも神経を研ぎ澄ましてそれに抗っているのが目に見えてわかる。
見えるのは剣だけ。
しかしエレノアにだけ、その見えない何者かが見えていた。
(エヴァン・・・・・・!)
エヴァンは剣を握っていた。
彼が戦うのを見たのは久しぶりだった。
壁すら通り抜けていたというのに、物体に触れることが出来るようになったのだろうか。
そして侵入者を知らせてから突然剣戟を繰り出す公爵を見ていたヤナだけは、その状況が理解出来ないようだった。
無理も無い。
目の前には剣が宙を浮き、手元の剣士の気配だけ感じ取ってオーウェンは戦っている。
それは尋常ではない荒業だった。
「公爵、あなたは一体何を・・・・・・」
「お前も気を抜くな!」
ヤナはハッとして扉の前まで到達した侵入者に目を向けた。
褐色の肌に長身で、身のこなしが軽く他の見張りを尽く潰してしまっていた。
一瞬の隙も逃さまいと男はヤナに切り込んだが、ヤナはそれを交わして腰から剣を抜いた。
ちらりとエレノアを見やって不敵に笑う。
「ご機嫌麗しゅう、エレノア王女。ルーク王子の代理で来ました」
その言葉でヤナは男の正体を把握した。
「イーサン・ピンターか」
「おや、アンタどっかで見たな。確か弓の専門じゃなかったか?」
「弓だけであの方の側近になれると思うな」
ヤナは素早く剣を抜いてイーサンに切りかかる。
その時ヤナは目の前の標的に意識を置きすぎて、侵入者が二人だということを忘れていたのかもしれない。
エレノアは頭痛がする中、背後に回された手元で誰か作業するのが分かった。
恐る恐る、他には聞こえないような呟きで尋ねた。
「リック・・・・・・?」
腕の縄が解けて、彼はエレノアの腕を肩に回して支えるように立ち上がった。
「すみませんね、こんなしょぼい登場で。どうかお許し下さいエレノア様」
「まさか」とエレノアは小さく笑った。
ここまで助けに来てくれた彼が、しょぼい登場であるはずがない。
きっと大きな覚悟と決断で来てくれたことは、横顔を見れば一目瞭然だった。
思ったよりもリックは背が高く、人とはこんなにも暖かいのだと初めて知った。
リックはエレノアを部屋の隅に運んで、怪我の確認をしていた。
「怪我は無い?」
そう言ったのはエレノアだった。
リックは少しムッとした。
「あなたが言ってどうするんですか。こんなに傷だらけになって。顔に残ったらどうするつもりですか」
「私は好きでやってるからいいのよ。でもあなたはご両親が心配するだろうから」
「好きにしていいと言ったのは母ですから心配ご無用です。それにあなたのことを心配する人は大勢居ます。俺やルーク王子、それに国王陛下も」
ふと父ダライアスの顔が脳裏に浮かんだ。
いつも分け隔てなく愛情を注いでくれたこの国の王。
「お父様・・・・・・」
何も意識せず、自然と父と感じることが出来たのは初めてかもしれない。
「ありがとうリック。・・・・・・どうしてここが分かったの?」
エレノアが問いかけると、リックは微笑して、オーウェンが対峙する『彼』に視線をやった。
「エヴァンさんに教えて貰いました」
いまだ激しい剣戟が続いていた。
エヴァンの額にはいくつも玉粒の汗をかいていた。
エレノアは何かを言おうとして、やはりやめた。
集中力を削いではいけないと感じたからだ。
そしてとうとうエヴァンはオーウェンの手から剣を弾き飛ばした。
しかしそこにヤナが乱入し、エヴァンに向かって剣を無理矢理投げて距離を取らせる。
そしてオーウェンに代わってエヴァンの前に立ちはだかった。
ヤナの相手をしていたイーサンがその後を追いかけようとしたが、新手が入り込んで来てそっちで手一杯らしかった。




