表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者学校の狂剣士  作者: ヒロ
第三章
29/31

『27』

 英人がジャイアントオークと戦っていること、シンシアは彼に言われた通り、怪我を負った生徒たちの治療をしていた。


「ありがとうございますですわ」


 グラウンドの校舎の傍らに位置する場所でシンシアが治療している最中、上級生の戦闘の指揮を務めていた生徒会長――姫城(ひめしろ) 瑛里華(えりか)が感謝する。


「わたしはわたしの役目をやっているだけなのです。礼は言わなくてもいいのです」


 シンシアの言葉に、瑛里華は「そうですか」と返す。


「それにしても意外ですわ。あの完全治癒(パーフェクトヒール)を持つ天才少女がこんなところにくるなんて」


 瑛里華は三年生だ。

 当然、シンシアが一年近く引きこもっていたことを知っている。


「わたしもさっきまではこんなところにくるなんて思わなかったのです。ですが、ある人のおかげで考え方が変わったのです」

「ほう。そうなのですか」


 瑛里華の言葉に、シンシアは「はいなのです」と返す。


「その人が言うには、わたしはこれからもっと命を救わないといけないのです。今ここにいる生徒の何十倍も救わなきゃいけないのです」


 シンシアは治療を終えると、立ち上がり周りを見渡す。


「これで全員治せたのです?」

「えぇ。少なくとも、ここにはもうあなたが救えそうな人はいないですわね」


 それは怪我をした生徒が全て完治したことを指す。


「よかったのです。では、わたしは行くのです」


 そう告げて、シンシアは一歩踏み出す。

 だが、その方向は――。


「ちょっと待ってくださいですわ」


 瑛里華に呼び止められ、シンシアは振り返る。


「どうしたのです?」

「あなた、そちらはまだ戦場ですわよ」


 シンシアが向かおうとしている先――そこは依然激しい戦闘が行われている。


「あなたが行く必要はないように思えますが」

「そんなことないのです」


 シンシアは即答した。

 その後、彼女はこう言ったのだ。


「わたしはわたしを変えてくれた人を助けに行くのです」


 笑顔を見せたのち、シンシアは走り出した。

 彼の元へと――。





 グラウンド西部にて、英人はジャイアントオークと戦闘を行っていた。

 しかし、彼の斬撃は当たらず、逆に四つとなったジャイアントオークの拳を避けるのに精いっぱいだった。


「くそっ! このままじゃジリ貧だ!」


 英人は四つ同時に飛んできた拳を躱し、完全形態と化したジャイアントオークを見据えて、呟く。


「ドウシタ。サキホドマデノイコイガナクナッタゾ」

「うるせぇな。こっちも色々事情があるんだよ」


 英人の足は震え、限界を迎えていた。

 それもそうだ。

 彼は固有武器――天羽々斬(アマノハバキリ)の効果で身体強化フィジカル・エンチャントをクールタイムなしに使用していたのだから。


(異能を使える回数は無理して二回ってとこか。それでこの魔獣を殺すにはどちらかの攻撃で心臓を突くしかねぇ)


 ジャイアントオークは身体が巨大なので、その分心臓の大きい。

 それを剣で刺してしまえば、ジャイアントークは確実に死ぬだろう。


(やるしかねぇか)


 英人は覚悟を決めると、剣を構え思い切り地面を蹴り上げた。

 一瞬でジャイアントオークの前に移動すると、彼は左腕の一つを切り落とそうとする。

 それを見たジャイアントオークは右腕の二つで英人を殴りにかかる。


「甘いな!」


 英人は斬撃を止め、迫ってくる拳をギリギリで避けると、その拳を蹴って心臓へと向かう。


「これで死ね」


 英人が剣を心臓に向けて一直線。

 これが決まればジャイアントオークは百パーセント絶命する。


 だが、剣先が心臓部の肌に触れた刹那、剣は刺さらなかった。


(どういうことだ?)


