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ディナーの後はアーノルドは自室にこもって読書をしていた。


カリーナに付き合うのもいい加減嫌になったらしい。


カリーナも流石に自室までは押しかけてこなかった。


よく見るとそれは何かの資料だった。


小さな字でつらつらと小難しそうなことが書かれていた。


「勉強ですか」


「ああ、歴史のね」


勉強中なら声をかけない方がいいなと、リックはそれ以上喋らなかった。


基本的にリックはアーノルドの側を離れることは無い。


午前中のカリーナは特別だが、普通はいつでも用事を仰せつかることが出来るように待機している。


ふと本棚に並ぶ法律書の数におののく。


(うわすごい、アリドネだけじゃなくてストラントの法律書まである)


「それは時間がある時だけ読むんだ」


まるでリックの心の声を読んだように答えてくれた。


アーノルドも少し息抜きをしたそうなので、リックは話を続けた。


「法律の勉強って面白いですか?」


「まさか。でも、社会がどれだけ厳しくて、自分がいかに無力か思い知らせてくれるんだ」


確かに法律は思っているほど人に優しいものではない。


リックも少しかじった程度だが、基本的に自分を救えるのは自分だけ、というような内容だ。


「王子は悲観的ですね」


「そうかな」


「俺は『教えてくれてありがとう。でも俺はもっとこうした方が良いと思うよ?君も頭を柔らかくしたまえよ』って、本に思いますよ」


「ぷっ・・・・・・ふふ。それはもう、学ぶというより、反抗しているじゃないか」


口元に手を当てるアーノルドに、昼間のエイミーを思い出す。


(笑い方が女子だ。何故エイミーはこうならないのだろう)


兄妹で入れ替えた方がいい。


「仕事は辛くないか?」


「ものすごく楽です」


王子の付き人というのはほとんど仕事が無い。


着替えは自分でするし、スケジュールもほとんど覚えている。


リックは運ばれた料理をワゴンから並べるだけ。


時々書物の整理やエイミーのお茶会に付き合うが、ほとんどアーノルドにくっついて回るくっつき虫のような存在だ。


ある意味税金の無駄使いだが、相手が王子となれば必要不可欠な仕事ともいえる。


「でもこのまま甘え続けるつもりはないので、何かやる事とか、自分に出来ることを模索してます」


アーノルドは何故か嬉しそうに目を細めた。


「ライリーにも、リックのように育って欲しいな」


突然の第二王子の名前に驚く。


何より今おかしな文脈が聞こえた。


「俺みたいに?まさか。国が傾きますよ」


「私はね、ライリーが生まれて嬉しかったんだよ。誰も彼も私の即位を望んでいたわけじゃない。


私もエイミーのように、針のむしろのような居心地の悪さを感じていた。けれどある日、ライリーは生まれたんだ」


女子にしか恵まれなかった国王に、待望の男子。


それはめでたくもあり、次期跡継ぎについて暗雲をもたらした。


貴族達はそう考えただろう。


しかしアーノルドにとってはそもそもの話が違うのだ。


彼は元々、国王の座など望んでいなかった。


「憎むどころか、むしろ正統な後継者が現れてホッとしたんだ。


これで罪悪感と戦って生きる道は無くなったとね。私をその道から外してくれたライリーに、少しでも恩返しがしたいんだ」


自分が狙われる最大の要因に対してそこまで感謝するアーノルド。


リックはそれが不憫に思えて仕方がない。


あのカリーナの自己中心的なところを少し分けてやって欲しい。


「まだ、赤ちゃんですよ」


リックはエイミーの言い回しを借りた。


「だからだよ。幼くして王位を望まれた子供。私はライリーに良い治世にして欲しい。


けれど全てを押し付けるわけじゃない。私は彼の支えになりたいんだ。


だから、リックもそれを手伝ってくれないか?」


「・・・・・・・・・・・・俺みたいなくっつき虫に、何かお手伝い出来ることがあるとは今は思えませんが、善処します」


それは全て、アーノルドの為に。


「ありがとう」


「ところで、いつお休みになるんですか。明日は見送りの日です、早めに休んで下さい」


「分かっている。もう少し付き合ってくれ」


「勿論です。何か()れてきましょうか」


白湯(さゆ)を頼む」


「承知しました」


リックは白湯を求めて、料理所に足を向けた。



***



王女二人の見送りの為、アーノルドとリックは城から郊外の検問所に向かう。


アーノルドは馬車に乗り、リックは馬に(またが)ってその隣をついて行くことになった。


リックはこれでも一応貴族なので、乗馬は心得ている。


この時ほど乗馬が役に立ったことはない。


「国境の近くまで送るなんて、アリドネは親切ですね」


「慣例なんだよ。名残惜しさを(かも)す為のね」


言葉に微妙にトゲを感じる。


アーノルドはカリーナのワガママで別邸から呼び出されたことを快く思っていないのだ。


(でもこういう発言はエイミーと似通ってるんだよな)


検問所近くまで来ると、だいぶ民家が少なくなってきた。


代わりに水を引く為の風車が建ち並ぶ。


畑なども広がったのどかな途中で、自然豊かだった。


不意に後方の王女達はの乗る馬車が妙な音を立てて、悲鳴と共に止まった。


同じく王子の馬車を止めて、アーノルドは馬車の小窓からリックと目を合わせた。


「何か騒がしいですね。見てきます」


リックが馬を降りて状況確認に行くと、馬車の車輪が破損したようだった。


かなり派手に壊れている、即座復旧は難しそうだ。


ふと車輪に妙なキズを見つけたが、とりあえず今は気にせず、近くの護衛に話を聞く。


「王女達の乗る馬車の車輪が壊れたみたいです。王女様方も無事で怪我人もありませんが、代わりの馬車を手配するまでお待ち頂くことになるかと」


エレノアとカリーナは馬車の外で立っていた。


ふとエレノアがリックに気付いて、手招きする。


「カリーナの顔色が悪いの」


確かに横にいるカリーナは青ざめていて、口元を抑えている。


「朝食を、食べてすぐだからかしら・・・・・・少し酔ってしまったみたい・・・・・・」


喋るのも辛いのか、とても小さな声だった。


リックは頷いて、アーノルドに報告も兼ねてそのことを話すと、馬車を降りて来た。


「カリーナ様、私の馬車をお使い下さい」


「でも」


「私はその辺を散策しますので。なにぶんこの辺は景色がいい。私にとってもその方が好都合なのです」


「ありがとうございます」


カリーナはエレノアに支えられてアーノルドの馬車に乗り込んだ。


パーティーの時二人はそれほど仲が良くなさそうに見えたが、非常時にはエレノアは私情を押し込むらしい。


それはアーノルドも同様だった。


見届けるとアーノルドが歩き始めたのでリックも後に続いた。


「お供します」


「リック」


「はい」


「こっちの方へ歩くぞ」


アーノルドの行き先は森の方角だった。


「どうしてですか?」


思いのほか行動範囲を広げたことにリックは疑問を感じる。


「王女達の付き添いの数が足らない」


「数えていたんですか」


「何故別行動をしたのかは分からないが、今はここを離れるべきだ」


「でもここには護衛が居て安全です」


「地上からの攻撃はな。しかし上から放たれる矢には抗えまい」


アーノルドはチラリと風車を見やった。


風車の内部は整備の為に人が入れるようになっている。


そして三階以上あり、小さな窓もある。確かに矢をうがつには十分だった。

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