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エレノアもそれを理解しているように頷いた。
「ライリー王子の力になることは、アーノルド王子の遺志でしたね。それを継ごうとするのはとても良いことだと思います。
そうですね、あなたには大切な夢がある。それを邪魔することは出来ませんね」
まるで言い聞かせるような語り口だった。
リックは一抹の不安を感じる。
「本当に、他に手はあるんですよね?」
「勿論です。あなたはあなたの成すべき事をして下さい。その為に私はあなたの後見人になったのですから」
その言葉は逆にリックの胸を締め付けた。
果たして自分は彼女に一体どれだけ世話になったのだろうか。
リックは唇を噛んだ。
「エレノア様には、本当に言葉では言い表せないほどお世話になりました。なのに今、その恩に報いることが出来ず、本当に、本当に・・・・・・申し訳ありません」
エレノアは立ち上がってリックの肩に手を置いて、微笑んだ。
***
ノックも無しに部屋に入って来た息子を見て、ジュードはまるでそれを予期していたというように待っていた。
「どうしてエレノア様に脅すようなマネをした」
「方法のひとつとして提案したまでだ」
「嘘だ、父さんはワザとそういう言い回しをしたんだ。確かに提案かもしれない、でも父さんには心ってものが無いのか」
ふとジュードは怪訝そうな顔をした。
次いで驚いたように目を見開いた。
「まさか、断ったのか?」
リックは当然承諾すると思い込んでいたジュードに押し殺していた怒りが湧き上がってきた。
「当たり前だ!」
「何故だ。あの方にどれだけ世話になったのに、どうしてそれに欺くようなことをした」
「アンタがそれを言うのか!」
ジュードにアンタ呼ばわりしたのは人生で初めてだった。
リックは何が起こってもいつだって、心の中ではジュードの職責を想って諦めていた。
大臣補佐官である父に養われている自分にも、責任の一端があるとすら考えていた。
けれども今回だけは我慢ならなかった。
「元を辿ればアンタが俺への夜伽を承諾さえしなければ、俺がアリドネに逃げたり、エレノア様の世話になることもなかった!だいたいなんで国王は男の俺を夜伽に呼んだんだ!」
「・・・・・・・・・・・・。詳しいことは言えない。ただ男でなければならなかった。そして国王の情事は外部に洩れてはならない情報だ。だから口の堅い人間である必要があった」
「だから大臣補佐官の息子として、俺を生贄に差し出したのか?」
「あそこで夜伽を承諾すれば、私もお前も将来は約束されていたんだ。それだけ見返りの大きなことだった」
リックは拳を握り締めた。
やっぱりかと。
結局はジュードの出世の為だったのか。
「俺はアンタの道具じゃないんだよ!どうしてそんなに出世にこだわる、そこまでして何を手に入れたいんだ!」
地位、金、名誉、権力。
大方そのどれかだろうと思っていた。
ふとジュードの瞳に影がさした。
それはリックが初めて見る、ジュードの悲しみにくれた顔だった。
「お前には黙っていたが、母さんはもう、永くないんだ」
「え・・・・・・?」
唐突に何の話かと思った。
いや、本当に何の話か分からなかった。
思考が停止するように、頭が真っ白になった。
「気が付かなかったか?あのはつらつとした笑顔が段々と見られなくなったのは、胸の病気のせいだ。
病状を教えるどころか、苦しんでいる様すら見せない母さんの想いが、お前には分からないだろう」
「だってそんな・・・・・・いつから?」
それはジュードに発症の時期を聞いたのと、いつから母の笑顔が減ったのか自分に問いかけたのと両方あった。
てっきり逃亡して帰ってきた息子と顔を合わせるのが気まずいからかと思っていた。
けれどそれは見当違いも甚だしい勘違いだったのだ。
「発症は二年ほど前からだ。本当は今生きていることすら奇跡だと言われている」
二年前と言うと、夜伽を命じられてアリドネに逃げた年だ。
「もしかして父さんの給料って」
「ほとんど薬代だ。薬と言っても、もう気休めの痛み止めにしかなっていないがな。それでもかなり高価なものなんだ。だからいつも金が必要だった。それに少しでも楽で居られるように、一番高い薬を買っていたからな」
高給を貰っているのにそれが反映されない生活。
ジュードの性格上無駄遣いは考えられず、いつもどこかに隠し込んでいるのだと思っていた。
使用人の数が少ないのも、母リンディの容態を想ってかもしれない。
「母さんはお前の将来をとても気にかけている。自分が死んでも安心して逝けるように、お前の夜伽も母さんが承諾した」
リックはハッとした。
「まさかエレノア様との婚約も?」
「母さんの考えだ。夜伽から逃げたお前に、国王陛下は私もとい元大臣への恩義で不問にして下さった。それでお前の将来は閉ざされたに等しい。だからこそ何か打開策が必要だった」
だからだ。
国王が不問にしたからこそ、リックは国境を抜けられた。
あり金はたいて駿馬を借り継いで最速で検問所を通ったにしろ、止められるか悪くて封鎖かと思っていた。
そう、リックの考えはいつまでも子供だったのだ。
結局は裏で大人が逃亡を許し、はからってくれていたことも知らず、自分の手柄だと思い込んだ。
「エレノア様にはあと五日しか猶予は無い。その為にお前が何を出来るのか、母さんの想いを知って本当に何をすべきなのか、よく考え直すことだ」




