『24』
受付からシンシアの話を聞いたのち、英人はカレンと共に依頼を遂行していた。
佐渡島。
新潟県西部に位置する島で、式根島や九ノ神島のように魔獣の残党が残っている島だ。
「ったく、なんでアタシはこんなことしてるのかしら」
文句を言いながら、カレンは魔獣の残党――リトルオークを次々と斬りつけていく。
そのせいで彼女の身体も周りの地面も血まみれだ。
「お前、もう少し上品に殺せないのか」
「なによそれ。英人が森の中で異能は使うなとか言うから、仕方がなく斬撃で我慢してるんじゃないの」
「それはそうだが、お前いつもそんな殺し方してないだろうが」
英人はそう言うが、カレンは全く耳を貸さない。
普段の彼女は、制服が汚れるのを好まずなるべく血を浴びないように魔獣を殺すのだが、今回は違った。
血が噴き出しやすい部位を斬りつけて、それはまるで何かのやつあたりをしているようだった。
「いいのよ。殺してしまえば一緒でしょ。それにアンタの方がアタシより血まみれよ」
カレンが言った通り、英人の身体は赤黒い血がベットリと付いていた。
「俺はいいんだよ。こういう殺し方しかできないんだからな」
剣を振るい刀身に付いた血を落とすと、彼は森の奥へと進む。
それに続くように、カレンも歩き出した。
「それにしても、リトルオークばっかでつまらないわね。もっと強い魔獣は出てこないのかしら」
「そういうことは言うな。また前みたいな状況になったらどうするんだよ」
以前――英人たちは式根島にて、Aランクの魔獣、数十体に襲われた。
その時、カレンは対魔獣恐怖症を引き起こしたのだ。
「その時は全員アタシの炎の餌食にしてあげるわよ」
「お前、森の中で異能使用する気満々だな。まあ本当にそうなったら異能を使わざるを得ないが」
何体ものAランクの魔獣を英人たちが素で戦って勝つのは不可能に近い。
異能を使用しないと、確実に死ぬだろう。
そんなやり取りをしてたら、英人たちの目の前に十数体のリトルオークが現れた。
「またリトルオークなのね……」
「文句を言うな。いくぞ」
英人が自身の固有武器である剣――『天羽々斬』を鞘から抜くと、続いてカレンも固有武器『炎剣』と『女神剣』二本の剣を構える。
その後、二人は同時に駆け出した。
「身体強化」
英人は異能を使用し身体能力を増強させると、物凄い速さで魔獣たちを切り裂いていく。
すると、魔獣たちは次々と体から血飛沫を上げて倒れていく。
「ちょっと。あんただけ異能使ってずるいわよ」
「俺の異能は安全だからいいんだよ。お前のやつは島ごと燃やしかねないだろうが」
英人がそう返すが、カレンは不満げな表情を見せる。
「もういいわ。こうなったら異能を使わずにあんたより魔獣を討伐してやるわよ」
そう言ったのち、カレンは二本の剣で数体のリトルオークを斬りつけていく。
リトルオークたちは悲鳴を上げ、絶命していく。
「まあこんなものね」
死体を眺めながら、カレンは呟く。
「そっちは終わったか?」
英人がやや離れた位置から訊ねると、カレンは「終わったわ」と答えた。
「もうこれで全部殺したのかしら?」
「あぁたぶんな。だが念のためもう少し島の周りを……」
話している途中、突然英人の携帯が鳴った。
「なんか鳴ってるわよ。彼女かしら」
「ちげぇよ、師匠からだ。つーかお前は中学生か」
そうツッコむと、英人は通話のボタンを押し、携帯を耳に当てる。
「どうした師匠」
『英人か。ちょっとやっかいなことになったから今すぐ学校へ戻れ』
「やっかいなこと?」
一体なんだろうか。
師匠の義手が無くなったとか。それで魔獣に間違われてるとか。あり得なくもないな。
『魔獣の集団が勇者学校に襲撃してきた』
麗の言葉に英人は驚く。
彼女の声を聞く限り、どうやら冗談とかではないらしい。
「おい、それまじかよ」
『あぁ。DランクからAランクの魔獣が七十……いや八十はいる。対抗しようにもこっちの数が足りないんだ。今すぐ戻って来い』
それだけ言って麗からの通話は切れた。
だいぶ切羽詰まっているようだ。
「どうしたのよ英人」
何も知らないカレンが訊ねる。
「カレン、今すぐ学校に戻るぞ。緊急事態だ」
「え、何があったのよ」
「学校に魔獣が侵入した。それも八十体」
それを聞いて、カレンは目を見開く。
その後、一瞬で彼女の目つきが変わる。戦闘者、勇者のそれだ。
