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港は静かだった。
潮騒も風の音もしないし、活気も無い。
そしてそこは山に囲まれ、崖に守られたような場所に位置し、近くには村や民家は存在しない。
しかしそこは普通の業者が使う場所ではなく、厳密に言えば港でもない。
ようやくその場所が使われるのは日中では無く深夜。
冷え込んだ空気が喉に突き刺さるようで息苦しかった。
しかしどこまでも人目につかないように配慮された港は、日が暮れると船が集まり、段々と人の声が聞こえ始めた。
そしてその声はとても密やかで傲慢なものであった。
そこは非合法に造られた港であり、ある男が取り仕切っている密輸入の場だった。
それを山の斜面の森の中で、動向を見守るある男が居た。
肌は日に焼けて褐色で夜は目立たず、背は高いが息を潜めて木の影に隠れれば誰も気が付かなかった。
(うわー、どう見ても尋常じゃない武器の数。外国の貨幣で足がつかないように金塊でやり取りしてるのか。・・・・・・あそこまで積み上げると、もはやありがたみもクソもないな)
イーサンは面白がるように観察していると、すぐに辺りは緊張感が張り詰めた。
その先を見やるとやはりあの要注意人物は部下を率いて現れる。
その人物は足取りを掴ませまいとあの手この手で追っ手をまいていた。
イーサンもまかれた追っ手の例外ではないが、それでも入り組んだ地形を調べ、人気が無さそうで最近使われた痕跡のある道を探し、山登りの末にこの船着場を特定した。
それにしてもあまりの念の入れように流石のイーサンも舌を巻いた。
(あの普段は堅実で真面目そうな顔が、ここで見たらド悪党にしか見えねぇな)
その人物は公爵オーウェン・スタンフォード。
表向きは国王の弟として外交にも深く携わっており、公爵としての威厳を持ち、誇り高い人間と有名だ。
しかし裏では国内の武器製造産業を牛耳り、国王の弟という地位を利用して騎士団へほぼ独占的に武器を卸している。
(さて、場所は分かったが、それにしてもここまで他国が食いつくのは怪しい)
剣や弓、大砲を準備出来るのはいいが、それだけでここまで大規模な取引にはなるまいと、イーサンは目を凝らす。
しかしここであるトラブルが発生した。
何人もの人間が同時に山へと足を踏み入れて来たのだ。
それも死角の無いように綺麗な人海戦術だった。
イーサンは早めにそのことに気が付いたので、山を駆け上がって森を抜けることが出来たが、もう少し踏み込んで調べてみたかったことがあるので成果はまずまずだった。
「とりあえず主に報告か・・・・・・」
いつも無表情だが最近は特にご機嫌ななめなご主人。
ななめどころか真横に曲がるくらい機嫌は酷い。
しかしイーサンはルークと五年ほどの付き合いだが、性格は合わないことも無かった。
ルークは理不尽なことを言うでもなく、無謀な行動も道楽も好まない。
ただルークのその性質をねじ曲げる唯一の存在が義姉のエレノアだった。
イーサンは小さく笑った。
歳が二十ほど離れている主は中々興味をそそり、人生に新しい刺激をくれる。
今回の任務もそうだ、普通ではたどり着けないこの世の中奈落のような世界。
だからイーサンは命を惜しむことなくルークに忠実だった。
***
「余計な詮索はするな」
それがストラント国王ダライアスの結論だった。その言葉にルークは反発する。
ルークはイーサンにオーウェンを調べさせている間に一時帰国していた。
「何故です、叔父上は明らかに違法な輸出を行っています。それは他国にて押収された証拠品が全て物語っています」
その本拠地はまだ報告にあがってきてはいないが、すでに使われたものが証拠品として揃えられていた。最近隣国のアリドネだけでなく、他の国でも犯罪に使われるのはストラント産武器だった。
その数は尋常ではなく、オーウェンが横流ししているのは明白だった。
しかしダライアスは頑なに認めない。
「偶然だろう。オーウェンは手続きの末に、他国に武器を輸出する権利を得ている。何ら問題は無い。その中で残念ながら犯罪に使われることも、無いとは言いきれない」
「しらばっくれるのですか。それは相手が弟であり、王族が犯罪に手を染めていると世間に露呈したら体裁が保たれないからですか」
人払いをしているとはいえ、その言葉は聞き捨てならないのだろう。
ダライアスは眉間のシワを深くした。
「ルーク、口を慎め。お前がオーウェンの邪魔をしたいのはエレノアの件があるからだろう」
「・・・・・・なんですって?」
ダライアスの言葉は本当に的を得ていて、一瞬言葉に悩んだ。
「確かにエレノアには可哀想なことをした。あの子は正しい。政治に興味を持ち、世を憂いて行動することは美徳であり王族の義務だ。しかしエレノアはまだその加減というものを知らなかった」
ルークは拳を震わせるほど強く握りしめた。
「これ以上議会と世間をかき回さない内に、厄介払いしようとする魂胆が見え見えなんですよ。それでもあなたはエレノア姉上に無理矢理嫁がせようとなさるのか!」
「ルーク、エレノアの歳ではとうに適齢期だ。前々から自由に結婚相手を探させる為に、婿探しパーティーを開いてたりもした。
しかし選ぶのが遅かったのだ。時は満ちてしまった。それに政略結婚とはいえ、相手はアシュベリー大臣の息子で、エレノアとも懇意にしていると聞く。彼ならエレノアも文句は言わまい」
「相手は父上が昔、未遂とはいえ夜伽に呼んだ人物ですよ」
ルークの一言にダライアスは目尻を吊り上げ、烈火の如く激怒した。
「誰の為と思っている!お前が私の実の息子ではないとこなど、生まれる前から知っていた!」
「っ!」
ルークは目を見開き、言葉を失った。
何故その事をダライアスは知っているのか。
知っているはずなどない、知っていてルークがこの場に存在するはずがない。
けれどもダライアスは、生まれる前から知っていると言った。
ルークが言葉を見つけられずにいると、
「それでも息子として育て、後継者として据え置いてはいる。いいか、これ以上余計な真似をするな。あまりに出過ぎたことをすれば、その時はお前の番だぞ、ルーク」
いつも通りの声音。
しかしその底知れぬ恐ろしさは、ルークの知らないものだった。




