2話 二つ目の始まりと終わり
「・・・う」
満は目を覚ました。まだ寝ぼけているが、天井があるのはわかる。徐々にはっきりしてくると自分が目を覚ます前になにがあったのか思い出してくる。
(確か自分は死んだんじゃ。もしかして、助かった?でも病院の天井っぽくない。木製の天井の病院ってあったっけ?)
徐々に混乱しだすが、一旦自分の状況を確認しなおす。
(見えるのは木製の天井。左右には木製の柵。体は痛くないな。でも思うように動かない。タオルケットをかけられているみたい。どうなっているんだ?
「あうあー。うー。やー」
声を出してみるもうまくしゃべれない。何か薬のせいか怪我のせいかと焦りだす。すると焦りだした気持ちが止まらず混乱してくる。
(なんだ?落ち着こうとしても混乱してる気持ちが収まらない。泣きたくないのに泣きたくなってきた。止められない!やばっ、恥ずかし!なのに無理!大人なのに泣く!)
「うぅぅ。うわあああああん!」
「○×△?□■●」
「ひぅっ!?あああぁああ!」
満は自分が泣いているが止められず、益々混乱。誰かがくる気配がして、柵の向こうから巨人の女性が出てくる。それを目にした満はびっくりしてしまい、余計に泣き止むことができない。巨人の女性は満を抱っこし、あやし始める。冷静であれば、察しがつきそうだが今の満の心境では無理だった。抱きかかえられて、くるくると周りだすと部屋の中が見える。見えはするが、動揺と混乱の中である満には中々把握しきれない。そんな中、自分が写った鏡に目に留まる。そこには赤ん坊の自分がいた。一度泣き止み、目をぱちくり。満はすぐに理解を諦めて、感情のままに流されることにした。つまり、”疲れて寝るまで泣く”だ。
あれから5年。満は状況が完全に理解できた。
あのときの事故で死んで生まれ変わった。なぜか満のときの記憶は持っていた。言葉や国の名前が記憶にないものであることやもうひとつの要素で生まれ育った世界は自分が生きてきた世界とは別の世界だろうと推測した。今はアーヴァント王国という国に住んでいて、親は商人の中流家庭。満はスペンサーという名前をつけられた。さらさらの黒っぽい赤毛でクリクリの黒目、女の子のように可愛い顔をしている。記憶のおかげか勉強はできたので早い段階で言葉も覚えた。おかげで親はスペンサーを天才だと思っている。
スペンサーはいま庭先にある木に登って、枝に腰掛けて空を見上げている。
「いくら考えても、やっぱり新しい人生を歩むべきだろうなー。満としての人生は終わったんだし。この体の人生を全うしないと。教師は・・・やっぱりなりたいな。他に夢ができれば別だけど。教師という職業自体あるのかな?」
「スペンサー。どこなのー」
「はーい、ママー。いま行くー」
今の母親から探している声が聞こえて返事を返す。幼いスペンサーは木から飛び降りると上手に着地して、家の中にいる母の元へ駆けて行った。
それから時間は流れて10年後。
スペンサーはすくすくと育った。顔立ちは目元や可愛らしさを残しつつ大人の顔つきになっていた。身長は満のときと同じであまり伸びなかった。
アーヴァント王国の学校は、それなりの収入があれば貴族のみでなく平民でも入学できるようになっている。そこでスペンサーは学んでいた。運動面でもそれなりの成績を残す。勉強面では運動以上にいい成績を出し続け、特にある分野で顕著な成績を残した。ある分野とは、スペンサーが世界を満の生まれた世界でないと推測できた要因でもある。
それは、魔術。
体内に流れる魔力という力の流れを制御し、呪文を詠唱して魔力にて魔術陣を構築し、発動するための鍵の言葉を唱えることで魔力を消費して任意の事象が起こす技術である。
魔力は、この世界の生物のうち人や魔物の体内にもつエネルギーのようなもののことである。使用すると減り、時間経過で回復する。魔力量を増やすには魔力を持つものを倒すことか食べることで微増する。
魔術には系統があり、火や水といった”原初”、強化や治癒といった”補助”、鑑定や開発といった”研究”、結界や召喚や封印といった”系統外”がある。
