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忘れないあの夏

作者: 神内 恵

さっきまで聴こえていた大勢の人々の歓声やブラスバンドの演奏が、ふいに聞こえなくなった。


ドクン、ドクンッ・・・


心臓の音だけが、やかましく鳴り響いている。


大丈夫。やれる。


そう心に言い聞かせて胸の高鳴りを抑えようとするが、なかなか治まらない。

バットを力いっぱい握りしめ、バッターボックスへ向かう。


体が熱い。


容赦なく照りつける太陽のせいか、それともここにいる一人一人の想いのせいか。

グラウンドはとてつもない暑さで覆われている。



最終回の裏。ツーアウト。

相手とは一点差で負けている。


でも俺は2番。ちゃんと3番につなげれば、まだチャンスはある。



大丈夫。塁に出るだけでいいんだ。


俺らの夏は、夢は、まだ終わらせない・・・



小学校・中学校とずっと野球をやってきた。

グラウンドで、いろんな空を見てきた。

たくさん汗を流して、でっかい声を張り上げて、打って、取って、投げて、走って。

この“野球”というスポーツが俺は好きだ。



3年生はギリギリ9人だから、2年生の俺はいつも一応ベンチには入っていた。何度も試合に出させてもらった。

だが、先輩が一人ケガをしてしまって、夏の高校選抜は俺が出ることになった。

先輩は「俺の分も頑張れよ。」って笑って言ってくれたけれど、本当はものすごく悔しくてたまらないはずだ。



そんな先輩の分も、俺は塁に出なきゃならないんだ。




俺は、やる・・・・!!




カキーン・・・



金属音があたりに響く。


勢いよく走りだす。今まで走ったことないくらいの速さで。こけそうになるくらいの速さで。

力の限り、俺は走った。



でも、走りだすときに見えてしまった。


俺の打ったボール。


長年野球をやっていればわかる。


でも、俺は走らずにはいられなかった。


俺なんかで終わらせちゃいけない。




ドスッというグローブの鈍い音を、俺の耳がとらえる。



俺の打ったボールは、高く高く空を舞い。遠くまで飛んでいくことはできずに、グラウンドに落ちていった。

結局、レフトフライに終わった。


ベースを踏んだところで俺の脚は止まった。

しばらくそこを動くことができなかった。

俺の耳にはあの音がずっとこだましていた。




終わった。




先輩達は泣いていた。

土を詰めながら、たくさんの想いが先輩たちの中で溢れていた。


俺は土を詰めなかった。泣きもしなかった。



テレビ局や記者のカメラが先輩たちの泣き顔を撮っている。


先輩達の泣き顔は見せものなんかじゃないのに。



・・・ちきしょう・・・!!



その時、やっと俺の目から涙がこぼれ落ちた。



家に帰る車の中、母さんは何も言わなかった。ただまっすぐ前を見つめて車を運転している。

だから俺もただひたすら窓の外を眺めた。


父さんは、見に来てはくれなかった。

なぜかはわからない。


でも、それでよかった。


あの姿を、見られたくない。

しばらくベースの上で棒立ちになっていたあの姿を。



家にたどりつくと、部屋の電気は一つもついていなかった。でも、テレビの音は聞こえてくる。

リビングに入ると、真っ暗な部屋の中で父さんがテレビを見ていた。

父さんはテレビに夢中になって、俺が帰ってきたことにも気づいていないようだ。


そこに映っていたのは、あの最後の試合。

どうやらビデオで見ているらしい。



ああ、あの姿、見られたか・・・。



自然と肩が下がった。

その拍子に肩にかけていたスポーツバッグが落ちる。


その音に気付いたらしく、父さんが振り返った。

早足で俺に近づいてきて、いきなり抱きしめられた。




父さんは、泣いていた。




そんな父さんを見るのは初めてだった。



「お前、よく頑張ったな。」



その一言を聞いたとたん、涙が溢れ出してきた。


それはしばらく止まることはなく、ずっと父さんと一緒に泣いていた。



あの時戦かっていたのは、俺たちだけじゃなかった。


あの打席にたって、全速力で走ったのも、俺だけじゃなかったんだ。


先輩たちが流した涙。俺が流した涙。父さんが流した涙。


流れた涙はそれだけじゃない。


心に強く抱いた悔しさは、俺たちだけが抱いていたわけじゃなかったんだ。



ラジオやテレビを通してかもしれないけれど、俺以外にもたくさんの人があの瞬間、たしかに一緒にプレーしてたんだ。




俺はこの夏を忘れないだろう。


たくさんの人のたくさんの想いを背負い、感じたこの夏。




一生俺の心の中で輝き続ける――――






夏の夢は終わり、また新しい夢と、悲しみと、喜びと、悔しさが生まれる。

また新しい、いくつもの想いが、球場に湧き上がる。



その中で俺は再び、泥で汚れたユニフォームを着て、バットを力いっぱい握りしめ、バッターボックスへ向う。




あまり何を伝えたいのか、自分でもよくわからないような作品になってしまいました;

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