『4』
翌日、二日目の授業日を迎えると、一限目から剣士科の授業であった。
英人を含め剣士科の生徒たちは一度目と同じようにグラウンドに集められ、担当教員の例の話を聞いている。
「いいか貴様らっ! 今日も以前のように列を作り打ち合いをしてもらう。
ちなみに、今回は本気で打ち合って構わない。意味はわかるな?」
麗が問い掛けると、生徒たちは皆が頷いた。
普通なら打ち合いは八割程度に加減をして行うことなのだ。
いくら木刀とはいえ、勇者学校の入学試験に通るような連中が、人間相手に全力で振るったら骨折どころじゃ済まない。
「しかし、本実に限っては相手にどんな大ケガをさせようと構わない。殺す気で剣を握れ」
そう伝える彼女の傍に治癒系の異能を持った教員が佇んでいる。
いざという時は、彼女に怪我を治してもらうのだろう。
数分後、生徒たちは前回のように均等の人数で四つの列を作り、並んだ。
「構えろっ!」
麗が指示をすると、生徒たちは全員戦闘態勢に入る。
しかし、左から二つ目の列の中にいた英人は木刀を手に持ってはいるものの、構えはしなかった。
(面倒な授業だな)
そう思いながら、彼はつまらなそうにあくびをする。
英人にとって、座学ならまだしも、実戦形式の授業は学ぶべきことも、関心を抱くことも一切なく、ただ無駄な時間でしかなかった。
なぜなら、彼と同等に戦える相手がこの学校にはいないからだ。
伊達に麗の推薦を経て、勇者学校に入学したわけではない。
「では、始めっ!」
唐突に麗の声が響き渡ると、生徒たちが一斉に打ち合いをし出した。
だが、英人はまだ剣を交えていなかった。
前方に佇んでいるのは赤い髪のツインテールの少女。
彼女は木刀を構えているが、こちらに向かってはこない。
(そういえば、前回最後に打ち合った相手と同じ女じゃないか?
たしか名前はカレン・ベルージだったか)
麗曰く、彼女は学年内でかなり優秀らしい。
だが、英人が実際に戦った感触では、そこまで強くはなく、やたら目つきが鋭い凶暴な女という印象しか受けなかった。
(どうせ師匠が大げさに言ったんだろ。あの人、偶にそういうところあるしな)
そんなことを考えていると、突然カレンが英人に接近してきた。物凄いスピードだ。
だが、英人にとっては目で追えないほどではない。
「ハッ!」
カレンから振り下ろされた木刀は英人の頭部へと向かっていく。
しかし、それを彼は難なく躱した。
「っ!?」
それにカレンは驚いている様子。
以前もそうだったが、彼女は思っていることが非常に顔に出やすい性格をしているようだ。
「コイツっ!」
カレンは睨みつけながら、今度は手に持った木刀を横凪に払う。
それは前回も含めて一番速い攻撃だった。
(それでも、遅いけどな)
英人は木刀を振るい、カレンの斬撃を防ぐ。その間、僅か数コンマ。
「っ! これでもっ!?」
再びカレンは目を見開いた。
本当に表情に出やすいタイプだな。
(これは今日も時間を無駄にして終わりそうだ)
なんて思いながら、英人は大きく口をあけて、あくびをした。
すると、不意に後方から殺気。
「ハアッ!」
振り返ると、英人の目の前には既に木刀が迫っていた。
彼は反射的に自分が手にしていた木刀でそれを受け止めると、そのまま鍔迫り合いになる。
「やっと目が合ったわねっ!」
木刀を押し込みながら、カレンはニヤリと笑みを浮かべる。
(……こいつ、まだ全力じゃなかったのか)
彼女の力にやや驚くが、英人は焦らずに木刀を振り払い、一旦距離を取った。
「お前、たしかカレン・ベルージだったか?」
「あら、アタシの名前知ってるのね。昨日から話しかけても一向に返事をしなかったから、てっきり世間知らずのおバカさんだと思っていたわ」
「世間知らず? なんだ。お前ってそんなに有名なのか?」
英人の言葉が耳に届くと、カレンは眉間に皺を寄せると、木刀を構え直す。
「いちいちムカつくわねっ!」
彼女は英人へと一直線に走り出した。
しかし、それは今までのモノと速さは全く変わらない。
(なんだ。俺はこれにやられそうになったのか?)
