30
リックは馬車で自宅に送られ、素直に家に入った。
寄り道は最小限ではなくてはならず、最近はボランティアに行けなくなった。
それもこれもジュードが大臣になった為に、要人の関係者として警護されるようになったからだ。
屋敷の周りにも何人か常駐しており、常に視線を気にする息苦しい毎日だとリックはため息をついた。
けれど心のどこかではそれも仕方がないと諦めている自分も居る。
生まれてこの方、国に仕えている父を見て育ち、そしてそれに相応しい生き方を求められた。
ジュードには人に言えない職務上の秘密も多く、それを近くで感じるがゆえにリックは他人には理解されない複雑な悩みも抱くが、それすら口にすることは許されない。
だから我慢とは常に隣り合わせな人生だった。
リックはこれが自分の諦めの根底にあるものだと自覚している。
そして部屋に入ると、窓が開いていた。
そうしてカーテンの影からスルりと誰かの影が伸びてきて、一瞬驚きのあまり息を呑んだ。
けれども現れたその容貌を見て、また別の意味で驚いた。
確かにこの警備状況では、彼女がリックに会うにはこういう方法しか無いかもしれない。
「またお忍びですか?エレノア様」
外に聞こえないように、リックは小さな声で尋ねた。
彼女の金髪の前髪がサラッと流れる。
「このような場所から勝手に入ったことお詫びします。今日は特に内密に、あなたに相談があって来ました」
とりあえず使用人にも顔を見られたくないと言うので、今日はリックの部屋で話すことになった。
紅茶もお茶請けも必要無いと言うので、テーブルに向かい合って座ると少し手持ち無沙汰になった。
しかも今日に限ってエレノアの口が重い。
中々話が進まなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・あの、どうかしたんですか、エレノア様が言葉を詰まらせるなんて。もしかしてケーキでも食べ過ぎたんですか。胃薬用意しましょうか」
「何故私が食べ過ぎで身体を壊したと思うのです。私は甘いもので胃を悪くしたことはありません」
「すみません。・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・」
リックは根気強く待ってみた。
目を閉じていると眠りそうになるので、少し目蓋を下げ、テーブルの木目を眺めていた。
だから唐突なその言葉に、最初は空耳かと思った。
「私と、結婚してくれませんか」
「・・・・・・え?」
「今はまだ婚約で構いません。あなたはまだ学生ですから」
「いえ、そういうわけではなく、意味が分からないのですが。どういうことですか?
あなたは一国の王女なのですよ、そんな軽々しく、何よりどうして俺なのですか!きちんと説明して下さい!」
「そうですね。私としたことが、話を飛ばし過ぎました。・・・・・・長い話をしてもよろしいですか?」
エレノアの瞳を見て、それを断ることは難しいだろうと思った。
「はい」
「私は昔王女ではありませんでした。それは生まれてすぐ、名付けられる前に火事に遭ったからです。
そして私の母第二王妃メアリは死に、護衛騎士だったデレクという男が私を助けました。
その後彼は私を死んだ者とし、傭兵集団を組織し、その団長となり、私は配下として育てられたんです」
「何故死んだことに?」
「火事は、オリヴィア妃の陰謀だったからです」
「っ!」
リックは目を見開いた。
オリヴィア妃はルーク王子とカリーナ王女の実母であり、エレノアからは義母に当たる。
「原因はオリヴィア妃よりも先に妊娠したことです。そして母は信頼するデレクを護衛騎士にしました。
その関係でデレクは私を育ててくれたんです。オリヴィア妃から隠す為にデレクは騎士の位を返上し、私を王女としてではなく一人の平民として育てました。だから私は傭兵を生業とした」
「だから剣に慣れているんですね」
よく考えると今まで気にしたことがなかったが、エレノアはいち王女としては不必要過ぎる程剣に手慣れていた。
しかもその動作は粗雑ではなく、むしろ洗練された優雅さも兼ね備えている。
それはきっと師が騎士であったことが由来していたのだとリックは納得した。
「傭兵とは言っても、ほとんどなんでも屋です。法に触れることもしていました。私は政治を正そうとしてはいても、所詮同じ穴のむじななんです。
でもそれを少しでも隠蔽しようと、デレクの組織した傭兵集団を壊滅させました。アーノルド王子に協力を頼んで」
リックには思い当たる節があった。
「まさか、俺がアリドネで居た頃に殺したあの盗賊集団って」
夜伽から逃亡してその夜に身ぐるみを剥がしてきた盗賊。
その数ヶ月に全滅した。
エレノアの手によって。
「そうです。団長を無くしてから、盗賊と成り果てた情けない連中です。
元々ガラが悪かったけど、少なくとも団長の居た頃はあんな見えすいて悪事は働かなかった。いつか誰かが手を下すなら、それは私の仕事だと思っていました。
・・・・・・ちなみに、あの盗賊集団がまだマシな団体だった頃にアーノルド王子には贔屓にして貰っていたんですよ。奴らはそれにのさばってストラントからアリドネへと移動したみたいです」
(だからアーノルド王子とエレノア様は知り合いだったのか)
少なくとも交友パーティーの時点ではエレノアはアリドネには初来国ということになっていた。
接点は傭兵時代にあったのだ。




