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勇者学校の狂剣士  作者: ヒロ
第一章
5/31

『3』

 新入生の剣士科の授業を終えると、とある青年が学科長室へと呼び出されていた。


 学科長とは、各学科の教員の中から主に授業方針を決めたり、行事の日程を定めたりと、所謂リーダー的な役割を担う役職のことだ。


 青年は扉の前に立つと、コンコンと二回ほどノックをする。


「入れ」


 扉越しにそんな声が耳に届くと、青年はドアノブを引いて扉を開けた。

 部屋の中は机が幾つも置かれており、その上に資料が山ほど積んであった。

 おそらく、そこから落ちたであろう数えきれないほどの紙がそこら中に散らばっている。


「すまんな。私は整理整頓が一番苦手なんだ」


 そう言って、部屋のど真ん中のオフィスチェアに座っている女性――桜花 麗は苦笑する。


「それで今日、貴様を呼んだわけだが……英人、どうした?」


 麗が不思議そうに見据える先――歴然(れきぜん) 英人(えいと)は大きく溜息をついていた。


「あのな、ちょっとは片付けろよ」


 辺りを見回すと、あちらこちら埃だらけだ。

 特に麗の目の前に配置されているデスクの上が一番ひどい。


「よくこんな場所で仕事ができるな」


 呆れる英人に、麗はムッとしたのちこう反論した。


「だ、だから今しがた謝っただろう。いちいち気にするな。それに私と英人の仲ではないか」

「ただの師弟関係な」


 英人がツッコむと、麗は話している途中で口をつぐんだ。


 今から五年前。

 英人の両親が魔獣に殺されて以降、彼は麗の弟子として、北海道の都市部で彼女と共に暮らし、対魔獣訓練に励んでいた。

 しかし、英人が十五歳となった今年、麗が第二東京エリアに設けられている勇者学校の教員に就くことになったため、彼も同じ勇者学校に通うことにしたのだ。


「別に俺は地元の勇者学校でも良かったんだけどな」


 そうぼやくと、英人はジト目を向ける。


「な、なんだ。まるで私のせいで東京に連れてこられたみたいな言い草をして」

「いや、実際そうだろ」


 麗が勇者学校の教員として誘われたとき、英人は地元の勇者学校に入学するつもりだった。

 だが、麗の必死の説得によって、彼は渋々東京の勇者学校に入ることになったのだ。


「べ、別にいいじゃないか。どこの勇者学校にいたって勇者の資格は得られるのだし。

 それに詫びとして試験免除でここに入学させてやっただろう?」

「まあ確かに、それに関しては感謝しているけど……」


 通常、倍率が異常に高い入学試験を経て、やっと勇者学校に籍を置くことができる。

 しかし、英人の場合は学科長を務める麗の推薦によって、特別に入学試験を受けずに勇者学校に入学した。

 ちなみに、これは東京第二エリアに勇者学校が設立されて以来、初めてのことである。


「そういえば、俺に用ってなんだよ? だから呼び出したんだろ?」

「あぁ、そういえばそうだったな。貴様に話したいことがあったんだった」


 思い出したかのように、麗はポンと手を叩くと、続けて話した。


「先ほど剣士科の授業があったが、誰か気になるやつでも見つけたか?」

「そんなやついねぇよ。どいつもこいつも弱すぎだ」


 英人はつまらなそうに口にすると、それを聞いて麗は苦笑した。


「そんなことはないだろう。この学校は割と優秀な人材が集まってくるはずだぞ」

「日本の中での“優秀”だろ? そんなやつら世界的に見たら雑魚も同然だ」


 英人は吐き捨てるように言った。


 日本は世界水準で見ると、勇者のレベルが非常に低い。

 それゆえ、近年、国内の最前線での魔獣との戦闘は日本の他に英国、アメリカ、インドの勇者たちに支援をしてもらっているくらいだ。


「そう言うな。日本の勇者たちも徐々にではあるが、強くはなってきている」

「さあ、俺にはさっぱりわからないが」


 そもそも自分の国を守るために、他の国に手助けを求めなければならないなんて、強さをどうこう言う以前の問題だ、と英人は思う。


「なら、カレン・ベルージはどうだ?」

「カレン? 誰だそいつは」


 英人の反応に、麗は少し驚く。

 さすがに英国の貴族の娘ことを知らないとは思わなかったのだろう。