疑問を抱きつつ、対処しようとカレンから目を逸らさずにしていると、突然彼女が視界から消えた。
「また後ろかっ!」
気配を察した英人は、後方に身体を向けると、同時に木刀を突き出した。
すると、彼の言葉通りカレンが後ろから目前まで迫っていたが、繰り出された攻撃を躱すためにバックステップし、距離を空ける。
「またアタシの全力を止めるなんて、ホントアンタ何者なの」
「お前こそなんだ。尋常じゃない動きだな」
たったいま彼女が披露したのは、異常なまでの加速。常人なら見えないレベルだ。
英人でも彼女の殺気を感じることができなかったら、確実に攻撃を食らっていた。
「これがアタシの戦闘スタイルなのよっ!」
カレンが走り出した。
寸刻たったのち、彼女は再び加速し、英人の背中へ回り込んだ。
だが、カレンが木刀を振り下ろすと、英人は先ほどとは違いそれを完全に受け止めた。
「さすがに三度目は通じないだろ。目が慣れたぜ」
「くっ! アンタやっぱり他の奴とは違うわね」
鍔迫り合いになりながら、互いに言葉を交わす二人。
そして、暫く硬直状態が続いたのち、先にカレンが動き出した。
「ハッ!」
彼女は相手に反撃の隙を与えないように、連続で斬撃を繰り出していく。
それに英人は木刀で受け止めるのが精一杯だった。
(速いな。昨日の動きとは段違いだ)
カレン・ベルージ。
名前からするに、留学生か?
日本人のレベルとは数段差があるな。強い。
だが、なんでこんな国なんかに留学してるんだ?
これほどの実力、今すぐにでも実戦で使えるだろうに。
「ちょっとなにぼーっと考えてんのよっ! ナメてんのっ!」
「ちげぇよ。見ての通り、今もお前の攻撃を防ぐのに一杯一杯だ」
「本当かしらねっ!」
より木刀を振るうスピードを速めるカレン。
しかし、それも英人は防ぎ、身体に掠らせもしない。
「ハハッ! 面白いわ。アンタ最高よっ!」
カレンはニヤっと笑みを浮かべる。
日本に来日して以来、ずっと弱い相手としか剣を交えてこなかった彼女にとって、自分と同等に戦える相手が出てきたことがよほど嬉しいのだろう。
「戦闘中に笑うなよ。せっかくの綺麗な顔がブサイクになってるぞ」
「っ! だ、誰が綺麗……ってブサイクじゃないわよっ!」
英人の言葉に動揺しつつも、カレンは一向に攻撃を止めない。
もしそうしてしまえば、一瞬で形成が逆転してしまうことがわかっているからだろう。
(このままだと分が悪いな)
そう思った英人は、カレンの繰り返される斬撃を受けると、そのまま彼女の力を流すように木刀を傾けた。
「っ!」
不意を突かれたカレンは、そのまま身体が前のめりに飛び出す。
「まずいっ!」
カレンの言葉通り、その一瞬の隙を狙って英人は木刀を横凪に払った。
体勢が崩れている彼女だが、それでもなんとか木刀で彼の攻撃を受け止める。
(甘いな)
しかし、英人は斬撃を彼女の木刀へ直撃させると、そのまま彼女の身体ごと吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
背中を地面に叩きつけられると、唐突にカレンは嗚咽感に襲われる。
呼吸が思うようにできず。苦しい。
「剣術は凄い。だが、戦闘経験は浅いようだな。攻めが単調だ」
そう言って、英人は仰向けで倒れているカレンを見下ろす。
「う、うるさい…わね。ってか、アンタホントに何者よ。アタシに一撃与えるなんて……本当に東洋人なの?」
カレンが疑念を抱くのは無理もない。
通常、アジア圏よりもヨーロッパ圏の方が勇者としてのレベルが段違いに高い。
それゆえ、アジア圏内の戦線には応援としてヨーロッパ圏内の勇者が呼ばれることが多いのだ。
「生粋の日本人だが。それよりもなぜお前ほどの実力者がこんな国に来てるんだよ」
「そ、それは……まあ色々あるのよ」
そう言って、目を逸らすカレン。
(なんだ?)