 英人が困惑する中、ジャイアントオークの一撃が彼の身体に炸裂する。

 十数メートル吹き飛ばされた英人は思い切り地面に叩きつけられた。


「オレノシンゾウブノハダハ、ホカノブブンヨリモカタクデキテイル。ニンゲンゴトキノケンガササルコトハナイ」


 ジャイアントオークが述べると、英人は「ハハッ」と笑った。


(心臓に剣が刺さらないとかまじかよ。だとしたら、こいつを殺すには他を全部切り落とすしかないが……)


 英人の足はすでに限界を超えていた。

 もう立つことすらできない。


「こりゃだめだな」


 英人は自身の両足を眺めて呟く。


「オイニンゲン。オマエハナゼゼンリョクヲダサナイ」


 唐突にジャイアントオークが質した。


「全力? 出してるだろうが。なに意味わかんねぇこと言ってんだよ」

「イヤ、オマエハマダゼンリョクデハナイ。カクシテイルナニカガアルハズダ」


 何かを確信しているのか、ジャイアントオークはまだ言及してくる。

 しかし、英人の返答は変わらない。


「いや、俺はもう全力を出し切ったよ。お前の勘違いだ」

「ソウカ。アクマデモソウイウノカ。マアイイ。ドウセコレデオマエハシヌ」


 ジャイアントオークは四つの拳を全て振り上げると、英人に狙いを定める。

 その後、一気に振り下ろした。


(さすがにこれは避けられねぇな)


 そう諦めた瞬間、不意に英人の身体が別の場所へと移動した。

 誰かに運ばれたのだ。

 おかげで拳は一つも当たらずに済んだ。


「ちょっと、なに勝手に死のうとしてんのよ」


 英人が顔を上げると、魔獣と戦っていたはずのカレンの顔が映った。

 どうやら彼女が英人を助けたようだ。


「お前、魔獣はどうしたんだ?」

「もう全部殺したわ。それに魔獣の数も結構減ってきたしね」


 周りを見渡すと、カレンが言った通り魔獣の数は四十弱とかなり減っていた。


「もしかしたら、あの回復の子で戦闘の効率がよくなったのかもね」


 回復の子――シンシアのことだろう。

 彼女が負傷した生徒をすぐさま完治させることで組織としての戦闘力が常時落ちず、戦況を優位に進めているのかもしれない。


「なるほどな。じゃあこの状況は引きこもりのおかげってことだ」

「アンタが助かったのはアタシのおかげだけどね」


 そう言ってカレンが微笑すると、英人もニヤッと笑った。


「そうだな。ありがとよカレン」

「えぇ……じゃあアタシはアイツを相手しに行ってくるわ」


 カレンは二本の剣を構え、ジャイアントオークと対峙する。

 しかし――。


「いや待て。ぶっちゃけ、お前じゃ無理だ。さっきもそうだったろ」

「ちょっと。人がやる気になってるのに、なんでそういうこと言うのよ」


 ジト目でカレンが見つめるが、英人は構わず話す。


「俺がやる。足を潰す覚悟をすれば、もう一回くらい異能は使える」

「ちょっと待ちなさいよ。それこそ無謀だわ」


 剣を支えにして立ち上がる英人に、カレンはそう訴える。


「だが、あいつを止めないと。きっと生徒が大勢死ぬぞ」

「それはそうかもしれないけど……」


 ジャイアントオークを殺せる確かな方法が見いだせないまま、英人は『身体強化フィジカル・エンチャント』を使おうとする。


 その時だった。


完全治癒(パーフェクトヒール)