「赤い髪でツインテールの女子生徒だ。授業の最後に貴様と打ち合いをしただろ?」

「最後? ……あぁ、いた気もするな。なんか騒がしい女だった」

「強くはなかったか? あいつはなかなかの実力の持ち主だぞ。英国出身だし、この学校にも入学試験で断トツにトップの成績を収めて入学している」

「へぇー。そうなのか」


 英人は関心がなさそうに相槌を打った。

 そんな彼に麗は諦めるように溜息をつく。


「貴様は他人に興味とか抱かないのか?」

「そんなもん魔獣を殺すのには必要ないだろ」


 英人はハッキリとした物言いで返すと、麗は心配そうに彼を見据えた。


 英人の両親が殺されてから五年が経った。

 それ以来、今まで彼と共に暮らしてきた麗だが、一つだけ危惧していることがあった。


 それは英人が両親の復讐――魔獣を殺すことだけを考えて生きていることだ。


 魔獣の死体の山の上で英人を見つけた時は、まるで死人のような瞳をしていた。

 それから麗の提案で、彼は北海道の都市部で彼女の弟子として過ごし、魔獣を倒す修行を重ねてきたわけだが、

 英人は危ういことに魔獣に関する事柄以外全く興味を示さない。

 まさに復讐のために人生を捧げていた。


「英人、これは私の経験に基づく意見だが、仲間を作らなければ魔王は殺せないぞ」


 麗が冷静な口調で諭すように伝えると、英人は一瞬目を見開いたのち、笑った。


「ハッ。どの口が言ってるんだよ。師匠は魔王を殺したじゃないか。それもたった一人で」


 三年前。

 当時、日本国内で『最強の勇者』と謳われていた麗は、政府の要請で英国内の戦闘に加わることになった。

 そして、最前線で戦っていた麗は戦況が有利になったのと同時に、敵陣に一人で突っ込んだ。

 この行為に、自国の兵や勇者たちは「頭がおかしい」「狂っている」と批判する者が多数だったが、彼女は決して死ぬことはなかった。

 何故なら、桜花 麗は世界的に比較しても圧倒的な強さを持つ勇者だったからだ。

 それゆえ、彼女はわずか一人で敵陣の魔獣を殲滅し、最終的には魔王さえも殺してしまったのだ。


「だが、その代償がこれだ」


 麗は右腕で逆の腕を掴むと、パカっと音を立てて左腕が外れた。

 彼女は魔王と戦った際に、腕を引きちぎられたのだ。

 故に、今は勇者を辞め、この勇者学校の教員に就いている。


「貴様はこうはなりたくないだろう?」


 義手を見せびらかしながら、麗は訊ねる。

 しかし、英人は全く彼女の言葉を聞こうとはしない。


「もしこの世界から魔獣を消せるなら、それも構わねぇよ」

「英人……」


 麗は腕を失くして以来、こんなやり取りを何度も交わしていた。

 だが、英人は一度たりとも彼女の言葉を受け入れたことはない。


 麗は心配していた。


 彼も自分と同じ道を進んでしまうのではないか。

 一人で戦って、一人で死んでしまうのではないかと。


 故に、彼女は願う。


 誰か英人を守ってくれる人は現れてはくれないだろうか、と。





「誰だ、こいつ」


 二日目の授業が終わると、英人は寮の自室へと戻っていた。


 今日は特にやることもないし、部屋に帰ったら一旦寝ようと思っていたのだが、なぜか目の前には、黒いローブを羽織った少女が横たわっていた。


「……すぅ」


 彼女は寝息を立てながら、キモチよさそうに眠っている。

 

 美しい少女だ。

 透き通っていると錯覚するほどの白い肌。琥珀色の髪。幼げな顔立ちなのに、思わず釘付けになってしまうほどの、豊満な胸を所持している。


「こいつ、この学校の生徒なのか」


 彼女が着用しているローブの下には、英人と同じ制服が見えた。

 胸元に身につけてある記章の色は黒。

 どうやら彼女はそこそこ強いらしい。


「さて、どうするか」


 基本、寮は一人部屋だ。

 加えて、自室での異性との交流は禁止されている。もし学校関係者に見つかったら、即退学である。


「入学初日で退学はまずいだろ。シャレになっていない」


 そう呟いたのち、英人は少女を起こそうと彼女に近寄った。


「おい、起きろ」


 耳元で声を掛けて、肩を揺すってみる。

 しかし、少女は少し顔を歪めるだけで、全く起きる気配がない。


「ったく、どんだけ熟睡してるんだよ。ここは俺の部屋だぞ」


 呆れながら溜息をつく。

 

