43 デレクの手記、秘密
**
これは私デレク・シーガーの罪の告白である。
私は主であるオーウェン様を裏切った。あの方への恩義を捨て、自分の欲へと走ったその経緯を語る。
私は養子である為に身元を怪しまれ、迫害され、騎士としても半端者だった。それをオーウェン様が拾い上げ、直轄の部隊へと編入して下さった。
部隊での任務はこの国の裏側そのものを表しており、時に残酷で非道なものもあった。自分のしていることは正しいのか誤っているのか分からない。
けれども自分の存在に疑問を感じていた私は、ようやく居場所を見つけられた気がしてた。今でも居場所を与えてくれたオーウェン様に本当に感謝をしている。
ある日の夜会で、私は子爵の娘のメアリと知り合った。最初は彼女の生き様が眩しくて尻込みした。彼女も陰鬱な私を苦手そうにしていた。
けれどもお互い嘘のつけない人間と知って、一緒に居ると安らぎを感じるようになり、誰にも内緒で交際するようになった。
しかしそれが裏目に出た。メアリは側室の第二王妃に内定した。未練はあった。しかし私は貴族とはいえ、国王に適うはずもなく互いに別れを決めた。
それから半年、風の噂で懐妊して四ヶ月と聞いた。ようやく彼女のことを意識しないようになってきたというのに、突然オーウェン様に彼女の護衛騎士になることを命じられた。
しかし真の目的は身ごもったメアリの子供の暗殺だった。妊娠中に殺せば誰かが怪しまれる。オーウェン様はダライアス陛下に違法行為を黙認されているとはいえ、メアリのことにおいてはそれが通じないと分かっていた。
しかしオーウェン様は大臣クラレンス・スレーターを通してオリヴィア妃を支持していた。けれども彼女の欠点は子供ができないことだった。
だからメアリの子供が生まれてすぐに事故に見せかけて暗殺する計画を言い渡される。私は寡黙に任務に徹しているつもりだった。
しかし彼女には嘘が通じなかった。どこかで計画に気付いており、いつも不安に怯えていた。
そうして生まれたのが女子だと知って一瞬は安堵したものの、やはり王位継承権一位であることに変わりはなく、暗殺されることを悟っていた。
そして私はその日王宮に火をつけた。王女を確実に殺す為にメアリの部屋に向かうと、彼女は瓦礫に挟まれ、瀕死の状態で這い出てきた。
ただでさえ産後間も無く、動くことの出来なかった彼女は赤ん坊を守るようにうずくまっていた。血に濡れたメアリは私に懇願した。
どうかこの赤ん坊を守って欲しいと、この子の命だけは助けて欲しいと。
どうしても断れなかった。何故なら生まれるまでの月日を彼女と過ごし、彼女がいかにお腹の赤ん坊を慈しんでいたかしっていたからだ。
そして自分の愛したメアリの為に、自分を救ってくれたオーウェン様を裏切って、この赤ん坊と影のように暮らすことを決めた。私はその場で事切れたメアリを置いて逃げ、赤ん坊にジゼルと名付けた。
しかし影で暮らしたことで、逆にこの国の影であるオーウェン様に気付かれることになる。ジゼルが五歳の時だ。
しかしその頃にはオリヴィア妃にルーク王子が生まれていた為、辛うじて命だけは助けられ、二人で生きていくことを許された。
その十二年後、事態は急変する。ルーク王子がダライアス陛下の実子ではないと知られていたという。いつ立場が揺らぐかもしれないと、オーウェン様はジゼルを殺すように命じられる。
私はオーウェン様と取引をした。オーウェン様の配下の元にジゼルを向かわせて、生き残ったならば生きることを許して欲しいと。
任務と言って私はジゼルを死地へと送り出した。そしてジゼルは命からがら舞い戻ってきた。もはやこの子は私やオーウェン様よりも遥かに凌ぐ実力を持つことが証明された。
約束通りにジゼルの命は保証された。しかし、もしもジゼルの存在が王室に露呈したならば私は抹殺されるだろう。
何故なら本当に過去を知るのは私とオーウェン様だけであり、無事と知ったジゼルを狙うことは自殺行為であるからだ。
けれども私は殺されても構わないと思っている。
私の心は強くない。時折国王と結ばれたメアリの子供ジゼルを憎くもあり、自分の胸を抉られるような気持ちになる。
同時に自分を慕ってくれるジゼルをこの上なく愛しく思い、本当に我が子のように思う。
───それだけは許されない。私はジゼルの母親を殺したも同然、普通なら裕福で幸せに育っているところを傭兵へと育て上げた。
ジゼルの人生を捻り潰したのだ。だから捏造した過去を教え、あえて私から離れるように仕向けた。
ジゼル、決して私を許してはならない。父と呼んではならない。理性的であってくれ。嘘に塗れ、お前に血塗られた人生を遅らせ、臆病で罪深い私を、どうか許さないでくれ。
この手記を読んだ者はジゼルではないことを願う。もしもジゼルであったなら、それは私の微かな希望を叶えてしまったことになる。
そしてこの手記を読んだ頃には私は死んでいるのだろう。
誰か、私の代わりに見てきて欲しい。本当は愛し慈しんだ『娘』が、今は幸せに生きているかどうかを。それだけが心残りで仕方がない。
**
エレノアは───ジゼルは涙が止まらなかった。
ずっとずっとデレクの最期の言葉が胸に突き刺さって埋まっていた。
『・・・・・・その名前でだけは・・・・・・呼ばないで欲しかった・・・・・・』
それをようやく抜き出すことができた。
母メアリに裏切られたデレクに、なんて酷いことを言ってしまったのかと、本当は悔やんでいた。
けれども悔やんでいることを認めてしまえばまた自分が壊れそうになった。
だからずっと忘れて前を向いている、フリをしていた。
けれどもあの言葉の本当の意味は違い、デレク自身がジゼルに罪悪感を持っていたのだ。
ジゼルの人生を歪めた自分は父などではないと。
「デレク団長っ・・・・・・」
リックは泣きじゃくるジゼルの背中を、ただ静かにさすっていた。
「デレク団長、どうしてなんですか。どうして私も一緒に連れて行ってくれなかったんですか。
私はあなたにどれだけ酷いことを言われ、無理難題を押し付けられても、それでもあなたが大好きだったんですよ・・・・・・。
嘘に苦しみながら一人で死んじゃうだなんて、あまりにも寂しいじゃないですか・・・・・・」
花を育て続けた家来はデレクの投影だったのだ。
けれどもデレクは悲しみよりも、きっとリックの言ったように優しさに包まれていたのだ。
大好きだったデレクがどうか、どうか天国で安からに過ごせますように。
ジゼルはその日、一晩中声を押し殺して泣いていた。
四年間固まっていた何かが堰を切ったように溢れ出てきて止まらなかった。
エレノアの誤った過去認識は投稿済の「名の無い王女」にあります。