一般的に魔術系統は魔力の質によって使える魔術が限定されており、1人に付き1系統で、系統の中から1つ使えるものがある。優秀な質の持ち主だと、例えば原初の火と補助の強化だったり、原初の水と土といったような適応を持っている。系統外は稀有な魔術系統であり、使用できる者は少ない。また、火の魔術だけでも、火を灯すトーチ、火の玉を撃ちだすフレイムショット、火の壁を作るフレイムウォールなどと数多くの種類がある。
魔物とは、見た目は動物や昆虫や植物のようであるが、それらより特異な見た目や能力、大きな魔力を持つ生物だ。強さは種類によって違い、同じ種類でも特殊な個体もいる。人類にとっては、ほとんどが害獣であり、いい素材である。また種類によっては食料でもある。害獣は危険度によって、格付けされている。その中で人では手に負えない魔物もおり、格付けとしては魔物の王という意味で魔王とつけられている。
スペンサーは魔術を知ってからすぐに適応している系統を調べ、補助の弱化と操作、それに系統外の結界であることがわかった。とても優秀な質で周囲からも期待された。彼はそれからも強い興味を持ち、自分の系統以外のこともどんどん吸収していった。記憶力が高く、いつしか生徒の立場でありながら教師と同じだけの知識を得ており、教師の変わりに教壇に立つこともあった。
また時間は6年進み、学校を卒業するときに異例ではあったが学校側からの勧誘されて、研究を続けながらという条件で魔術教師になった。今スペンサーは教室の教壇に立ち、明日で卒業する生徒達の前で最後の授業をしていた。
「であるので、配った羊皮紙にある評価はみんなの長所と短所がまとめられています。短所は長所で補うか訓練で短所を直すかしてください。短所を知ることで、今後よりよい魔術師としてやっていけるでしょう。最後の授業はここまで。明日も言われると思いますが、卒業おめでとう。お疲れ様でした」
「「「「お疲れ様でしたーっ」」」」
「終わったー!」
「仕事も決まったし人生順調だわ」
「私は冒険者よ。一攫千金当ててやるんだから」
「僕は騎士団の魔術師になるよ」
「うそ!?騎士団なら安定しているよね。これは恋人になるべきか」
「こここ恋人!?なななにを言って!?」
「あら?私も立候補しようかしら。顔も悪くないし」
「もっと先生の授業聞いていたいよー」
「俺もだわ。魔術陣の構築が苦手だったのにできるまで付き合ってくれるしさ」
「先生、一生懸命だよね。私もつい頑張っちゃったし」
「なにより可愛いよねー先生って。卒業するし先生の恋人に立候補しようかな」
「本当よねー食べちゃいたいわん」
「おまえ、男だろうが。ひっ!謝るから!ごめんないさい!殴らないで!」
みんな一斉に立ち上がり、最後の授業に歓声をあげている。いや、あげたのは初めだけであとは口々に好きなことを言い出している。
スペンサーは生徒が自分の授業をまだ受けたいと言われて、顔に出さないようにしているが嬉しくて堪らなかった。また満のとき同様、性格がよくて顔立ちも悪くないためか女子生徒に人気があった。女子生徒の好意的な声も聞こえて、余計に嬉しさがこみ上げてきていたが、その気持ちもこの教室で数少ない筋肉系魔術師の男子生徒の好意なのか性欲なのかのわからないねっとり視線で駄々下がりになった。顔は引きつっているだろう。ツッコミを入れた他の男子生徒が筋肉系魔術師に片手で持ち上げられてるせいもあるが。
そのとき、ある生徒が声をかけてくる。
「先生。お世話になりましたわ」
「いえいえ。昔は色々あったけど、レノアはそこからよくがんばったね」
「ふふ。先生の指導あればこそです。無事に卒業できました。そこでお礼に我が家で食事を誘いたいのですが」
「んー。気持ちだけで十分だよ」
「いえいえ。親も是非にと準備しておりますので」
「あー。そうか。なら断れないね。お邪魔するよ」
「わかりました。このあと馬車で向かえにきますので少しお待ち下さい」
女子生徒はレノア・ベントールノ。ベントールノ子爵の長女。子爵領はスペンサーの実家がある領で、子爵にも商人の親が贔屓にしてもらっている。レノアは、入学当初の頃はいい加減で自分勝手な生徒であったが、スペンサーが魔術の授業中に喧嘩を売ってきたレノアを倒したことで数日こなくなる。
そして、ひさしぶりの登校でレノアから目が覚めたと言われて固い握手と共に和解した。
本当に目が覚めていればよかったのだが。
ヒュンッ!バシィィッ!バシィィッ!
