『23』
「こいつまた……」
一日が終わり、英人が自室に帰ると、部屋のど真ん中で堂々とシンシアが寝転んでいた。
ローブのフードを深く被り、一定の層には人気が出そうな姿だ。
英人はロリコンではないので関係のないことだが。
「おい、こんなところで寝るな。起きろ」
そう呼びかけるが、シンシアは全く起きる気配がない。
早々にしびれを切らした英人はまたいつかと同じようにシンシアの真上にバッグを準備する。
その後、バッグを落とした。
だが、ギリギリでシンシアが避け、以前のように直撃することはなかった。
「ま、また何をするのです! 殺すつもりですか!」
「なんだよ、起きてたのかよ。なら、いつまでも寝てるんじゃねぇ」
「わたしは試していたのです。わたしが寝ている時に英人さんがなにをするのか。そしたら、また危ないことをして。ホント困った人なのです」
シンシアは頬を膨らませてプンプン怒る。
こいつ、居候の身で毎回よくこんな態度取れるよな。
そう思いつつ、英人はいつものように着替えを始めた。
「そういえば、今日実戦形式の授業をやっていたのです?」
「あぁ、そうだが。つーか、なんで知ってんだよ。お前、まさかまた勝手に外に出たのか?」
シンシアの存在は教員には既にバレている。
だが、生徒たちは依然知らないままだ。
それゆえ、彼女が外出するにはまだリスクがあるのだ。
その一方、そんなに外に出たいんなら学校に行けよ、と英人は思ったりもするのだが。
「違うのです。わたしはこの部屋から見たのです。この部屋の窓からはちょうどグラウンドが見えるのです」
勇者学校の寮はグラウンドのすぐ傍に建設されている。
ゆえに、シンシアの言っていることは真実だ。
「そういえばそうだったな」
「はいなのです。それで、授業を見ていて一つ気になったことがあったのです」
「? 気になったこと?」
意外な展開に英人は驚く。
まさかシンシアから戦闘について疑問を抱かれるとは思ってもみなかった。
「なんだ。その気になったことって」
英人は部屋着に着替え終えると、ベッドに座り訊ねた。
「えっと、英人さんってなぜ全力で戦わないのです?」
「そりゃ戦場じゃないからな。そんなところで本気出してどうするんだよ。
だが、今日の二人目は全力で戦ったはずだぞ」
「そんなことないのです」
英人の言葉をシンシアはすぐに否定した。
それに彼はやや動揺する。
「二人目の女性の方と打ち合いをした時だって、英人さんは全力で戦っていなかったのです。それに、相手の方も」
英人は言葉が出てこなかった。
シンシアが言っていることは本当だ。
授業の際、英人も麗も一度も全力を出していない。
だが、それには訳があるのだ。
現在、麗は左腕を失くしている。
もし英人がそんな彼女に本気で挑んで万が一勝ったところでそこには何の意味もないだろう。
それどころか師匠としてのメンツをつぶしてしまうだろう。
対し、麗の場合は片腕の自分が全力で弟子とぶつかり勝ったとしても英人に良い影響があるとは思えない。
平たく言えば、お互いに気を遣っているのだ。
そして、これも師弟愛の一つなのだろう。
「まあ色々理由があんだよ。お前は知らなくていいことだ」
「ひどいのです。ルームメイトなのですから教えてくれてもいいのになのです」
ぶーぶーと文句を垂れるシンシア。
「誰がルームメイトだ。お前は居候だろうが」
英人が睨みつけると、一瞬でシンシアは静かになった。
その後、やや間が空いたのち、今度は英人から話しかける。
「そういや聞いたぞ。お前、不登校になる前の依頼でAランクの魔獣が出たらしいな」
英人の問いにシンシアは驚いて目を見開いたのち、悲しげに顔を俯けた。
「それも剣士科の学科長から聞いたのです?」
「あぁそうだ。別にこっちから聞いたわけじゃないんだが、あっちが一方的に教えてきたんだよ」
「そうなのですか……」
シンシアがポツリと呟くと、風で部屋の窓がガタガタと揺れた。
この部屋の窓、結構ボロかったんだな。
そんなことを思いながら、英人は問うた。
「なあシンシア、その時何があったか聞いてもいいか?」
訊ねると、室内に暫く沈黙が流れる。
ふと廊下には生徒たちの楽しげな声が聞こえてきた。そして、彼らが通り過ぎたところで英人は断念する。
「わかった。お前が言いたくないのなら、もう訊かねぇよ」
「……ごめんなさいなのです」
「謝ることじゃねぇって。こっちこそ悪いな。また部外者が余計なことをして」
そう言った後、英人はベッドに横たわった。
シンシア・エリオットにとって、彼女が受けた依頼は、英人にとっての家族を失った日と同じなのかもしれない。
もしそうならば、シンシアから情報を聞き出すのは不可能だろう。
そんなことを考えながら、英人は暫し眠りについた。
☆
翌日の放課後、英人はカレンと共に掲示板を見て依頼を探していた。
