『6』
カレンと英人が模擬戦を行っている最中、麗はブレイブドーム内に設けられている特別席で審判として観戦していた。
しかし――。
「暇だぁ……」
麗はつまらなそうに呟いたのち、小さめに溜息を吐いた。
本来、模擬戦において審判という役目は、万が一にも死者が出ないように作られたモノである。
当然、そのようなことが起こりそうな場合は即刻戦闘を中止させなければならないが、死者が出そうな事態なんてほぼないだろう。
それゆえ、審判は非常に暇なのだ。
「なんじゃ。随分と暇そうじゃのう」
不意に年寄りのような口調の声が耳に入った。
それに気づいて麗はすぐさま姿勢を正すと、傍らに立っていた少女に挨拶をする。
「り、理事長。来ていらっしゃったのですね」
「まあのう。一学年でトップクラスの実力の持ち主である二人の模擬戦。観ないわけにはいかぬじゃろ」
崎守 唯香。
黒髪ショート。口調とは裏腹に身長が小学生並であり、よく小学生と間違われる。慎ましやかな胸と幼げな顔立ちはその手のファンの生徒たちには大人気だ。
そして、元勇者であり、東京第二エリアに位置する勇者学校の理事長である。
「しかしまあ、あの少年は本当にお主そっくりじゃのう。特に戦い方が」
「ははっ……一応弟子ですからね」
苦笑する麗が見据える先――フィールド内では、英人とカレンがさっきとは変わって激しい打ち合いをしていた。
「戦況は少年が一歩有利じゃのう。あの英国の少女も悪くはないんじゃが」
唯香が言った通り、二人はほぼ互角の戦いをしながらも、カレンが度々英人の攻撃を受けていた。
「麗よ。先ほどから少年が一瞬で少女の背後に回り込んでいるように見えるんじゃが、あれは異能なのか?」
「はい理事長。あれは英人の異能『身体強化』です」
『身体強化』
数秒間だけ、身体能力を大幅に上げる異能。
但し、この異能は一度使うとクールタイム三十秒を必要とする。
この異能により、先ほど英人はカレンをフィールド端に設置されている壁まで吹き飛ばしたのだ。
「ほう。そこそこ使えるではないか。戦場で役に立つかは別じゃが」
「そうですね。魔獣との対戦では、あまり役に立たないかもしれませんね。あいつらは三十秒も攻撃を待ってくれませんから」
過去に麗は幾度となく魔獣と顔を合わせてきた。
そんな彼女だからこそ、英人の異能は使えないと判断できるのだ。
「ですが、英人は戦場では必ず活躍すると思いますよ」
甲高い金属音が何度か響いたのち、再び英人がカレンに斬撃を食らわせた。
しかし、今度は異能は使わず剣術のみで与えた一撃。
「攻撃重視の特攻型スタイル。まさにあの伝説の勇者――桜花 麗の剣術そのものじゃな」
「そんな風に言うのは止めてください。あいつと私は違いますから」
そう言いつつも、英人が見せる剣の振る舞いは師匠である麗と酷似していた。
敵に攻撃を与える隙を作らせないため、ひたすら相手に斬撃を与え続ける。
防御は一切しない、超攻撃的な剣術。
「狂剣士。本当にあの時のお主とよう似ておるのじゃ」
かつて麗がたった一人で敵陣に突っ込み魔王を討伐しに行った際、周りの勇者たちからは「狂っている」「頭がおかしい」と言われていた。
だが、彼女は見事に魔王を討伐し、仲間の元へ戻ってきた。右腕を犠牲にし、全身は血まみれになりながら。
そんな彼女に対して、ある日から勇者たちはこう呼ぶようになったのだ。
《狂剣士》と。
だが、これは決して麗を讃えるために付けられたわけではない。
彼女のような狂っている剣士を育成しないために、戒めとして付けたのだ。
それゆえ、麗の魔王討伐は英国内で隠蔽され、ごく一部の人物にしか知られていない。
「英人は私のようにはなって欲しくないんですけどね」
剣を振るう英人を見据えながら、麗は寂しげに零した。
「それは不可能な話じゃろう。なぜならあの時のお主も今の少年も、同じように憎悪だけで動いておる。それに自身が気づけぬ限りは誰がどのような言葉を掛けようとも無駄じゃ」
憎しみは人の思考、行動、心をも蝕んでいく。
かつて経験した麗は痛いほど理解していた。そして、蝕まれたそれらは他人からじゃなかなかに変えることができないことも。
「まあ妾の立場としては戦場で使えるやつが卒業してくれれば、他の問題はどうでもいいのじゃがのう」