 入学初日になんでこんな目に遭わらなければならないんだ。

 こっちは早く休みたいのに。


「仕方ない。あんまりこういうやり方は好きじゃないんだが」


 不意に英人は少女を身体ごと抱きかかえた。

 その後、扉から廊下へ出ると、そのまま少女を地面に置いた。

(たぶん部屋を間違ったんだろうな)


 スヤスヤと眠り続ける少女を見つめたのち、英人は部屋へと戻った。

 一人分のスペースを取り戻したおかげか、八畳間の自室がやたら広く見える。


「ようやく休めるな」


 英人はベッドの上で仰向けに寝転がると、そのまま目を瞑った。

 隣室から若干騒がしい声が耳に入る。


(呆れる。この学校に一体何をしに来ているんだか)


 麗も言っていたが、近年、日本の勇者のレベルは少しずつ上がってきている。

 しかしそれに伴い、他よりもやや優れている実力を身につけているからといって、軽はずみに勇者学校に入り、勇者となる者が多くなっている。

 そして、そういう奴らは戦場に出た瞬間に死ぬ。


(まあ所詮他人のことだ。どうでもいいことだが)


 そこで思考を止め、英人は完全に眠りに入ろうと試みる。

 数分後、英人が徐に意識が深い闇に包まれようとした刹那――。


 ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!



 最悪だ、そう思いながら英人はドアノブを捻る。


「どちらさまですか?」


 英人が訊ねるが、彼の視界には誰も映っていない。


(おいおい。まさかイタづらとかじゃないだろう)


 人が眠りに入ろうとする直前にノックダッシュ。これほど地味で嫌な出来事はないだろう。


「こ、ここなのですっ! ここにいるのですっ!」


 地面からの声。

 顔を下へ向けると、そこには先ほどまで英人の部屋でぐっすり寝ていた少女が佇んでいた。

 少女は身長がかなり小さいようだ。

 身長百七十センチの英人の胸あたりに彼女の頭がある。


「ど、どうか、わたしの話を聞いて欲しいのですっ!」

「断る」


 英人が即答すると、少女は目に涙を溜めながら彼の身体にしがみついた。


「ど、どうしてなのですっ!」

「人が寝ようとしている時に、扉を叩いたからだ。おかげで、目が覚めてしまった」

「そ、そんな……」


 瞳を潤ませる少女。

 もう少しで泣きそうだ。


「おい、俺の目の前で泣くなよ。まるで俺がお前をいじめているみたいだろ」

「だ、だって……は、話を聞いてくれないのですぅ……」


 突然、見知らぬ少女に話を聞けと言われて、素直に「はい、わかりました」だなんて答える人が、果たしているだろうか。


「とにかくお前、もう自分の部屋に戻れよ」

「そ、それができないのです」

「は? 自室に帰れないって、それどういうことだよ」


 なんてやり取りを交わしている内に、遠くに人影が見えた。

 制服を着ていないところを見ると、おそらく寮の管理人だろう。


「ま、まずいのですっ!」


 少女は英人と扉の隙間を通って、部屋の中に入る。

 普通ならとても通れないほどのスペースだが、彼女の小さい体が幸いしたようだ。


「お、おいっ! 何やってんだよ!」


 声を荒げつつ、管理人に視線を向けると、既にすぐそこまで来ていた。


(まずい。もし部屋の中に女がいるところでも見つかったら退学になっちまう)


 そう思った英人はひとまず扉を閉める。

 すると、管理人は彼の部屋を気に留めることはなく、そのまま通り過ぎた。


「ふう、あぶねぇ」


 英人は安堵すると、少女に鋭い視線を飛ばした。


「お前、一体何なんだよ」

「ご、ごめんなさいなのです。でも、仕方がなかったのです」


 申し訳なさそうな表情を見せる少女。

 そんな彼女に対し、これ以上怒ることはせず、英人はひとまず落ち着いて話を聞くことにした。


「何か事情があるのか?」

「そ、そうなのです。ワケありなのです」


 やはりか。

 だが、他人の部屋に勝手に押し入るなんて、一体どんな訳があるのだろう。


「じゃあ言ってみろよ。どうせそれがお前の話したかったことなんだろ?」


 英人が質すと、少女は一拍間を空けたのち、口を開いた。


「わたしの名前はシンシア・エリオットと言うのです」


 少女――シンシアはつぶらな瞳でじっと見つめる。しかし、彼女からは続きの言葉が出てこない。


「おい、自己紹介で止まってるぞ」

「はうぅ……やっぱり話さないといけないのです?」

「別に無理に話さなくてもいいが、その時はお前を外へ放り出すぞ」


 英人の言葉に、シンシアは身体をびくっと緊張させる。


「わ、わかったのです。……そ、そういえば、あなたの名前は?」

「歴然 英人だ」

「で、では英人さん。この学校には依頼(クエスト)があることをご存じなのです?」


 依頼(クエスト)