というのも、シンシアを無理に説得しようとしても彼女の引きこもりが治る可能性は皆無なので、それなら気分転換に依頼を受けようと考えたのだ。
英人としては、本当は一人で依頼を受けたいのだが、パーティーを組んでしまったカレンと一緒でないと依頼書を出したところで受付に断られてしまう。
ゆえに、渋々カレンを連れてきたのだ。
「英人、今日はどんな依頼を受けるのかしら?」
「適当だな。特に決めてねぇよ」
学内での強さを示す『カラー』が黒の英人とカレンならば、学校の依頼レベルであればどんなモノでも容易く完遂できるだろう。
「そう。ならこういうのはどうかしら?」
カレンは掲示板に貼られている一枚の依頼書を指さす。
英人がそれを見ると、内容はこんな感じだった。
依頼内容:迷子の犬の捜索。
学校周辺の町で散歩中、私は飼い犬のジェシーとはぐれてしまった。
どうか見つけて欲しい。
報酬は遊園地のチケット二枚。
「なんだよこれ」
「なにって、依頼よ」
それは英人もわかっていた。
だが、内容があまりにも平和的過ぎる。
チラリと依頼書に貼られているシールの色を見ると、灰色。
一番難易度が低い依頼だ
「却下だ」
「なんでよ!」
カレンが声を上げると、それを聞いた周りの生徒の視線が一気に集まる。
「おい、急にデカい声出すなよ」
「そんなことはどうでもいいのよ。なんでこの依頼はダメなのよ」
怒りを露わにするカレンに、英人は呆れるように額に手を当てる。
「簡単すぎるだろうが。俺らが受けるような依頼じゃない」
「でも、受けれないわけじゃないでしょうが」
「こういうのは、まだ魔獣と戦えないやつらが受けるんだよ。俺らはもう何回も魔獣と対峙してるだろうが」
それに魔獣と戦う依頼を受けた方が、より多くのランクポイントが手に入る。
それによって、英人の学内のランキングもまた幾らか上がるのだ。
「別にいいじゃない。たまにはこういうのも受けても」
「ダメだ」
「なによ、ケチ」
難易度の低い依頼を受けないだけで、やたらと文句を飛ばしてくるカレン。
(この赤髪ツインテールめ……)
しかし、なぜカレンはこんなにも難易度の低い依頼を受けたいのだろうか。
そんな疑問を抱いた英人は、本人に訊いてみることにした。
「カレン。なんでお前はこの依頼を受けたいんだ?」
「えっ、えっとそれは……」
カレンは目を泳がせながら言葉に詰まる。
どうやらなにか隠しているようだ。
(なら余計にこの依頼は受けられないな)
「まあいい。とりあえず依頼はこっちにするぞ」
英人が掲示板から剥がしたのは、魔獣の残党狩りの依頼。
シールは黒。
英人たちがいつも受けているモノと同じような依頼だ。
「えぇ! なんでよ!」
「当然だろうが。迷子の犬よりも魔獣の方が人間の脅威なんだよ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
まだ迷子の犬の依頼を諦めきれいない様子のカレン。
だが、英人は構わず自身が手に持っている依頼を受付に出した。
「歴然 英人様、カレン・ベルージ様ですね。依頼内容ご確認させていただきました」
いつも変わらぬ受付の対応。
英人はたまにロボットがやっているのでは、と思うこともある。
「ありがとうございます」
そう言って、英人はハンコ付きの依頼書を受け取ると、ふとあることに気付く。
「あの、一つ訊きたいことがあるんですがいいんですか?」
「はい。なんでしょうか」
英人の問いに、受付はそう返した。
どうやら受付はロボットではなかったようだ。まあ当然のことだが。
「昨年、シンシア・エリオットが受けた最後の依頼について、教えてくれませんか?」
勇者学校の受付は生徒が受けた依頼を一つ一つ記録している。
ゆえに、シンシア・エリオットが不登校の要員となった依頼についての記録も当然残っているはずだ。
「教えるというのは、内容を教えればいいのでしょうか?」
「はい。お願いします」
英人が頼むと、受付は「わかりました」と答えたのち、傍に置かれているノートパソコンを操作し出した。
おそらくシンシア・エリオットが受けた最後の依頼について調べてくれているのだろう。
これでようやく、シンシアがなぜ不登校、引きこもりになったのかがわかる。
数分後、受付は依頼について詳細な情報を開示してきた。
全てがわかったのだ。
しかし、それは英人が想像していたよりもずっと残酷なものであった。
☆
勇者学校の校門前。
大量の魔獣たちが校舎を見据えていた。
「コレヨリ、ワガオウノメイヲジッコウニウツス」
彼らを率いているジャイアントオーク――ドリオが宣する。
傍らには警備をしていた教員の数人の死体。
それに加え、彼らを目撃した民間人の死体も数体横たわっていた。
「ユクゾ」
ドリオが指示を出すと、魔獣たちは勇者学校へと一斉に進行を始めた。




