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人魂ヴェンデッタ  作者: くまっどさん
1章 魔物生活
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8話 名に懸けて -前編-

1章 魔物生活

8話 名に懸けて -前編-




 冒険者達と出会ってから1ヶ月。ヴェンデッタとトレインは平穏な日々を送っていた。毎日狩りをして、果物を採って、散歩した。本能に従い、餌を求めてさ迷うような他の魔物とは違う悠々自適な生活だ。


「ふぃー。あったかぁぁ~い」

「プップキュゥゥ~」


 ヴェンデッタとトレイン湖の傍で日向ぼっこしていた。これまで狩りまくったおかげで、2匹は森の主というべき存在になっている。

 ヴェンデッタはかなりの魔力量を有しており、トレインも徐々にだが魔力量を増やしていた。それ以上に2人であれば、ほとんどの魔物は狩ることができる。この森で出会った最強のオーガは苦戦するために避けているが。

 数日置きにのんびりとした時間を過ごして、体と心を癒すことにしている。今日はそれだ。


「プキュ。プキュプキュ」

「ん?果実採ってくる?トレインが?」

「プッ!」

「んー・・・わかった。気をつけていってくるんだよ」

「プキュ!」

「うぃー」


 ヴェンデッタはダレながら手を振って、トレインを送り出した。すぐに周囲の魔力を調べたが特に問題となる魔力は感知できなかった。


「まぁ大丈夫かな。今日はのんびりだわー」


 湖の畔でヴェンデッタは花を揺らすそよ風に撫でられながら、休日に出かけた先でぼーっとするお父さんのようにまたダレ始めた。




 トレインが出かけてから数時間が経つ。かなり日も傾いてきていた。


「んー。あっ!いかん。周囲の警戒忘れてたっ!」


 普段なら1時間以内に2,3度は周囲の警戒をするために魔力を探るのだが、今回はなぜかのんびりとしすぎてしまい忘れていた。

 ヴェンデッタは急いで魔力を探るとトレインの魔力が感じられなかった。


「トレインはどこ行った?この辺で負けるような魔物はいないはずだし。逃げろとも言ってあったのに」


 トレインを探すため、隠蔽魔術ハイディングを唱えてアサルトライフルを実体化して空へ浮かんで移動した。


(トレインの気に入った果実のある当たりを探してみるかな)


 思い当たる場所へ向かうも他の魔物の魔力はあったが、トレインの魔力は見つからない。どんどんと焦りだすヴェンデッタは、最早手当たり次第探し始める。


 そんなとき、4つの魔力の塊を察知する。前に出会った冒険者達だろう。なんとなく嫌な予感がして、彼らのほうへ向かってみた。

 すぐに見つけると、彼らの会話に耳を傾ける。


「しっかし。最後はまいったな」

「そればっかりねー。マローニはー」

「だってよーおかげで、盾が凹んじまったよ」


 マローニは凹んだ盾を撫でながら気落ちしている。修理に出していて、やっと直った盾だったのだ。


「足も速かったなー。まぁー依頼の品だしー」

「セルンの魔術のおかげだよ。感謝だね」

「ふふ。感謝はお酒を奢る形で欲しいわね」

「しゃーねーか。俺が奢るぜ」

「全員だよー。男全員でー」

「そうだね。みんなでセルンに奢るか」

「やった!言ってみるもんね」


 セルンは全員の了承を得られてホクホクしている。


「今回の依頼はそれなりに実入りのいい仕事だからね」

「どこかの貴族が牙で作る判子を知人に送るための素材だったな」

「そうそう。それで牙の中で一番買取値段がよかったのがイノーンの牙だったから、それだけを集めてたから時間かかったけどね」


 ヴェンデッタに心臓があればドキリと跳ねただろう。さきほど彼らはなんと言ったのか。聞き間違えでなければ、イノーンの牙と言ったのではと。

 ヴェンデッタは彼らの進行方向と逆に向かう。あらん限りの速度で。


 ほどなくして岸壁近くに見つけた。小さな牙を無くしズタズタになったイノーンが放置されていたのだ。

 近付いて確認した。間違いであって欲しいと願いながら震える手で触れてみる。かすかに残る魔力から、願いは届かなかったことがわかった。このイノーンはトレインだ。


 ヴェンデッタは言葉にならない、あらゆる感情が混じった慟哭の叫び声を上げた。




 少し時間を遡る。




 彼は走っていた。息は上がって苦しいが走れる、まだ走れると思い込ませながら。必死に走りながら周囲に注意する。彼が慕う主にそう習った。


 今、彼は追われている。

 いままで倒した魔物ではない。人といわれる生き物に。

 人は群れで襲ってくる。武器を使い、知恵を使い、彼が慕う主のような光る輪から色々なことを起こす。彼は主様は物知りだなぁとか思い返していた。


 果実を探しているときに、彼はいきなり襲われた。そして自分は抵抗した。立ち向かった。一生懸命練習した空中前転ドロップキックもした。しかし、耐えられ、避けられ、逃げるしかなくなってしまった。