 不意に後方から聞き覚えのある声が聞こえた。

 英人が振り返ると、足元でシンシアが彼の足を治療していた。


「シンシア! お前、なんでこんなところにいるんだよ!」

「英人さんがお困りのようだったので戻って来ちゃいましたのです。あと、わたしは本物なのです」


 シンシアの言葉に一瞬理解できなかったが、おそらく分身のことを言ってるのだろう。

 そしていま英人を治療しているのは、シンシア本人だと。


「シンシア、わかってるのか。あいつはおそらくお前の仲間を殺した……」

「わかってるのです。だから戻ってきたのです」


 英人が話し終える前に、シンシアが答えた。

 彼女の瞳には迷いはないように見える。

 覚悟を決めて来たのだろう。


「それに、わたしが戻ってこなければ英人さんは死んでいたかもです」


 治療を終えると、シンシアは二ッと笑った。

 英人の足は既に完治している。

 それに気づくと、英人も小さく笑う。


「確かにな。でも、これでまた戦える」


 英人はしっかりと両足で立つと、剣の柄を両手で握り、ジャイアントオークと再び対峙する。


「ちょっと英人。怪我を治したのはこの子でも、助けたのはアタシだからね」


 横からそう言ってきたカレンの右手には炎神剣(グラム)、左手には女神剣(フロッティ)が握られていた。

 戦う気満々のようだ。


「死んでもしらないからな」

「いいわよ。だってアタシはアンタとパーティーなんだから」


 ニヤッと笑うカレン。

 どうやら死ぬ気はないようだ。それだけ英人のことを信頼しているのだろう。


「待ってくださいのなのです」


 不意に後方からシンシアの声。

 英人が振り返ると、彼女は再び足元にいた。

 そして、すぐに立ち上がる。


「いま持続的な回復の異能を使用したのです。これで英人さんは暫く足に負担をかけても問題ないのです」


継続回復(コンティニューヒール)