どう見ても不審な彼女を訝しげに見据える。しかし、これ以上何も話す気はないようだ。
(まあいいか。とりあえず戻ろう)
そろそろ打ち合いの終わる時間だと思い、英人は初めに立っていた位置へと足を進める。
周りは既に決着がついていて、生徒たちの中には血だらけの人もいた。
(そういえば、師匠が今日は本気で戦えとかなんとか言ってたな)
麗の言葉を思い出しつつ歩いていると、本日四度目の殺気。
「お前な、まだやる気なのか?」
呆れ顔の英人の視線の先には、いつの間にか立ち上がっていたカレンの姿。
「当たり前でしょ。勝ち負け着くまでやるのが、アタシの流儀なのよ」
瞳をギラつかせながら、カレンは木刀を構える。
「面倒くさい女だな。……じゃあ俺が負けでいいよ。だから戻ろうぜ」
「そんなこと、認めるわけないでしょうがっ!」
カレンは全力で地面を蹴り上げると、瞬間的に英人の目の前まで移動した。
そして、そのまま彼女は木刀を振り下ろした。今までで一番のスピードだ。
(くそっ。懲りないやつだな)
それに対し、英人は今までと同じように木刀を払っただけ。
だが、それは先ほどまでとは段違いに速く、強い。
「っ!」
カレンが気づいた時には、木刀は自身の手元から遥か向こうに弾かれていた。
「もういいだろ。お前の武器はもう無くなったんだし」
そう言うと、英人は口を大きく開けてあくびをする。
それはまるでカレンとの戦いがただの暇つぶしだったかのように見える。
「ふふっ、いいわ。上等よ。このアタシに二度もあくびを見せてくれちゃって……絶対に生きて返さないわ」
カレンがぶつぶつと呟いていると、突然彼女の右手に髪の色と同色の紅蓮の炎が纏わる。
それが腕をらせん状に移動し指の先端に到達すると、炎は霧散。
一瞬にして一本の剣が現れた。
「固有武器か」
英人は柄から刀身まで真っ赤に染まっている剣を眺めながら呟く。
この世界には大きく分けて二種類の武器が存在する。
一つは通常武器。
これは異能を持たない軍人などが使用するための一般的な武器だ。
そしてもう一つは固有武器。
これは異能力者のみが所持、使用を許されている特別な武器。
見かけは通常武器とさほど大差はないが、
異能力者が使うことによって、自身の異能の威力を強めることができる。
また、固有武器は既に死亡した異能力者の遺伝子を組み込むことによって生成されているので、固有武器使用者は武器に保有されている異能を使用できたりもする。
それゆえ、固有武器の殺傷能力に関しては、他の武器とは比較できないほどに高い。
「お前はアホなのか? こんな場所でそんな物騒なモノを出してるんじゃねぇよ」
「うるさいわね。アンタにムカついたから、少し懲らしめようと思ってるだけよ。悪い?」
カレンの目は明らかに冷静ではなかった。
これではいかに英人が上手く宥めようとも意味はないだろう。
「やめろよ。他の生徒が見てるだろ?」
カレンの様子を他の生徒たちが恐れるように眺めていた。
無理もないだろう。
彼女の剣からは、いつの間にか炎が溢れ出ており、時間が経つにつれてそれはみるみる範囲を広めていた。
「それがどうしたのよ。このくらいの火。掠ったところでケガなんてしないわよ」
「大火傷だバカ野郎」
こいつは一体何を考えてるんだか、と英人は呆れるが、このまま彼女を放っておいたらグラウンドが火の海になってしまうだろう。
いくら性格に難があるとしても、彼女の記章は黒なのだから。
「さあどこからこんがり焼いてやろうかしら。腕? それとも足? 全身一気に、ってのもいいわね」
「よくねぇよ。それだと俺が死んじまうだろうが」
「そんなの知らないわよっ!」
カレンは地面を足で蹴り上げると、一瞬で英人との距離を縮める。
「これでも食らいなさいっ!」
カレンが剣を振り下ろすと、英人はギリギリでそれを躱す。
しかし、剣が発している炎に掠って、英人の制服は少し焦げてしまった。
「おいっ! なにしてくれてんだよっ! これ新品だぞっ!」
制服に空いた穴を見つめながら、英人は叫んだ。だが彼女は気にも留めず、次々と斬撃を繰り出していく。
「あぶねっ!」
それを全て避けた英人はカレンの近辺にいるのは危険と判断し一旦、彼女から距離を取る。
「ちょっとっ! 逃げるんじゃないわよっ! せめて剣で受け止めなさいっ!」