 彼は上手く逃げないといけない。決して彼と主の拠点に連れて行くわけにはいかないと。鳴くことができればよかったが、襲われたときに炎を浴びて喉を焼かれて鳴くことができない。


 走っては隠れて、走っては隠れて。

 ひたすら繰り返すが、人の匂いが遠ざかることはない。彼は風下にいるので匂いでわかる。これもそうするように主に習ったからだ。そして、時折飛んでくる矢や尖った石でもいまだ追跡されていることがわかる。


 どんどん体力が削られていく。なによりも精神が削られていった。彼は恐怖している。殺されてしまうことではない。このまま主に会えないと思うと怖くてしかたがないのだ。


 あのオーガに襲われた日からずっと一緒にいる。当時押しかける形になってしまったが傍にいることを許してくれた。あのとき、主と彼しかいないが群れができたのだ。彼にとって初めての群れだ。

 それから彼は主に美味しい果実をもらい、戦い方を教えてもらった。優しい主と一緒に居るのが彼は嬉しかった。楽しかった。どんなに面倒でも仕方ないと笑って撫でてくれる主が好きだ。


 走りながら湖から離れていった。彼らに意図的にかはわからない。しかし、どんどん主のいる湖から離されていく。


 逃げていく中で感じていた。もう逃げ切れそうにないことを。


 そして、ついに後ろ足に矢が刺さる。刺さりながらも堪えて走りつつ思う。


 もっと主様の採ってきてくれた果実が食べたかったなぁ。


 前足の近くで地面が爆ぜて吹き飛ばされながら思う。


 もっと撫でて欲しかった。あれは気持ちがいいんだ。


 なんとか立ち上がり、すぐさま走り出そうとして周りこまれていたのか盾が叩きつけられ吹き飛ぶ。地面を転がりながら思う。


 主様が作ってくれた寝床で一緒に日向ぼっこがしたかった。


 見上げた先に振り下ろされる刃を見ながら思う。


 主様ともっと一緒にいたかったと。




 そして、トレインの意識は闇に落ちて、戻ることはなかった。




 時間は戻る。




 すでに日が落ちて真っ暗となった森の中にある岸壁の傍。ヴェンデッタはあれからずっとトレインに寄り添っている。

 ウィル・オー・ウィスプの体のために涙を流すこともできないが、心が泣いていた。


「ごめん。僕が一緒に行っていれば。相棒なのに。傍にいないなんて。あいつらも僕が依頼を確認していれば、こんなことにはならなかったのに」


 ヴェンデッタは自分のことが許せずにずっと謝っている。1つは冒険者の依頼内容を調べず放置したこと。1つは一緒に行動しなかったこと。1つはイノーン討伐の依頼というのをスペンサーの頃に見聞きしたことがなかったために大丈夫だろうと油断したこと。

 しかし、語りかけている内容が徐々に無意識に変わっていく。スペンサーであった頃、殺されるときに起きた心を染める黒いどろどろの禍々しいものがヴェンデッタの気づかぬうちにまた染み出してきた。


「あいつらの都合を僕の相棒に押し付けやがって。こんなこと許すのか?こんな真似して唯で済ますのか?・・・・・・済まさない。済ますものか。よくも・・・・・・よくも。俺は許せない。許せないんだ。俺の相棒を奪っておいて笑いあう奴等が」


 そして、ヴェンデッタは暗き想いを誓う。


「トレイン。これからすることが自己満足であっても。おまえが望んでなくても。俺の相棒を、大事なものを奪っておいて、あいつらが安穏と生きることを許せるものか」


 ヴェンデッタはトレインに触れたまま顔を上げる。目をギラギラと光らせて。その輝く赤い目は太陽が沈んでしまった真っ暗な森の中で妖しく浮かび上がっていた。


「だから、トレイン。ヴェンデッタの名に懸けて。あいつらに報復をする。皆殺しだ」


読んでいただき、ありがとうございます。

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