「あああああああああああっ!」
「どうしたんですかーせんせぇい。あのときの模擬戦のように余裕の立ち振る舞いをしないといけませんわ。あぁそうか。毒のせいで魔術が使えなくなってましたっけ?」
授業後にスペンサーはレノアの用意した馬車に乗り、レノアの家にむかった。到着すると食堂へ通されてベントールノ子爵も同伴で食事をした。そのあと、談話していたのだがいつの間にか寝てしまった。
目が覚めると薄暗い森の中に居た。周囲には明かりもなく、どこの場所かはわからない。体は木に縛り付けられて、手は広げるように隣の木に縛られている。
そこに現れたのは貴族の煌びやかなドレスに身を包んだレノアだ。ニヤニヤとした嗤いを顔に貼り付けている。
話しかけようとしたスペンサーはレノアからひたすら鞭で打たれ、長時間に渡り甚振られる。鞭で打たれるたびにスペンサーの体は皮膚を引き裂き、肉を削いでいく。わけもわからず混乱しながらも血まみれのスペンサーは泣きながら嘆願した。
「レノア・・・やめて・・・もう・・・言うとおりにするから。謝るから」
「謝る?はっ!いまさらですか。私に泥を塗りつけておいて、どれだけの時間が経っていると思っているんですっ!」
バシィィっ!
「がああっ!」
「はぁぁぁ。やっと塗られた恥という泥が濯がれている気分。最っ高ぉぉ・・・」
「レノアよ。いつまで遊んでいるんだ」
「これはお父様」
そこにベントールノ子爵が護衛を連れてやってきた。発言からしてこの状況もわかった上でだろう。レノアは父親に楽しげに近寄っていく。スペンサーは痛みと恐怖で震えが止まらない。
「お父様。もう少しぐらいいいでしょう。昨日はお父様が楽しんだんですもの。今日は私が楽しみたいんです。特に先生で楽しめる日を待ちわびていたんですよ?」
「それはわかっている。でも儂はちゃんと朝になる前には終わらしたぞ。まぁ眠くてやめたんだがな」
レノアの父親はレノアを嗜めつつも昨日の出来事を思い出して口元がにやけている。
「そうですけどぉ」
「もうじき朝になる。そうすると人の目に付く。王都の連中に目をつけられるわけにはいかんのだ」
「むぅ・・・わかりました」
レノアは脹れるが仕方ないということも理解できるので、終わりにすることにした。父親のところからスペンサーに向かっていく。
「先生。残念だけど、これでお別れです」
「・・・終わり・・・帰れるのか」
「そんなわけないでしょう。死ぬんですよ。先生のご両親と同じように」
「親?僕の親?・・・まさか」
最悪のことが頭を過ぎって、スペンサーは痛みと出血でひどい顔色がさらに悪くなる。
「ふふっ。いいわぁ。その顔。本当に最高。先生の親御さんも同じ顔してましたわぁ」
「僕の親をどうしたっ!?」
「うちにはリンドンって名前のペットがいますの。ファングジャガーという肉食の魔物ですが可愛いんですよ」
「ああ・・・ぁああ・・・」
スペンサーは怒りや恐怖だけなく、最悪の想像をしてしまうもその想像を受け入れられずに真っ青な顔で目を見開きながら、震えて歯をカチカチ打ち鳴らす。
「先生のお父様は先生と同じ目にあってから、生きたままリンドンの夕食ですわ」
「あああっ!これをぉおっ!はずせえええっ!」
「それから先生のお母様はそれを見せ付けられておかしくなってしまわれて・・・リンドンに向かっていっておやつになりましたわね」
「があああっ!」
スペンサーは暴れるがぎしぎしと軋むだけで動けなかった。
「それは昨夜のことですから。何も残っていませんわよ」
「こいつは昨夜のよりいい表情をするな」
「でしょーお父様。なんせ私の先生ですもの」
「うらやましい限りだ。終わらすのがもったいないが仕方ない」
彼らの会話で暴れていたスペンサーは絶望し、うな垂れてしまう。縛られていなければ倒れていただろう。
「ぐっ・・・うぅぅ。なんで・・・なんで・・・」
「これは我が家の伝統なんです。調子に乗ってる平民は貴族が正さないといけませんわ。なにより平民のくせに貴族に恥をかかせるなど。そういえば教室に数名いましたわね。調子に乗っている平民。彼らも1人ずつ楽しまないと♪」
レノアはこれからのやれることを思い浮かべて楽しそうにしている。この家は昔から誘拐や購入をして、同じような虐待や拷問を繰り返してきたのだ。スペンサーはそんな彼女の本性に恐怖を抱きつつも浮かんだ疑問を思わず聞いてしまう。
