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リックの聞き分けの良さにエイミーは驚いた。
「そこは、えー気になるー!って言って追求しないと。命がどうなるかは分からないけど」
「どうしてそんな自殺行為をしなきゃならないんだ!というか今サラッと命の危険をほのめかしたよな?」
「ほら、リックはこんなに保身優先なんだから、きっと悪いことはしてないわ」
「なんか言い方に微妙にトゲがあるのが気になるんだけど」
エイミーは時々腹の黒さが見え隠れするが、冗談の範疇なので、リックはこの会話のテンポを気に入っている。
「変な所でも素直だよね。普通逃げてたら自分の素性なんか明かさないよ。まして大臣補佐官の息子なんて、身代金のいいカモだよ」
(王子がカモなんて言葉知っているのか)
変な所で感心してしまった。
アーノルドは妙に俗っぽい。
こうして城から離れた所ですごすことが多いからだろうか。
「あれは王子が俺を捕縛しに来たと思ったので、ほぼ諦めで白状したんです。そういえば、救ってもらったことは本当に感謝してもしきれないんですけど、流石にあの額は返さないとなって思ってて」
「君を救ったのは偶然の産物だから、気にしなくていいんだよ」
「これはケジメの問題です。今日にでも職探しに行こうと思うんですけど」
「じゃあ、お兄様の仕事を手伝ったら?」
エイミーは名案とばかりにポンと手を叩いた。
「今お金も仕事も住む所も無いんでしょう?お兄様に仕事をあっせんしてもらうなら、労働環境はバッチリよ!」
「王子の従者ってこと?」
「いや、むしろ同僚かな?」
アーノルドの言葉にリックは腰を抜かしかけた。
王子と同僚。
天地がひっくり返りそうな言い回しだ。
「めちゃくちゃ危なそうな仕事に聞こえますが!?」
アーノルドはくくっと笑った。
「そんなことないよ。ここは知っての通り首都からは離れていてね、生活の格差が激しいんだ。だから収入の統計、何に困っているのか何が必要なのか、私はその調査しているんだ」
「でもプライバシーに関わることだから、みんななかなか教えてくれなくて、人数があればいいわけでもないの」
「なるほど。現地調査員」
平民の生活を気にかけるとは、まさに王室の鏡だと思った。
(貴族の気持ちすら気にかけないワガママ第二王女とは別次元だ)
リックはまだ婿探しパーティーのことを根に持っていた。
「衣食住と給料は保証するよ。給料は首都での最低賃金程度だけどね。身バレしないよう適当に設定を考えて、休みは七日に二回。どうかな?」
「地方の最低賃金じゃないとこが素敵です、というか条件が最高過ぎます!週休二日ですか!」
「そうだよ」
「やりますっ!」
「君は貴族なのに妙に世間慣れしているね」
あなたほどではない、とツッコミそうになった。
「実は少しバイト経験があって、世の中の厳しさは少なからず知っているつもりです」
ストラントで学園生活を送っていた頃、貧乏貴族の友人に人手不足だからと駆り出されたことがあった。
ぶっちゃけキツかった。
向こうはこっちが貴族とは知らず(というか、そう思うはずもない)こき使われた。
「それはいい経験だね。バイトをすれば、何故存在しているかも分からないぐらい不思議な人間や、自分にはどうにもならない世の中の理不尽さがよく分かるだろう。そしてその対価の低さに、さぞゾッとしたことだろう」
「言葉が的確すぎて怖いです」
ともかく、とアーノルドは笑う。
「世の中の労働環境を良くしたいんだ。その為には自分から率先して行わないといけないからね」
***
それからリックは数日間、国の労働環境調査員と名乗って貧民街を回った。
例のバイト経験から、営業スマイルはバッチリだった。
そしてこれは天性のものだが、リックの笑顔は不自然さが無い。
彼らは愚痴も兼ねてよく話してくれた。
「いつもギリギリの給料だよ。貯金なんて出来たもんじゃない」
「手渡す前に上司が俺の分を少し抜き取るんだ。でも誰も文句は言えない。上司だからな」
「子供の面倒を見てくれる人がいないの。でもお金も無いから、働くしかないの」
「仕事に育児に介護なんて無理だから、家庭から逃げてきたの。義理の親はともかく、子供のことだけは後悔してるわ・・・・・・」
ナマナマしい話のオンパレードだ。
リックの仕事は、それらの話をまとめてレポートにすることも含まれる。
性別、年齢層、所得別、様々な面から報告書をまとめる。
次いで自分の考えや、他の地方の事例を織り交ぜた。
それを手に取ったアーノルドは感嘆した。
「予想以上の出来だ」
リックは照れ笑いを浮かべた。
昨夜徹夜した甲斐があった。
「ありがとうございます!学園ではレポートだけは褒めてもらいました」
「その様子だと、学生生活よりもこっちの方が性に合うか」
「そうですね。百聞は一見にしかず、と言うように、実際に目で見てこそ学ぶべきことは多いと思っています」
「確かに。今の世の中を知るには目で確かめる方がいい。しかし、もしも人生に迷うことがあれば、歴史を学べ。歴史は人生の教科書だ」
アーノルドの言葉に、リックは「うぅっ」と唸った。
「正直、勉強は苦手です。学べと言われて学ぶ、というような器用なことは出来ません」
「まあ私も偉そうに言えたものではない。私も必要に迫られて学んだだけだ。報告ありがとう。この後エイミーがお茶をしたいと言っていた。テラスで待っていてくれ」
「はい!」
そしてリックとエイミー、アーノルドは三人はテーブルを囲んでティータイムを楽しんだ。
甘いスコーンと、クロテッドクリーム。
甘く痺れる口に紅茶を含むと、心がホッとした。
「どうかしら?これ私が焼いたのよ」
「アーモンドが入ってて美味しいよ」
「よかった!ちなみに焼き加減が一番良いのはこっちよ。食べてみて」
エイミーは笑って次のスコーンを勧めた。
今度はホワイトチョコレートが練り込まれており、イチゴのジャムを付けると甘みと酸味が程よく口の中で混ざり合った。
調査とはいえ、寂れた街に足を踏み入れ、人々の切々とした話を聞き、その空気を感じて匂いを嗅いだら、今この時間がいかに恵まれているかが分かる。
だからこそ、ストラントに居ては絶対に知ることの無い感覚だっただろう。
誰もがその恵まれた環境に甘んじて、自分のあずかり知らぬ所を改善しようなどとは考えまい。
確かにそれは王子の勤めではあるが、アーノルドは本当に王室らしい人間だとリックは思う。
ただその方法が少し型破りで、周りを寄せ付けないのが問題なのだ。
(この調査だってそうだ、実際に自分の足で訪れる必要があるのか?本当に効率的にするなら、俺みたいな調査する人間を雇って、城で待てばいい)
勿論現地に居るからこそ、対応もスピーディであるのだが。
犯罪まがいの被害は即日手を打つ。
法律ではどうにも出来ないことは、若干法外な手も使うと聞いた。
リックはアーノルドをジッと眺めた。
アーノルドはむやみやたらに行動しているようには感じられない。
彼はいつも何か思案しながら動いている。