「わかったわ。早く戻りましょう」
そう返事をしたのち、カレンは英人の制服の袖を掴む。
すると英人は手に持っていた転移用紙を破り、二人は白い輝きへと包まれた。
☆
「これはさすがにまずいな」
麗の視線の先――グラウンド内には多数の魔獣が生徒を襲っていた。
今はなんとか教員たちが生徒を守っているが、それもいつまで持つか。
このままだと、学校もろとも生徒も教員も全滅なんてこともあり得る。
「全く。何故こういうときに理事長が留守なのだか」
本日、東京第二エリアの勇者学校の理事長である唯香は、他の勇者学校で各学校の理事長たちと会議を行っている。
彼女さえいれば、現状はもう少しマシになっていたかもしれない。
「こちらの数は教員が五十名程度。あっちは魔獣が……百体。最初よりも増えてるな」
敵の数が味方の倍。
かなりの劣勢だ。
他の勇者学校や東京エリアを担当している勇者にも救急を要請したが、こちらに着くまでに一時間程度はかかるだろう。
「仕方がない。とりあえず、英人が来るまで私が食い止めるしかないか。この腕でどこまでできるかわからないが」
そう呟いて、麗は鞘から剣を取り出した。
英人と同じように日本刀をモデルにしているが、柄と刀身は黒で統一されている。
「さて、いくか」
麗の表情が勇者のそれに変わり、魔獣の群衆に向かおうとすると、不意に何者からか声をかけられた。
「麗様。わたくしもご助力致しますわ」
麗が首を巡らすと、そこには勇者学校の制服を着た金髪の少女が佇んでいた。
雪のように白い肌。見つめると吸い込まれてしまいそうな神秘的な青い瞳。巨乳。
その日本人とは思えない容姿に加え、貴族のような雰囲気を身に纏っている。
「姫城 瑛里華。久しぶりだな」
「お久しぶりですわ、麗様。学校では会う機会がほとんどありませんでしたから」
姫城 瑛里華。
勇者学校三年。
生徒会長であり学年ナンバーワンの成績を持つ。彼女の戦闘力は勇者のそれと全く引けを取らない。
「それより姫城 瑛里華。助力というのは具体的に何をしてくれるんだ」
「上級生の『カラー』が黒の生徒をわたくし含めて二十名ほど連れてきましたわ。麗様が指示を出して頂ければわたくしたちはその通りに行動しますわ」
「ほう。それは有難いな。では、貴様たちは下級生の生徒を最優先で守れ。あいつらの方が死ぬ確率が高いからな」
麗が命令を下すと、瑛里華は「はい」とかえしたのち、この場から離れ下級生の元へと向かった。
「さて、今度こそいくか」
グラウンド全体を見据えて、一番劣勢な部分を探す。
そして、何十人の生徒を教員一人で守っている場所を見つけると、麗は思い切り地を蹴り上げた。
「死ね」
一瞬で目的地まで着くと、まずは四メートルほどの魔獣をニ十体ほど切り裂いていく。
その後、目に見えない速さで体長、ランク構わずに魔獣を殺していく。
それは見ていた生徒たちや教員を唖然とさせるほどの速く美しいモノであった。
「チッ、やはり片手では本来の力の半分も出ないか」
そう苛立つ麗だが、既に生徒たちと教員の周りに魔獣はいない。
あるのは数十体の死体のみだ。
「さて、次はどこへいく……!」
再びグラウンドを見渡すと、麗はあることに気付く。
(おかしい。魔獣の数が減っていない。それどころか……増えている)
殺したのにも関わらず、魔獣が増加している。これは明らかにおかしい。
そもそも。魔獣たちはどうやってこの学校に侵入したのか。
ここは戦場からかなり離れた場所に位置している。
ゆえに、魔獣が襲撃してくるにしても学校に着く前に都庁から連絡がくるはずなのだ。
そのはずなのに、今回は危険を伝える知らせが来なかった。
ということは、答えは一つしかない。
(何者かが、この勇者学校に直接魔獣を送り込んでいる)
「あらあら、こんなに私の仲間が殺されてしまって。可哀そう」
不意に後方から声が聞こえる。
麗が振り返ると、見知らぬ美しい少女が笑みを浮かべていた。
赤い瞳、白髪の長い髪。
色白というよりは生気が感じられないほど真っ白な肌。
美少女ではあるが、とても人間とは思えない容姿だ。
「こんにちは。私は魔獣を従える魔獣の中で頂点に位置する存在――魔王エヴァドニ・サターニャと申します」
「っ!」
彼女の言葉を聞いて、麗はすぐさま剣を構える。
「そんなに恐い表情をしないでください。私はただ挨拶をしにきただけなのですから」