ニヤリと笑う唯香に対して、再び麗は苦笑いを浮かべた。
確かに、ここは勇者学校。
勇者候補を無事卒業させ、立派な勇者へと導く場所だ。
だが、この学校では勇者として必要な事を学ぶ以外にも、英人と同じように勇者を志している様々な人物と巡り会える。
(その中に彼の気持ちを変えてくれる人が現れてくれればよいのだが)
そんな僅かな期待を抱きながら、今回の模擬戦も英人に受けるように指示したのだ。
一人でも多く彼が人と関われるように。
☆
「ホント面倒くさい相手ね」
制限時間が残り二分を過ぎたところ。
制服がボロボロになっているカレンが、鍔迫り合いになっている英人を軽く睨みつけながら呟く。
「そろそろ諦めたらどうだ? おそらく勝ち目はないぞ」
戦況は圧倒的に英人の方が有利だった。
カレンの異能『豪炎』は、正確には発生した炎を自在に動かすことができる。
しかし、そうするには直撃させる対象に剣先を向けなければならないため、敵が懐に入ってきた時点で使うことができないのだ。
もしいまカレンが『豪炎』を使用すれば、一瞬で英人が彼女の身体を切り裂いてくるだろう。
本来ならば、近づいてきた敵はカレン自身の剣術で処理できるはずなのだが、英人が相手の場合は彼の方が剣術の実力が勝っているため対処できすにいた。
「うっさいわね。アンタの剣術が凄いのはわかったわよ。アタシよりは上かもね」
「認めるのか。ならさっさとサレンダーしろよ。こっちとしてはこれ以上戦う方が面倒だ」
サレンダーとは戦闘者の二人どちらかが自ら負けを認めること。
要するに、英人はカレンに自身の負けを宣言しろと言っているのだ。
「フッ、嫌よ」
「……なんでだよ」
英人は呆れた表情で訊ねる。
彼はこれ以上本当に戦いたくなさそうだ。
そもそも英人にとっては、麗に強引に参加させられた模擬戦だ。
端からやる気が出ないのは必然。
「それはね、アタシがアンタに勝つからよっ!」
そう叫んだ刹那、彼女の身体から炎が燃え上がった。
しかし、それは今までのような赤い炎ではなく、透き通るような青い輝きを放っていた。
「っ! あぶねっ!」
事前に危険を察知した英人は咄嗟に後ろへ下がり躱す。
「ったく、なんだよそれ」
彼が向ける視線の先には、今までカレンの周りだけを守っていた炎とは違い、彼女から半径二メートルほど取り囲むように青い炎が出現していた。
(発生している炎の範囲が明らかに広くなっているな)
だが、カレンの異能は炎を身体に纏わせ、それを自由に動かすこと。
炎の色を変えたり、発生範囲を増やしたりすることはできないはず。
(第一、異能はそう何個も効果があるわけじゃない。あの青い炎はきっと異能とは別の能力のはず)
そして少し考えたのち、英人はある結論に達した。
「なるほど。『固有武器』か」
「大当たりよ」
そう答えたのち、カレンが口端を吊り上げた。
固有武器は勇者候補や勇者が個人に所有している武器のことだが、それには今は亡き元勇者の遺伝子が含まれている。
それによって、固有武器は勇者や勇者候補が持つ異能の可能性を最大限に引き出すこともできる。
「アタシの固有武器――炎神剣はね、『創造』の保有者だった勇者の遺伝子が組み込まれているのよ。
これでアタシは炎を幾らだって創りだせるわ」
つまり、炎の範囲が広まったのはカレンが所持している剣の能力によるもの。
元々、『創造』という異能は“自身が記憶しているもの全てを作り出す”ことができる異能だ。
しかし、固有武器に組み込まれ効果を発揮する場合は、やや本来の能力より劣る。
それゆえ、カレンが炎神剣という固有武器を使用して、『創造』の異能を発揮しても、炎の発生量を増やすことしかできないのだ。
「まあそれでも十分に強力なんだがな」
「なに一人でぶつぶつ呟いてんのよ。言ったでしょ。今のアタシはどんな場所にでも炎を作り出せることができるってねっ!」
不意に英人の真下から炎が現れた。
それを彼はバックステップし、ギリギリのところで躱す。
だが、カレンの異能には英人の『身体強化』のようにクールタイムが必要ない。
故に、彼女は間髪入れずに次々と炎を放つことができる。
「くっ! これじゃあキリがねぇなっ!」
