12
最初意識が戻ったのは固い床の上だった。
ひんやりとして寒々しかったのは覚えている。
けれどまだ完全に覚醒したわけではなく、誰かの声が聞こえてきた。
「この子は・・・・・・引き取ります」
「困ります・・・・・・の重要参考人です」
「・・・・・・の・・・・・・ですよ」
「まさか・・・・・・!」
「・・・・・・となります」
どこかで聞いた声と、知らない声が言い争っていた。
夢うつつにリックは涙を流した。
何と会話しているのかはよく分からないのに、言葉を聞いた脳が無意識に理解していたのだろう。
身体は重く痛く、またリックは眠ってしまった。
微睡んでいる間に自分がどこかに運ばれる気配がした。
そして柔らかく暖かなベッドに移動させられた。
ある時また見知った声の主が聞こえて、リックは微かに呻いた。
そして瞼を少し開けると、誰かが自分の名前を呼んだ。
「起きましたか、リック・アシュベリー」
微かに目を開けると、知らない部屋だった。
けれど名前を呼んだ彼女は、いつまでもあの月の夜を思い出させる金髪の王女。
「エレノア様───アーノルド王子は・・・・・・?」
しかしリックは答えを聞く前に、もう涙を流していた。
彼女の答えは知っている。
「亡くなりました。胸に刺さった矢が致命傷だったようです」
リックは顔を手で覆った。
アーノルドがリックを崖から突き落としたのは、リックを助ける為だ。
あの場で戦えたのはアーノルドだけ。
そのアーノルドが戦えなくなった時点で、リックが口封じに殺されることは明白だった。
護衛もいつやって来るか分からない。
だからリックを崖下の川を信じて突き落としたのだ。
不意にアーノルドの最期の笑みが脳裏にひらめいた。
「申し訳ありません、申し訳ありません・・・・・・」
ただひたすらに、謝罪と懺悔の言葉を述べ続けることしか出来ない。
とめどなく涙をこぼれさせることすら罪に感じた。
「王子が亡くなったのは俺のせいです」
エレノアは首を横に振った。
「いいえ。謀反人はあなたではなく、仮面の奴らです」
「それでも王子は、俺を助けようとして亡くなったんです。だから俺を罪に問うて下さい。俺は罪を償わないといけません」
あの時何故護衛を付けて森に入らなかったのか。自分は王子の付き人でもくっつき虫でもない。
ただの邪魔者だ。
何故王子を守りきれず、自分だけが助かってしまったのか。
(王子が優しいことに甘えたからだ)
普通ならリックを庇いながら戦ったりなんてしない。
普通ならリックを戦闘の前方に立たせる。
普通なら自分の死の間際、リックを助ける為に最期の力を振り絞って突き落としたりしない。
あの時リックを突き落とした反動で出血が増えたはずだ。
王子を守れないどころか、リックを助けたことが死を早めたと思うと、自分はただの殺人犯としか思えなかった。
エレノアはリックのベッドの横の椅子に腰掛けた。
真っ直ぐリックを見据える。
その目には怒りは無い。
ただ悲しみと、微かに疲れを感じた。
「もしそれを罪として償いをしたいのならば、生きて下さい。そして彼の願いを叶えてあげて下さい」
「願い・・・・・・?」
「あなたになら、話しているんじゃないですか。何も望まない王子の、唯一の願いを」
***
アーノルドが亡くなったあの日、彼の予想通り刺客は二手に別れて襲撃していた。
片方はアーノルドとリックに、もう片方はエレノアとカリーナの方に。
けれど王女達を襲ったのはほんの数分だけだけで、すぐに森に入ったという。
護衛達も追いかけ、同時に王子の捜索もしたが、煙が邪魔で時間がかかってしまった。
到着時にはすでにアーノルドは死亡。
矢を受け、うつ伏せに死んでいた。
リックの見た刺客の死体は無く、恐らく仲間に回収されたと思われる。
カリーナは既にストラントに帰国しており、残ったのはエレノアだけだ。
リックが眠っている間に多くのことが起こっていた。
アーノルドの葬儀や、アリドネに対してエレノアはリックの釈放を請求してくれていた。
彼女はリックを大臣補佐官の息子と説明し、外交関係を盾にほぼ無理矢理帰国させることを承諾させた。
アリドネ側としては王子暗殺事件の重要参考人として扱い牢に放り込みたかったようだが、エレノアの言葉に慌てて『客人』として扱うことに決めたという。
だからこそリックの待遇は付き人の時よりも格段に良く、動けるようになるのは早かった。
リックは軽い聴取を受けただけだった。
元々アーノルドが刺客に襲われたことは判明しており、誰もリックが首謀とは考えていない。
本音は一国の王子を殺された体裁を保ちたかったというものだ。
だからリックはたった七日で帰国が許された。
城は皆で喪にふくしており、帰国には王女も含まれるが今回は検問所までの見送りは無かった。
用意された馬車を見て、国王から逃げた時には馬と徒歩だったのに、帰りは馬車だなんて皮肉なものだと思った。
「乗って下さい」
エレノアの言葉にリックは軽く気が引けた。
「王女様と同じ馬車にだなんて」
「構いません。あなたは付き人ではありません、我が国の大臣補佐官のご子息です。
私が後見人としてあなたを引き取りました。一緒に乗っても問題ありません」
「どうしてここまでして下さったのですか」
リックを助ける為に一人残ったエレノア。
最初リックが牢で寝ていたのを客室に移されたのも、聴取が軽かったのも、今日帰国出来るのも全てエレノアの圧力の恩恵と言える。
「そうすることが、あなたの為でもあり、王子の為だと考えたからです。あなたは、自分の無力さを感じましたか」
「それは俺がこの国に来てからずっと感じていたものです」
リックは顔をしかめた。
何度そう感じて打ちひしがれたことだろう。本当に自分は無力だと思い知らされた。
「では、それを改善するつもりはありますか」
試すような口ぶりに、リックは深く頷いた。
「───あります。俺はそうしなければなりません」
誰よりも優しかったアーノルドの、唯一の願い。
それは『ライリーの力になる』ことだ。
自分にはまだその実力も資格も無い。
「ではストラントに帰り、アーノルド王子の遺志を受け継ぐ為に、学園に戻って学んで下さい。あなたにはまだ、知らないことが沢山あります」
ふとエレノアが誰かに気が付いて、先に馬車に乗り込んだ。
「リック!」
「エイミー!」
リックは目を見開いた。
アーノルドの死のショックが大きいからと、エイミーとの接触を禁止されていた。
それはエイミーも同様だろう。
けれど彼女は言いつけを破って、ここまで走って来たようだった。
普段あまり運動をしないので息を切らしてしまい、なかなか言葉が出てこない。
リックは辛抱強く待った。
そしてようやく、エイミーは顔を上げたかと思うと、リックを抱き締めた。
「私、いつまでもあなたの友達だから!お兄様も私も、ずっとずっとあなたのことが大好きよ!」
エイミーもリックも涙がこぼれた。
「ごめんエイミー、俺が不甲斐ないから」
「謝らないで。私はお兄様が居なくても生きていける。そう証明する為に、お兄様は私を置いていったの。あなたは関係無いわ」
自然とエイミーの手には力が入っていた。
それは固い決心を表していた。
「俺もいつか王子の願いを叶えられるように、頑張るから」
「またお茶をしましょうね」
「勿論」
二人は腕を解いた。
そしてリックはしっかりと踏み込んで馬車に乗り込んだ。
これから険しい道を歩む覚悟と共に。
アリドネ編はここで終わりです。




