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男が濃縮されたようなにおいがする。士官学校時代から嗅ぎなれているとはいえ、一生好きにはなれないだろう香りだ。酒飲みおじさんに肩をたたかれながら少年はそんなことを考えていた。
ここは、緊張状態の隣国ガルデラ、ではなく真反対のシダールとの国境だ。シダールと王国の境はとんでもなく険しい山脈で攻めてくる確率がほぼないため、警備を任されている第十三部隊は穀潰し集団として有名だった。そんな不名誉な、隊の宿舎に身を寄せる男たちの最年少は十五歳のリード・シュタインである。この隊の平均年齢は四十三歳と高齢だというのに、士官学校を卒業するや否や、こんな人のいらない場所に配属された彼を、仲間たちは人間的な問題があるのかもしれない、と危惧していたようだがそういうわけではなかった。物心ついた時からリードはただひたすらに落ちこぼれなだけだったのだから。
リードのファミリーネームを見れば軍属の人間ならすぐわかることだが、彼はシュタイン伯爵家の養子だった。上から六番目の、下から十一番目の。十五人は全員戦争孤児で伯爵曰くピンときた子を迎え入れたとのことだが、ガルデラとの闘いで手柄を多く上げている同い年のヤツはともかく、自分に関しては当てが外れたと言わざるを得ないだろう。常に成績最下位。常にケガ持ち。
よく呪われているのでは、と心配されるがそういうわけでもない。馬から落ちても、海に落ちても、滝から落ちても毎回良く生きていましたね、と驚かれて終わる。
「ほら、アンタたち!訓練もせずに酒ばっか飲んでるんじゃないわよ。ちょっよそこの落ちこぼれ伯爵ジュニア!嫌ならいやって言わなきゃ!いつか爺の酒の肴にされること間違い無しじゃない。」
「俺は魚じゃねーよ。魚になってみろよお前!」
『漢字ちげーよ。バカ!』
「なっ、なんでこんなに俺だけ責められらきゃいけないんですか?」
災難ばかりの人生とは言え、こんな感じで今自分が大事にされていることはわかっていた。あと五年ぐらいこの生活が続けばここが探し求めた居場所になるのかもしれない。
酒場から出ると、春にしては冷たい風が吹いていて少し肌寒い。今夜は、計算通り新月であたりは真っ暗だったのでリードは森に出た。獣道を音をたてないように歩き、少年に似合うとは言えないバスケットを木の下でひっくり返す。すると、ベーコンや柔らかいパン、ハムにチーズなどがごろごろと転がっていく。それから、バスケットを持って木の陰に隠れた。
「お前らもなんでこんなに嫌われなきゃいかんのかねぇ・・・」
彼の出身地はいろいろな意味でシダール国境と真反対な場所だった。治安も気温も、位置も文化も。リードはこの村に住む人々をおおむね好ましく思っていたが、この少し気が強い、自分の故郷では神のお使いとされていた真っ黒な鳥の扱いについては、思うところがあった。初めてこの土地で、子育て中の母鳥に向かって男たちが石を投げつけているのを見てから、のどに痰が突っかているような気持ちがしていたのだ。どんな場所にも闇があると突き付けられているようで。
この辺りでは、あの鳥は不吉な存在として忌み嫌われていた。少年はよく、何を考えているのかわからない、と言われる目で虚空を見つめていた。
「起きな!アンタたち、大ニュースよ」
いくらナマケモノの集団とはいえ、第十三部隊は軍人の集まりだった。起き上がるスピードが速い。
『何事だ!』
「クリス・シュタインがまたまた大手柄よ!」
全員が遅れてベッドから頭を出したリードを見つめる。女のせいで空きっぱなしになっている扉のせいか微妙に気温が下がったような気がした。
困った。あからさまに気にされている。
「気にしないでくださいよ、俺の分までクリスのやつが親孝行してくれてるんですから。」
同い年のクリスに対抗して頑張っていたのはリードにとってはずいぶん昔の話だったし、彼は腹が立たないぐらい完璧なので、比べるだけでもなんだか申し訳ないような気がする。
「さあ、今日は村のはずれのおじいさんの家に手伝いに行くんでしょう?国の穀潰しになっても、村のにはなちゃいけませんよ!」
『言ってることは何となくわかるけど耳がいてぇ』
安心からのため息はもう白くなかった。
ダラダラ頑張りますぞ
ありがとうございました!