 毎日のように民間人から寄せられる依頼のことだ。

 その内容はペット探しから魔獣討伐まで様々な類がある。

 ちなみに、依頼(クエスト)は、用紙に映されて学園内に設置されている掲示板に貼られており、それを傍らに設けられている受付に提出すれば、依頼(クエスト)を受けられる。


「それがどうした?」

「わたしは数回、友達と一緒にその依頼(クエスト)をやったことがあるんです。それで全部成功させました」


 なんだこいつ。

 急に自慢話を始めたぞ。


「もしかして褒めて欲しいのか?」

「ち、違うのです。

 で、ですが、依頼(クエスト)」を成功させて以来、友達からも、そうじゃない人たちからも、ほぼ毎日『依頼(クエスト)を一緒に受けて欲しい』と言われるようになったのです」


 通常、依頼(クエスト)は複数人でやることが多い。

 そっちの方が、成功率も高いし、依頼(クエスト)成功によって得られるランクポイントも確実に貰える。

 ちなみに、依頼(クエスト)を複数人でやろうとも、単独でやろうとも、獲得できるランクポイントは変わらない。


「あるあるだな。記章を見る限り、お前は強いみたいだし、どうせ弱い奴が自分の身の丈に合わない依頼(クエスト)をクリアするために、お前を利用しようとしたんだろ?」

「っ! り、利用って……言い方には問題がありますが、そういうことなのです」


 弱い者ほどすぐに楽をしようとする。

 この世界ではよくあることだ。

 弱者ほど戦闘に入ったらすぐに背を向けて逃げようとする。

 そして、強者はそのゴミクズみたいな背中を守らなければならないのだ。


「だが、それとお前がこの部屋にいる事とどう関係があるんだよ」

「じ、実は……その友達たちに自室まで押し入られるようになったのです」

「お前に自分の依頼(クエスト)を手伝ってもらうためにか?」


 英人の問いに、シンシアは首肯する。


「情けないやつらだな。他人に頼らないと、何もできないのか」


 英人が呆れた口調で言葉に出すと、シンシアは微妙な表情をする。

 どうやら彼女も少しはそう思っている節があるようだ。


「それで、その友人たちから逃げるために、自分の部屋から飛び出したのか?」

「そうなのです。毎日扉をドンドンされて迷惑だったのです」


 まるで借金取りだな。

 だが、それだけ必死になる理由もわからなくもない。

 依頼(クエスト)は特にランクポイントが稼ぎやすい。

 なぜなら一日に数回こなすだけで、大量にポイントが得られるからだ

 そして、そのランクポイントが勇者学校を卒業してからの未来を左右する。

 成績が良ければ、その分秀逸な勇者と同じ戦場に配置されるし、死ぬ確率も少なくなる。

 勇者にはなりたくても、なるべく死にたくはない。

 この学校には、そんな矛盾している生徒が多いのだ。


「そもそもわたしは依頼(クエスト)なんて好きじゃないのです。魔獣とかいっぱい出てきますし」

「っ! お前、魔獣が出てくる依頼(クエスト)をやっていたのか?」

「? そうなのです。逆にそれ以外に何をやるのです?」


 シンシアの言葉に、英人は驚いた。

 依頼(クエスト)には様々な難易度の依頼があるが、魔獣が出現するレベルは最高難易度の類だ。

 そのため、一つ達成するだけで通常の依頼(クエスト)の三倍ほどのランクポイントが手に入る。


 そもそも、魔獣は勇者が殺すべき相手であって、勇者候補が討つ敵ではない。

 それなのに、シンシアの言い方からすると、彼女は魔獣の討伐以外の依頼(クエスト)はやったことがないよう。


「はっ。そりゃ友達もお前を欲しがるわけだな」

「な、何を笑っているのです。それとわたしの名前はシンシアなのです。お前お前、と呼ばないで欲しいのです」


 頬を膨らませるシンシアに、英人は「あーわかったわかった」と適当に返事をする。


「それでシンシア。今後、お前はどうするんだ?」

「き、昨日までは空き部屋で暮らしていたのですけど、新入生が入居してきたので、今は住める場所がないのです。昨晩だって、寮の食堂で寝ましたし」

