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「ありがとうございました」
縄を解かれたリックは急いで服を着て、深々とアーノルドに頭を下げた。
「どういたしまして」
「あなたは、アリドネの第一王子ですよね」
アーノルドは片眉を上げた。
「おや、バレてしまったか」
リックは腹を括って、名を明かすことにした。
「俺はストラントの大臣補佐官の息子リック・アシュベリーです」
「大臣補佐官の・・・・・・。高官の息子が一人旅とは考えにくい。君は何か罪を犯したのか?」
「いいえ!」とリックは慌てて首を横に振った。
「法に触れるようなことは絶対にしません。ただ・・・・・・その、少し位の高い方の気に障ることを、してしまいまして」
アーノルドは首を傾げる。
「法を犯していないにも関わらず、国境まで越えてきたと?大袈裟じゃないのか?」
リックはひっそりと涙を飲んだ。
自分の貞操の為です、などとは死んでも言えない。
それに命の恩人に無駄に情報を与えて、危険に晒すわけにもいかない。
「私怨の報復ほど恐ろしいものはありませんから」
もっともらしい理由を言ってみた。
するとアーノルドは深く頷いた。
「それは同意しよう。時に法の裁きの方が自分を守ってくれることもある」
「・・・・・・俺を、連れ戻しに来たんじゃないんですか?」
「私は君が何に追われているのかは知らないが、私は君をどうこうするつもりはないよ」
どうやらリックの早とちりだったらしい。
それにしてもだ。
「どうして助けてくれたんですか。あんな大金、今の俺には返せません」
「それは本当に偶然だよ。奴らには元々あの金を渡すつもりだったんだ。気にしなくていい。まあ少し古い付き合いでね。
前はあんな盗賊まがいなことはせず、真っ当に傭兵として働いていたんだが、色々あって落ちぶれてしまった。ああなってはもう私が助けることも出来ない。
だから縁を切りに来たんだ」
「そうですか。・・・・・・でも人間関係を切るなら、金を渡すよりも他に方法があったんじゃないですか?」
リックからしたら何気ない一言のつもりだった。
けれどアーノルドは少しだけ驚いて、笑った。
「君は意外と賢い。そうかもしれないね」
誤魔化した、とリックは思った。
「もうすぐ夜も明ける。よかったら近くに私有の別邸があるんだ。君も来ないか」
リックは驚いて慌てて手を振った。
「そんな!俺が関わるときっと、アーノルド王子にご迷惑をかけてしまいます」
「そうか、君は逃亡者だったな。だが私は見ての通り交友関係はかなり変わっていてね。
その中に君が一人加わったくらいなんの問題も無いのさ。勿論騎士団にも通報しないし、どこに行こうとも好きにすればいい」
とは言いつつも、アーノルドはリックの手を引いた。
本当はリックも行くあてが無いし、けれども世話になるのも気が引けてしまう。
それを見抜いてアーノルドは無理に手を引くのだ。
(やっぱり変わっている)
リックはあまり政治には詳しくない。
それでもアーノルドを知っていたのは、ストラントでも隣国の王子アーノルドが『変わり者』で有名だったからだ。
***
追い剥ぎ(若干未遂)のせいでドロドロだつたので、風呂に入れられ新しい服を与えられた。
一睡もしていなかったが、湯に浸かったので目は冴えた。
しばらくして夜が明けると、早くもアーノルドの妹が起きてきた。
「あなたがお兄様のご友人ですか?」
「いえ、俺が友人だなんて」
「私はエイミー・クロックフォード。お兄様がこの屋敷に人を招き入れるなんて初めてです。だからあなたはお兄様の立派な友人なんです」
エイミーはにっこりと笑った。
彼女はアリドネの第二王女でありながら、気取った態度や無神経な言葉を使うことなく、優しい性格だった。
リックとエイミーは同い歳で、互いに少し似ていた。
そういうこともあり、すぐに親しく話せるようになった。
「エイミーは、俺がどうしてこの国に来たか聞かないの?」
「お兄様はね、あまり人を信用しないの。そんなお兄様が連れて来たのだから、きっと悪い人じゃないと思うわ」
「それは・・・・・・」
リックは慌てて続きの言葉を取り消した。
エイミーはすぐにリックの心情を察した。
「リックはストラントの大臣補佐官の息子だから、きっと知っているのよね。私とアーノルドお兄様だけ、養子だって」
アリドネには二人の王子と三人の王女が居る。
けれども第一王子のアーノルドと第二王女のエイミーだけ、現国王の妹の子供で、その妹君が亡くなった時に現国王に引き取られた養子だった。
王子は養子のアーノルドと実子の第二王子。
血の繋がりがあるとはいえ、アーノルドは王位継承順位を揺るがす存在だ。
さぞ貴族や官僚の権力の為に利用されそうになっただろう。
彼は利益そのものだ。
そんな環境で育ったのなら、人を信用出来ないというのも納得がいく。
「信用しない人なら、むしろどうして?王子からしたら俺は怪しくて信用出来ない不安要素でしかない」
「貴族は何でも金で解決する、けれど君はそうではなかったからだよ」
またもやアーノルドは唐突に現れた。
「私は盗賊に金を渡した。それで話が解決したのなら、普通はそこで終わりだ。けれど君はまだ最善の道を考えた。お金に慣れ親しんだ貴族なのにね」
「じゃあ王子は、あの方法が最善ではないと分かってながら、奴らに金を渡したんですか?それは何故ですか?」
アーノルドは少し目を見張って、困った顔をした。
「君は鋭いね。まあ君に嘘をつくのは忍びないから、理由は何も言わないでおくよ」
ワケあり、ということだ。リックは知っている、こういう時どうするべきなのか。
(これを聞いたら、昨日の二の舞いになる)
リックはにっこり作り笑いをした。
「じゃあ昨日のことは見なかったことにします」
知らぬが仏、である。