回避する先々に炎が出現する。
これでは英人は攻撃をするどころか、カレンに近づくことすらできない。
「ほら、そろそろ負けを認めたらどうかしら?」
カレンは勝ち誇った表情で先ほどの英人と同じような言葉を放つ。
「はっ、こんなことでサレンダーしてたまるか。別に俺はお前の攻撃に当たってるわけじゃねぇしな」
英人が言った通り、カレンが発生させる炎は一度も彼に直撃していない。
「それもそうね。それじゃ、そろそろこんがりと焼かれてもらおうかしらっ!」
英人が横に飛んで炎を躱した直後、次の着地場所に白い煙が上がった。
これは青い炎が出る前に起こる現象だ。
(こりゃまずいな)
このまま地面に下りてしまうと、確実に焼かれちまう。
瞬時にそう判断した英人は本来着地するはずだった場所に剣を突き刺し、それを利用して別の箇所へと着地した。
「チッ、しつこいわね」
空振りした炎を見つめて舌打ちしたのち、露骨に機嫌の悪そうな面差しに変わるカレン。
それに英人は「本当に感情が顔に出るやつだな」と呟く。
「でもまあ次くらいには当たりそうね」
そう言って、カレンは英人を探す。
しかし、彼はどこにもいない。
「っ! まさかっ!」
何かに気付きカレンが後ろを振りむいた時には既に遅かった。
身体強化によって、カレンの背後に周り混んでいた英人は、通常よりも重い一撃を彼女に食らわした。
「ぐはっ!」
柄の先端を腹部に押し込まれると、カレンは嗚咽したのち、再び壁際へと吹き飛ばされる。
「油断大敵だな」
剣を肩に抱えて、倒れているカレンを見下す英人。
ここまで戦っても瞳はとてもつまらなそうだ。
「ホント、ムカつくわね」
カレンは立ち上がると、ダメージを受けたせいで消えていた青い炎を再び燃え上がらせた。
「でも、これで終わりよ」
カレンは剣を天高く上げると、それを英人へと向けた。
これにより、彼女に纏っていた炎が一直線に英人へと進む。
(結局、またこれか)
そう思い、英人は回避を試みようとするが、突然彼の左右に炎が出現した。
それらは高い壁のようになっていて、フィールド内の端から端まで直線状に伸びている。
「っ! そういうことかっ!」
カレンが放った炎は別の炎で作られた道の中央を使って英人へと接近していた。
要するに、現在、英人はボーリングのピンのような状態になっている。
「これじゃあ避けようがないでしょっ!」
確かに、このままでは英人はカレンが放った青い炎によって丸コゲにされてしまうだろう。
しかし、そんな状況でも英人は至って冷静な様相を保っていた。
「しょうがないな。これはあんまり使いたくないんだが……」
迫ってくる炎に対し、英人は剣を向けた。
そして、そのままじっと待ち構える。
「アッハッハ。なにそれ。もう自滅ってことでいいのかしら?」
バカにするように笑うカレンだが、英人は気にも留めず、炎が剣の届く範囲にくるまで待った。
そして、その距離内に炎が入った刹那、英人は思い切り剣を振り下ろした。
すると、青い炎は真っ二つに割れ、彼に当たる前に消滅した。
「っ!? い、一体どういうことっ!」
カレンが自慢の炎を消されカ動揺している隙に、英人は身体強化により一瞬で彼女との距離を詰める。
その後、英人がカレンの鳩尾に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ!」
すると、間もなくカレンは意識を失い、丁度よく試合終了を告げるブザーが場内に鳴り響いた。
「カレン・ベルージが戦闘不能により、今回の模擬戦の勝者は歴然 英人とするっ!」
マイクを通して麗の判定下った。
だが、観客は歓喜の声を上げることもなければ、カレンが破られたことによるブーイングもない。
沈黙。
それだけがひたすら続いていた。
なぜか。
それは英人がたったいま起こしたことが起因している。
彼はカレンに最後の一撃を食らわせる前に、異能を使ったのだ。
それも最初に披露した身体強化とは別の異能。
これにより、歴然 英人は異能を二つ所持していることになる。
『神に選ばれた者たち』
地球上に数億人は存在する勇者の中で、複数の異能を所持する数百人しか現存しない異能力者のこと。
要するに、歴然 英人は神に選ばれた者たちなのだ。




