1話
@松山空港
ケースをもった青年がひとり、茫然と立っている。
青年「なんで俺、ここにきてんだっけ」
@前日、東京、自宅マンション5階ベランダ
「あんたなにしてんの?あんたね、そんなことしてる場合じゃないわよ!」
母が叫ぶ。
青年、翔鷺はベランダから身を投げる準備をしていたのだ。
母は、書きなぐった遺書を見たようだった。
カケルは母の悲痛な叫びに驚き、手を止める。
母「カケル、道後のオジサン、危篤だって。私たちは仕事で行けないから、あんた、行ってきて」
と、明日の日付が書いてあるチケットを貰う。
カケル「おじさん、ねえ」
カケルの脳裏に、かつて、おおよそ十年前のオジサンと過ごした日々が浮かび上がる。
涙が出ると共に、久しく行っていない道後に行くことを決めたのだった。
@路面電車、大手町前踏切
ここは路面電車と郊外電車が踏切で交差するダイヤモンドクロスという珍しい光景が見られる。
なつかしさに胸を躍らせながら路面電車の車窓からそれを眺める。
?「どこまで行くんですか?」
カケルに尋ねるのはマドンナのような格好の美少女。飛鳥という。
カケル「道後まで。ちょっと親戚が危篤なもので」
飛鳥「ふうん。じゃ、君がカケルか」
カケル「!なんで名前知ってるの?」
飛鳥「さて、なんででしょう?」
@道後温泉駅
カケル、飛鳥が下りる。
飛鳥、カケルと別れる前にカケルにあっかんべえして走り去る。
カケル、不可解という表情。しかし、なんとなく、遠い昔、オジサンと自分の隣にいた女の子を思い出す。
@道後のどっかの家
カケル、門をたたく。反応がない。
カケル「おっちゃん死んだかな」
?「死んどらんわい!見ての通り頭から足、ほんで股間までピンピンしとるわ!」
カケル「え?」
オジサン「え?」
カケル「おっちゃん!」
オジサン「カケちゃん?」
カケル「え?危篤じゃないの?」
おっちゃん「馬鹿言え。これでも毎年欠かさず道後のネオン街に繰り出しとるわ!」
カケル「変わんねーわおっちゃん」
おっちゃん「おうよ。わしゃお前らの成人になって結婚するのを見ないかんけんのう」
カケル「おまえら?」
おっちゃん「忘れたんか?いっつも一緒におったろがん」
カケル「まさか」
カケル、突然雷に打たれたように衝撃を受けたのちに荷物を手放しておっちゃんの家を後にする。
おっちゃん「本当に自殺をしようとしてたやつか?」
@道後温泉
何かに気づき、走ってきたものの、あてもなくさまようカケル。
カケル「道後温泉ね。子供の時以来だな。本館は変わってないみたいだけど。飛鳥の湯ねえ」
と、飛鳥の湯の立て看板を見る。すると、肝心なところにかかっていた靄が晴れたような心地がして、同時にそこに向かわねばならないような気がして走る。
@同、飛鳥の湯
昔からあった椿の湯のところに新設された温泉。そこにポツリと先刻の女の子、飛鳥が立っている。
カケル「おーい!飛鳥!」
飛鳥「気づくの遅いよ?私はすぐに気づいたよ」
飛鳥、カケルのほっぺを恨みがましくムニムニする。
飛鳥「待ってた」
@おっちゃんの家
おっちゃん「まったく、お前もひどいやっちゃなあ」
カケル「あ、あはははは」
飛鳥、カケルの頬をつねる。
カケル「ごべんなざい」
おっちゃん「まあ、とりあえず仲直りということで風呂にでも行こうや」
@道後温泉、神の湯
おっちゃん「この石碑にはなあ、山辺赤人の歌が書いとるんだ。それを大正あたりじゃ一番の腕やった書家が書いたのを石碑にしたんぞ」
カケル「そうなんだ」
おっちゃん「ところでよ、カケル。お前夢とかあるんか?」
カケル「夢、ねえ」
(かつてはあった。だけど捨てた。捨てないと、いじめられるから。いや、捨てたところで遅かったけど。)
@十年前、東京、とある小学校
先生「今日から転校生が来ました。みんな、仲良くするように。じゃあ伊佐庭君、自己紹介を」
カケル「愛媛から来ました伊佐庭翔鷺です。将来の夢は、ヒーローになることです!よろしくお願いします!」
クラスの、新参者に向けるまなざしには、興味と嘲笑が入り混じっている。
「おい、あいつ、小3にもなってヒーローになりたいとか頭沸いてるだろw」
「どうせまだ仮面ライダーとか見てんだろ」
@同、廊下
「おい!」
クラスメイトの男子がカケルにどついてくる。
「なあ、俺たちと戦おうぜw」
「お前ヒーローになりたいんだろ?なら俺らと戦って勝ってみろよw」
おじけづくカケル。その反応を楽しむがごとく3人で袋叩きにするクラスメイト。
それを見て大笑いしているクラスメイト達。
(それが始まりだった。中学になっても、高校になっても続くいじめに、俺は死ぬことを選ぼうとしたんだった)
@神の湯
カケル「夢か、今はまだないな」
おっちゃん「……。」
おっちゃん、しばらく無言になるが、突然カケルの背中をドーンと叩く。
カケル「なにすんだよ!」
おっちゃん「男ならでっかい野望くらいもっとかないかんぞや。持ったらドーンと言うてしまえ!それができりゃああとはなんとかなるけん」
カケル「そういうもんかね」
おっちゃん「あとは自分にうそだけはついたらいかん。自分に嘘なんかついたら誰かの正直を受け取ることができんなる。一生後悔する」
そういうおっちゃんの顔は、どこか人生の一部にいまだ晴らせぬ悔いがあることを物語っていた。
おっちゃん「おっといかんわ。飛鳥がまっとらい。カケル、先上がっといて」
カケル「あ、ああ。大丈夫なの?危篤だったんでしょ?」
おっちゃん「なにをいうとる。めっちゃ元気や」
カケル、風呂から上がる。おっちゃん、すこしふらつく。
おっちゃん「長くは……ないみたいやなあ」
続く