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図書館のソファに寝そべりながら、彼は悠々と読書を楽しんでいた。
まるでここは彼の自室だろうか?というくらいに快適に過ごしている。
いつの間にかこの席は彼の特等席となり、誰も近寄らないようになっていた。
また隣に立つ、長身で褐色肌の付き人も要因の一つだ。
この異様な威圧感を放つ二人だ。
「それで、渡し先が見つからず俺の所に来たわけか」
「はい」
ルークは本から視線を外さず、リックに片手を差し出した。
「受け取ろう」
「え?」
「どうした」
「あ、いえ、失礼しました。思ってた以上にすんなり受け取って貰えたので。・・・・・・燃やしませんよね?」
「どうせ写しだろ。燃やしても仕方ない」
ルークはリックの報告書を受け取るとパラパラとめくり、軽く目を通して、隣に立っていた付き人に放り投げた。
そしてまた読書に戻る。
扱いが雑い・・・・・・。
「渡しておいてなんですが、それをどうなさるおつもりなんでしょうか」
「姉上に渡す。と言っても、俺の名前を使って俺の報告書として議会に通すだろうな。お前も、俺と大臣の関係を見越して渡して来たんだろう」
「そうなんですけど・・・・・・」
ルークの母親であるオリヴィア王妃の後見人は大臣だった。
つまり大臣は実質ルークの後ろ盾であり、大臣はルークの意見を蔑ろに出来ない。
そしてこれは賭けでもあった。
これはルークが自ら後ろ盾を捨てる行為だ。
リックはルークを説得する台詞もいくつか用意していたが、本音を言えば負け試合と覚悟していた。
ただジュードの言った『大臣が握り潰せない人物』がルークであっただけであり、これは偶然の産物だった。
「でも、エレノア様にお渡しするのは予想外でした」
「偶然だが、姉上もその件に興味を持っていた。ちょうどいい」
「そうですか。ではよろしくお願いします」
リックは一礼して背を向けた。
「待て」
呼ばれて振り返ると、ルークは本を閉じてリックを見やった。
「いいのか、これを問題にしたらお前の父親も何かしら被害を被るぞ。彼はこの件に関わるのを断ったんだろう」
「構いません。ルーク王子にお渡ししたことは、一応伝えておきます。それからどうするかは父親次第です。では」
リックはもう一度礼をして背を向けた。
この件について、別に父親と張り合ったわけではない。
ただ一部の貴族の利益の為に、誰かが不利益を被るのは見ていられなかった。
(これもまた、自分勝手な正義感だけどな)
リックは家族に対する罪悪感を抱えながら図書館を後にした。
***
独特な雰囲気を放つ付き人を置いてきて、ルークはとある重厚感のある扉の前で立ち止まる。
そしてその扉をノックした。
「エレノア姉上、入りますよ」
中は王女の部屋とは思えないほど家財は少なく、必要最低限の物しか置かれていない。
部屋のただっ広さだけが誇張され、強いて費用がかかっているものと言えば花瓶の花だけが毎日変えられている。
それでもカリーナに費やされる費用に比べたら雲泥の差があった。
そんな倹約家とも言える彼女は、窓の外をじっと眺めて、少し眉根を寄せてカーテンを閉めた。
「何かありましたか?」
「いえ。今日は陽射しが眩しいと感じたので」
エレノアはルークに向き合った。
ルークは手に持っていた紙の束を差し出す。
「これは?」
「リック・アシュベリーによる報告書です」
中身にサッと目を通してエレノアは軽く目を見張った。
「彼がこれを・・・・・・」
「どういう経緯かは分かりませんが、大臣の不正に勘づいたようです。俺で処理しようかとも考えたのですが、姉上の方が適任かと」
ルークはエレノアが大臣の思惑を探っていたのは知っていた。
見る人が見ればそれは、異母弟への邪魔立てと感じる人間も居る。
しかしエレノアは政治の透明化を図りたいだけなのだとルークは知っていた。
そしてそれはエレノアだったからこそ、ルークは協力した。
なのに。
「そうですね、あなたはもうすぐ交換留学です。こちらは私が請け負いますから、その準備をしっかりしておいて下さい。ありがとうございます」
「・・・・・・はい、エレノア姉上」
エレノアは単に、ルークが大臣の不正を正したいだけなのだと勘違いしている。
これはとてつもなく遺憾な結果だ。
ルークはなんとなく去り難くてその場に立ち尽くしていると、エレノアはテーブルの上に被せていたホコリ避けのカゴを取った。
「そういえば今日、クルミのクッキーを焼いて貰ったんです。よかったらあなたも食べませんか?」
エレノアはよく、年嵩のメイドに菓子を作って貰っていた。
「いいんですか」
エレノアは柔らかく微笑んだ。
「勿論。実はあなたの分も焼いて貰ったんです。お茶をいれて貰いますね。座って下さい」
「ありがとうございます」
ルークはクッキーを口に入れ、ティーカップに注がれた紅茶を飲んだ。
おそらくこのクッキーもいつもの年嵩のメイドが焼いたのだろう。
クルミの香ばしい匂いと、エレノア好みの甘い味付け。柔らかい茶葉の香り。
どちらもとても美味しかった。
けれどエレノアと話をしながら過ごしていると、味なんて記憶に残らなかった。
ただ彼女の話し方や、小さな仕草だけがルークの脳裏に焼きついた。