「そりゃ大変だな」


 自分の部屋があるのに、そこで寝泊まりすることができない。

 なんのために寮に住んでいるのやら。


「だが、どのみち学校へ行ったら、その弱い友人とやらに会うんだろ? 部屋から逃げたところで同じことじゃないのか?」

「はい。なので、昨年の途中から学校には行っていないのです」


 衝撃の告白。

 なんとシンシアは不登校少女だったらしい。


「じゃあなんで未だにこの学校にいるんだよ。さっさと退学した方がいいんじゃないか?」

「そ、それも考えたのです。ですが、先生に相談したところ、却下されたのです」

「まじかよ」


 学校側が自ら退学を拒否するということは、シンシアがそれだけ優秀な人材ということか。


「ってか、シンシアって俺より年上だったんだな」

「そうなのです。でも、留年しているので英人さんとは同学年なのです」

「そ、そうか……」


 平然と口にしたシンシアの言葉に、英人は苦笑いをする。


「そ、それで英人さんに頼みたいことがあるのですが、暫くこの部屋に住ませては貰えないのです?」


 シンシアが恐る恐る訊ねると、英人は首を横に振った。


「無理だ。シンシアがいかに可哀そうなやつかはわかったが、異性を自室に連れ込むと俺が退学になる。お前も知ってるだろ?」

「そ、そうですが……」


 シンシアは顔を俯かせて落ち込む。

 しかし、英人はそんな彼女に同情することはなく、部屋の扉を開けた。


「ほら、早く出ていけ」


 英人がそう促すが、シンシアは全くその場を動こうとしない。

 それどころか、部屋の中に設置されてあるベッドに寝転がり出した。


「おい。何してんだよ」


 英人が声を上げると、シンシアは一瞬身体を強張らせる。

 しかしその後、彼女は挑発気味にこう言った。


「そ、そんな態度を取っていいのです? わ、わたしがここで大声を出したら、た、たぶんすぐに管理人さんが来ると思うのです」

「っ! まさかこんなことで脅迫する気か?」


 もし学校関係者にシンシアと部屋にいるところを見られたら、英人は確実に退学だ。

 それに加え、彼女は元々退学を拒否されているので、例えこの場を誰に見つかったとしてもリスクはない。


「あ、安全な場所を確保するためなのです。そ、そのためならわたしは何でもするのです」


 シンシアは燃え上がっていた。

 不登校のホームレス。これほど厄介な者は、なかなかいないだろ。


「……はぁ、しょうがねぇな。とりあえず、寝るならベッドじゃなくて床にしてくれ。それなら住まわせてやってもいい」

「ほ、ホントなのです!?」


 シンシアは嬉々とした表情を浮かべると、ベットから下りて、背負っていたバックから寝袋を取り出す。


「そんなものを用意していたのか」

「はいなのです。いつどこで部屋をお借りするかわかりませんから」


 そう言って、シンシアは綺麗に寝袋を床に敷いた。

 分厚い素材で、そこそこ高そうだ。


「本当にありがとうなのです」

「別に礼なんて言わなくていい。脅迫に屈しただけだ。その代わり、全力でバレないようにしろよ。この不登校女」

「わ、わかっているのです。でも、不登校女はさすがにやめて欲しいのです」


 シンシアは英人に目を向け、懇願する

 それに彼は小さく嘆息すると、


「おいシンシア。晩飯食ったか?」

「はい?」


 シンシアが不思議そうに首を傾げる。


「食堂、早く行かねぇと閉まっちまうぞ」


 そう告げて英人は廊下へと出て行った。

 寮内の食堂は学年別に分けられている。おそらく、彼女を強引に依頼(クエスト)に誘う輩もいないだろう。


「はいなのです!」


 嬉しそうに返事をすると、シンシアは彼の後ろを追うように食堂へと歩き始めた。


 こうして、英人は天才留年少女――シンシア・エリオットと同棲するハメになったのだった。


 だが彼は、彼女が稀代の天才であることはまだ知らない。


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