「無理言うな。こっちは木刀なんだぞ。そんなことしたら丸コゲになっちまうだろ」
頭がおかしいとしか思えない。
なぜ彼女がこの学校の入試をトップで通過できたのか疑問だな。
「ならアンタも固有武器を出せばいいでしょっ!」
「俺はお前みたいに軽々しく強い武器を出さねぇんだよ。それに、そんなもんがなくてもお前ごときには余裕で勝てる」
「っ! 言ってくれるわねっ! このジャパニーズっ!」
カレンは再び英人に接近する。
それを見て、英人は木刀を構えた。
「バカじゃなのっ! 木はよく燃えるのよっ!」
バカにするように言葉を放つと、カレンは剣を横凪に払う。
すると英人はそれを難なく躱し、木刀で彼女の腹を殴打した。
「ぐっ!」
カレンは本日三度目のノックダウンを食らうと、地面に倒れながら悶絶する。
「だから言ったろ。お前には余裕で勝てるって」
悶えているカレンを見下ろしながら、英人は口にした。
「……あんた、今まで手を抜いてたわね」
「別にそんなことはねぇよ。相手に合わせて戦ってただけだ」
「それが手を抜いてるって言ってんのよっ!」
カレンは怒りを露わにする。
それも当然だ。
彼女は貴族の、勇者の娘。
それなりのプライドは持っているだろう。
しかし、いま彼女は戦いで負けるどころか、対戦相手に加減をされていたのだ。
それが彼女にとってどれだけ屈辱的なことか。
「アンタ、名前は?」
不意にカレンが英人に向かって訊ねた。
正直、あまり名乗りたくなかったのだが、場の空気的に言わざる負えない雰囲気だったので、英人は渋々口にした。
「歴然 英人だ」
「そう。じゃあ英人。アタシと模擬戦をしなさい」
カレンが言葉に出すなり、英人は額に手を当てた。
模擬戦。
それは勇者学校で実施されている実戦形式の戦闘訓練の一つであり、一対一の生徒二人によって行われる。
ちなみに、模擬戦の勝者には敗者からランクポイントを貰うことができる。
受け取れるランクポイントはランキング下位の生徒が上位の者に勝つほど高く、その逆は低い。
「嫌に決まってんだろ。なんで俺がそんな面倒なことしなくちゃならないんだ」
「あらそう。逃げる気なのね」
安い挑発だ。
英人はそんな子供騙しにみたいな手に乗ることは絶対にない。
「はいはい。じゃあ今から逃亡するわ」
「っ! ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
剣士科の生徒たちが集まっている場所へと足を進めていると、カレンは後ろから走って追ってくる。
このままだと、やるって言うまで付きまとわれるな。さて、どうしたものか。
「なんだ。どうかしたのか?」
英人が一人悩んでいると、それを見ていた麗が生徒たちを放って、彼に訊ねた。
「おい。教師が生徒を置いてくるなよ」
「気にするな。アイツらよりもお前たちの方が面白そうだ」
口端を釣り上げる麗に、英人は嫌な予感がした。
「待ちなさいってばっ!」
そんな中、カレンが怒った様相で英人たちの元へ駆け寄る。
「カレン・ベル―ジ。どうかしたのか?」
麗が興味ありげに問うた。
これはまずい、と英人が思ったのも束の間、彼が止めようとする前にカレンが答えていた。
「こいつがアタシとの模擬戦を受けないのよ」
「ほう。それは問題だな」
ニヤッと笑う麗。
最悪だ。一番知られてはならない人に知られてしまった。この後の展開は大体予想がつく。
「わかった。この私が貴様と英人との模擬戦を認めてやろう」
「おいおい、ちょっと待てよ。勝手に決めるんじゃねぇ」
英人が反論するが、麗はそれをいとも簡単に対処する。
「いいのか? もし貴様がカレン・ベルージとの模擬戦を断ったら、私から学園長に伝えて、お前の推薦での合格はなかったことにしてもらうぞ
模擬戦の一つや二つを拒むようじゃ魔獣なんかと戦えるわけがない、とでも言ってな」
「な、なんだよそれ。横暴だぞ」
「権力を使って何が悪い。貴様もこうなりたかったら、勇者として活躍し、勇者学校の教師に就職することだな」
麗はあざ笑うかのようにそう言った。
それはとても元勇者とは思えない悪魔っぷりだった。
「じゃあ決まりね。時間は明日の昼休み。場所はブレイブドームよ」
「審判には私が付いてやろう。貴様がふざけたことをしないようにな」
ふざけたことってなんだよ。
そう思いながら、英人は深く溜息をついた。