「挨拶? それはもしやこの大量の魔獣も挨拶と捉えていいのか?」
「はい。本日、私は挨拶代わりにこの学校を潰しにきたので」
この発言から察するに、方法は不明だが魔獣を送り込んできたのは彼女のようだ。
それに――。
「貴様、魔王とか言ったな」
「はいそうですよ。私は正真正銘の魔王です」
「ほう。なら、実力を確かめてやる必要があるな!」
突然、麗はエヴァドニに向かって走り出すと、急激に加速し、あっという間に彼女との間合いを詰める。
「ハッ!」
麗が手に持っていた剣を振り下ろすと、エヴァドニはいとも容易くそれを受け止めた。
だが、彼女の手の平からは血が流れ腕にまで伝い、落ちる。
「なかなかやるな。魔王というのはあながち嘘ではないのかもしれない」
「嘘? 私は嘘なんてついていませんよ。それよりあなたこそ魔王である私に血を流させるなんて、褒めて差し上げます」
互いに笑みを浮かべながらも、相手の出方を探る両者。
このたった一回の交わりで、二人とも相手が強者であることを理解したのだ。
それゆえ、闇雲に戦っても勝てない。
「これは少し私も本気を出さないといけないな」
そう言ったのち、麗は一旦エヴァドニから距離を空けた。
「どうしたのです? まさか逃げるおつもりですか?」
「そんなことはしないさ。ただ私の異能は少し面倒でね。この距離だからこそ威力を発揮できる」
剣を構えると、麗は腰を深く据える。
そして――。
「『速斬』」
一瞬で接近し、エヴァドニの身体を切り裂いた。
その間、わずか数コンマ。
「少しはやるかと思ったが、意外とそうでもなかったな」
バラバラになったエヴァドニの身体を眺めながら、麗は呟く。
その後、頬に付いた血を拭った。
(さて、次はどこへ向かうべきか)
最初と同じように劣勢である戦場を探す。
だが、不意に後方から殺気を感じた。
「っ! なんだ!」
急いで振り返ると、今しがた殺したはずのエヴァドニが麗に向かって拳を撃ち出していた。
それを麗は瞬時に剣で受け止める。
「甘いです!」
だが、エヴァドニの攻撃の威力は麗の予測よりも遥かに高く、彼女は剣ごと吹っ飛ばされてしまう。
「ぐはっ!」
麗は身体を地面に叩きつけられ嗚咽する。
「貴様……なぜ生きてる」
麗の問いに、エヴァドニはあざ笑うように答えた。
「簡単なことです。私はあの程度の攻撃では死なないからです」
エヴァドニの言葉に麗は疑念を感じる。
あの時、たしかにエヴァドニの身体はバラバラになっていた。確実に死んだはずなのだ。
それなのに、いま彼女の身体には傷一つすらない。おかしい。
(……まさか)
「貴様、再生できるのか」
「あら、もうわかってしまったのですか。つまらないですね」
エヴァドニはあっさりと認めた。
それに麗は驚く。
「再生できる魔獣がいるなんて……そんなの聞いたことがない」
「それはそうでしょう。なんせ私しかいないのですから。それと私は魔王ですよ」
自身に指を指して、可愛らしくそう口にするエヴァドニ。
再生ができる魔獣。
それが事実なら、エヴァドニが魔王であることは納得できる。
「くっ……現役を退いてまで魔王と戦う羽目になるとはな。私は呪われているのか」
麗は不満を漏らしながら立ち上がると、剣先をエヴァドニへと向けた。
「あら、まだ戦うのですね」
「当然だろう。この場で貴様に対抗できるのはおそらく私だけだからな」
麗の言葉を聞いて、エヴァドニはクスッと笑った。
「私に対抗? あなたにそんなことができるとは到底思えませんが」
「さあ、それはどうかな」
そう言った刹那、麗の姿が消えた。
「っ! 一体どこへ!」
エヴァドニが辺りを見回すと、ふとあることに気付く。
視線を落とすと、右腕がないのだ。
そして、傷口からは大量の血が溢れ出ていた。
「こっちだ、自称魔王」
エヴァドニの後方――麗は彼女の右腕を手に持って言った。
麗が使用したのは、つい先ほどエヴァドニの身体を切り刻んだ異能――『速斬』
この異能は、対象に凄まじいスピードで斬撃を与える力。その上、使う回数が増えれば増えるほどその速さも上昇する。
但し、速さの増加は十段階まで。
「どうだ? 貴様の相手くらいはできそうだと思わないか?」
麗が嘲笑するように問う。
「この人間風情が……」
エヴァドニがそう言ったのち、再度二人は戦い始めた。
それは常軌を逸しているほどの高度な戦闘であった。