「なんで・・・こんなことが・・・ひどいことができるんだ?」
「ひどい?何を言ってるの、先生。私は貴族。平民に何をしてもいいでしょ」
「命は大切にするべきだろうっ!?僕はそう教えてきたはずだっ!王国の法でも、立場や肩書きに関わらず私的な殺しは犯罪であると決まってる!」
「ええ。とても勉強になりました。命は大切ですわね。貴族の命は。他に価値はありませんが。それに貴族が法そのものです」
「まさか・・・貴族・・・至上主義」
「無駄話はここまでですわ。あぁ、無駄といえば・・・先生のお名前、なんでしたっけね?」
貴族至上主義。貴族とは国から爵位を与えられ、それなりの権力や領地を持った者達の総称である。貴族至上主義とは昔からある考え方で貴族のみが尊いものであり、それ以外の者は貴族のためにあり、価値は貴族以下であるという考え方だ。王族すらも貴族のための存在だと思っている。当時、この考え方が流行していたときは数多くの命が貴族の気まぐれで消えていった。今では貴族も横柄なものは表立っては少なくなったが、裏ではいまだに横行している。レノアもそれと同じ考え方に傾倒しており、平民であるスペンサーは名前すらも覚えてもらえてなかった。
スペンサーはレノアを睨みつけていたが、レノアの目は嘘を言ってない。それ以上にその目はスペンサー自身を人として見ていないのがわかる。まともに話が通じないことを悟り愕然する。
「まぁいいわ。さぁ仕上げですわ」
レノアは魔力を制御するために集中し始める。スペンサーはこの状況からなんとか生きるために暴れるが、それを無駄なことをしている馬鹿を見るように眺めながら呪文を唱えはじめた。
魔術の呪文詠唱とは、意味ある言葉をはっきり唱えるのではなく、口笛やハミングや早口で聞き取れなくて音に近いものを歌うように唱えることである。周りで詠唱を聴いている者には、その歌われる音が2重3重と重なっていうように聴こえる。
スペンサーの耳には、その呪文の詠唱によって奏でられる音楽が死を誘うものを呼び寄せているように聴こえていた。
そして、レノアの眼前に魔術陣が構築されてしまう。
「くそぉおおっ!!」
「先生。さようなら。フレイムピラー」
ヴォアアアアアアアッ!
レノアが魔術の発動する鍵となる言葉を唱えると魔術陣が輝き、スペンサーの足元から火柱が立ち上って彼を飲み込んでしまった。
「ああああああああっ!!あああああああああっ!!」
「キレイに燃えてますわ。平民にしては上手に燃えてますわね」
「魔術を行使したお前の力量だろう。さすが我が娘だ」
「ああ!そうですわ!私としたことが。平民を褒めてしまいましたわ」
「いや。お前が優しいからだよ。レノア。誇らしいよ」
貴族の茶番を前にスペンサーは生きたまま魔術で燃やされた。すぐに喉が焼けて声が出せなくなり、それからしばらくすると痛みも感じなくなった。苦しさもなくなり、もうじき死ぬのだろうと自覚した。
(一体なんなんだよ。僕は一生懸命に生きてきただけなのに。二度も家族を殺されて、自分も二度殺された。二度もだよ!親を大切にして、命も大事にしてきたし。よく学んで、人を貶すことはしなかったし。人の生き方も尊重してきた。自分よりだれかのためにっていうのも多かったかな。くそが!次は記憶はないだろうな。でもな!もし!この世界で記憶を持って生まれ変われるなら・・・この貴族共を・・・殺してやる・・・手足からぐしゃぐしゃにして・・・煮えた油を飲ませて・・・魔物に食わ・・・)
スペンサーは死にゆく中、心で思い返していた。そして、心にどろどろとした禍々しいものがシミの様にじわじわと広がっていく。それに合わせて徐々に思うことが過激になっていった。それもスペンサーが死を迎えるまでだったが。
スペンサーが動かなくなると魔術の火を消して、レノアとベントールノ子爵は邸宅へ帰っていった。そして、スペンサーの遺体がある場所が静寂に包まれる。
朝日が差し込と日の光に反射して、朝露に濡れた草木がきらきらと輝きだす。その光の粒のいくつかがふわりふわりと宙へ舞い、放置されたスペンサーの遺体へ集まっていく。まるで光の粒が死んだスペンサーを労わるかのように優しく寄り添い、遺体の頭部へ溶けていった。
月日は流れ、白骨化した今もスペンサーの頭部に毎朝少しずつ光の粒が溶け込み続けている。
読んでいただき、ありがとうございました。