 使用した部分を五分間回復し続ける。

 これによって、五分の間は負傷してもすぐに傷が癒える。


「お前、そんな異能も持っていたのか」

「はいなのです。一応、神に選ばれた者たちゴッド・ストレンジャーなのですから」


 シンシアは遠慮がちに返す。

 だが、シンシア・エリオットは天才として勇者学校に入学してきた。

 そんな彼女が神に選ばれた者たちゴッド・ストレンジャーなのは当然のことである。


「ふんっ。なにが異能二つ持ちよ。戦ったらきっとアタシの方が強いわ」


 カレンは横で妬ましそうに呟く。


「ありがとなシンシア」

「いえいえなのです」


 そんなやり取りを終えると、英人はジャイアントオークを見据える。


「マサカイチネンマエノショウジョガイルトハナ。アノトキハコロシソコネタガ、コンドハカクジツニコロス」


 ジャイアントオークは英人の後方――シンシアを見据える。

 ジャイアントオークはシンシアのことを覚えていたようだ。


「おい化け物。そろそろ腕が四本もあるのは面倒だろ。重そうだし。特別に俺が斬ってやるよ」


 英人はジャイアントオークを睨みつける。


「フッ、ヤレルモノナラヤッテミロ」


 ジャイアントオークは腰を据えて、戦闘態勢に入る。

 それを見て、英人も剣を構えた。


「カレン。お前は遠距離から支援を頼む」

「えっ! なんでよ! アタシだって……っ!」


 英人の瞳を見て、カレンは途中で言葉を飲んだ。

 今の彼からは異常なほどの殺気を感じる。


「悪いな。あいつは俺が殺したいんだ」


 英人の言葉を聞いて、カレンは「わかったわ」と返す。

 その後、彼女の身体の周りに真っ赤な炎が纏う。


「でも危ないと思ったら、アタシも行くからね」

「はいよ」


 そう返し、英人は身体強化フィジカル・エンチャントを使う。

 そして、地面を蹴り上げた。


「マタオナジヨウナコウゲキヲ。ソンナモノオレニハキカナイ」


 一直線に飛び込んでくる英人に対し、ジャイアントオークは右側の二つの拳を打つ。

 だが凄まじいスピードで飛んでくるそれを英人は身体を捻り、スレスレで躱す。


「アマイナ」


 今度は左側の拳が二つ飛んできた。

 これは避けることができない。

 しかし、英人は回避行動せず剣で片方の拳を切り落とした。


「グハッ!」


 切られた部分を押さえ、ジャイアントオークが苦しむと、英人は残った一本の左腕に乗る。


「どうした? 顔色が悪いぜ化け物。腕が一本失くなって身体が軽くなったんじゃないのか?」


 あざ笑うように訊ねる英人。

 それにジャイアントオークは問い返した。


「オマエ、ナゼサッキヨリモハヤクナッテイル」


 英人の動きは最初よりも速くなっていた。

 それも格段にだ。

 それゆえ、たったいまジャイアントオークは腕を一本失ったのである。


「そりゃ簡単な話だ化け物。異能を使用するにも力加減があってな、回数を増やそうと思うと常に全力ってわけにはいかないんだよ」


 英人の異能――身体強化フィジカル・エンチャントは身体能力を本来の数十倍に引き上げる力。

 だが、増幅を大きくすればするほど身体への負担が大きくなる。

 ゆえに、ジャイアントオークと戦闘している際、英人は全力で戦うことができなかったのだ。

 もし身体強化フィジカル・エンチャントで身体能力を限界にまで上げて、異能の制限時間内に魔獣を殺しきれなかった場合、英人は動けなくなり確実に殺されるからである。


「だがな、今回は常時全力で戦える」


 なぜなら、シンシアの継続回復(コンティニューヒール)より、英人の身体は常に回復しているからだ。


「ただし、シンシアの異能の時間内、五分間だけだけどな」


 そう言ったのち、英人はジャイアントオークの腕を蹴り出し、一瞬で全ての腕を切り落とした。

 それは魔獣にも人間の目にも見る事さえできない異常なほどの速さだった。


「ガァァァァァァッッッ!」


 全ての腕を失ったジャイアントオークは悶え、苦しみ、倒れた。

 英人はジャイアントークの腹に乗ると、瀕死状態のジャイアントオークに一つ訊ねた。


「おい化け物。お前、一年前あいつの仲間を殺したんだよな」


 あいつ――シンシアのことだ。


「アァソウダ。ソレガドウシタ」

「じゃあお前なんでシンシアを殺さなかった? いくら必死で走っていても、人間の足でお前みたいな魔獣から逃げ切れるわけがねぇ」


 英人はずっと疑問に思っていた。

 一年前、シンシアは依頼(クエスト)で仲間を犠牲にしてジャイアントオークから逃げた。

 だが、それはおかしいのだ。

 英人のような身体能力を上げる異能を持っているなら別だが、シンシアは治癒系統の異能しかない。

 そんな彼女が魔獣から逃げ切れるなんて、どう考えても不可能なことである。


「どうした化け物。答えろよ」


 英人はジャイアントオークを見下し、睥睨する。

 だが、ジャイアントオークは嘲笑するようにこう答えた。


「ソンナコトヲ、オマエニオシエルヒツヨウハナイ。ハヤクコロセ」

「ほう。どうやっても教えない気か。だがいいのか? お前の態度次第では、シンシアの異能を使って助けてやってもいいんだぞ」


 それが耳に入ると、ジャイアントオークはフッと軽く笑った。


「ドウセオマエハ、オレガスベテハンシタアトニコロスツモリナンダロウ。バレバレダコゾウ」

「チッ、化け物が」


 ジャイアントオークが言った通り、英人はジャイアントオークが一年前のことについて話したあと、殺すつもりでいた。

 だが、相手にはバレていたようだ。


「ダガ、オレノイウコトヲヒトツキイテクレレバ、オシエテヤッテモイイ」

「は? ふざけるなよ化け物。なんでテメェが条件提示してんだ。立場をわきまえろよ」


 英人の目は瞳孔が開いていなく、一切の光も宿っていない。

 完全な復讐者の瞳をしていた。


「ソウサッキヲダスナ。カンタンナコトダ。オマエガカクシテイタチカラヲミセテホシイ」


 戦闘中、ジャイアントオークが一度だけ問うていた。

 なぜ全力を出さないのかと。


「全力? 今出しただろうが。だからお前はこんな姿になってんだろ」

「イヤチガウ。タシカニオマエハサイショチカラヲオサエテイタヨウダガ、ソレトハマッタクベツモノノチカラガアルンダロウ」


 依然、ジャイアントークは英人にまだ隠された力があると思っているよう。

 それに英人は諦めるように嘆息をつく。


「それを見せたら、本当に話すのか。一年前のこと」

「アァ、ヤクソクシヨウ」

「嘘だったら、今度は足を斬ってやるからな」


 そう言ったのち、ジャイアントオークの条件を承諾し、英人はまだ見せてない力を使用した。

 その彼の姿にジャイアントオークは目を見開き、こう呟いた。


「ソウカ、ソウウイウコトダッタノカ」


 その後、英人はジャイアントオークに言った。


「さて、じゃあ聞かせてもらおうか」


 約束通り、ジャイアントオークは英人に一年前のことを全て話した。

 そして、英人は容赦なくジャイアントオークを殺した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