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勇者学校の狂剣士  作者: ヒロ
第三章
24/31

『22』

 逃走を試みた英人だったが、逃げる途中運悪く麗に見つかると強制的にグラウンドに戻され、結局打ち合いをやることになってしまった。


「おい英人、私の授業から逃げようとするなんてなかなか度胸あるじゃないか」

「いや度胸がないから師匠との打ち合いから逃げようとしたんだよ」


 英人は諦めるような溜息をつく。


「そういや、カレンが師匠のことを麗さんとか呼んでいたが、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「大したことではない。彼女の女の子の悩みを聞いてやっただけだ」


 それに英人は疑問を抱く。

 しかし、それよりも自身の師匠から女の子という単語が出てきたことが気持ち悪くて、これ以上この話を続けることは止めた。


「…………」


 周りには授業が始まってからずっと打ち合っている生徒たち。

 明らかに疲弊していた。


「師匠。そろそろ休憩入れた方がいいんじゃないか?」

「いらん。このくらいでバテているようじゃ勇者にはなれないからな」

「あんたホント鬼だな」


 それを聞いて麗は英人を睨みつける。

 その後、彼女は木刀の剣先を彼に向けた。


「さて、ではそろそろ始めようか」

「まじでやんのかよ」


 嫌そうな顔を見せて木刀を構えすらしない英人。

 全くやる気を感じられない。


「おい、少しはやる気をみせないか」

「なんで師匠と打ち合いなんてしなくちゃならないんだ。これって授業だろ」

「教員が生徒の面倒を見るのは当然だろ」


 そんな生き生きとした目で言われてもな。

 完全に戦闘のそれになっちまってるよ。

 そう思いながらも、授業時間はまだニ十分ほどある。

 このまま会話でやり過ごすことはできないだろう。

 英人は渋々木刀を構える。


「おや、もっとごねるかと思ったが案外早かったな」

「俺も一応勇者を目指してる身なんで。元勇者との戦闘の機会は貴重かと思っただけだ」


 英人の言葉が耳い入ると、麗はフッと軽く笑った。


「そうか。ならしっかりとその頭の中に刻んでおけ。世界で唯一魔王を殺した勇者の力をな!」


 そう叫んだ刹那、麗の身体が消えた。

 いや、厳密には目で追えないほどのスピードで移動したのだ。


「っ! 後ろか!」


 気配を察し、英人が後ろを向くと既に麗が攻撃を繰り出していた。

 カレンとは比べ物にならないほどの速さだ。

 それを英人は刀身が身体に触れる直前、木刀で受け止めなんとか凌ぐ。


「相変わらずアホみたいな速いな」

「私のモットーは速さが強さなんだ。貴様にも教えたはずなんだがな」


 麗はそう言うが、彼女が片手で木刀を持っているのに対し、英人は両手で自身の木刀を握りながら、彼女の攻撃を受け止めている。

 速さだけでなく、力も男の英人以上だ。


「教えられてすぐできるもんじゃないでしょ。こんなの」

「ハハ、まあそうだな。貴様が私レベルに到達するには、あと十年くらいは訓練する必要があるな」

「そりゃ(なげ)ぇな」


 そう言って英人は木刀に全体重を乗せて麗の木刀を払ったのち、一旦後方へ下がった。


「おや、攻めてこないのか?」

「アホか。まともにやり合ったら俺がボコボコにされるだろうが」


 桜花 麗は現役を退いているとはいえ、世界で唯一魔王を討った元勇者だ。

 そう簡単に勝てるほど甘くはない。


「ほう。ということは、私を倒す気ではいるのだな」


 麗が嬉しそうな表情を浮かべながら訊ねる。

 しかし、それに英人は何も答えない。


「おい、なぜそそこで黙る」

「いや、そう言われてもな……」


 英人の計画では、授業が終わるまでの間、適当に麗からの攻撃を防いでやり過ごそうと考えていた。

 だが、麗は英人が本気で師匠に勝とうと思っていると勘違いしているよう。


「英人。まさか貴様、授業終了まで適当に時間稼ぎをしようとか思っているわけではあるまいな」


 英人の背筋が凍った。

 さすが師匠だ。弟子の考えていることなんてお見通しらしい。


「どうやらそうらしいな。なんと情けない弟子だ。私は貴様をそんな風に育てた覚えはないぞ」

「言っておくが、俺の人格形成に師匠の影響は一切受けてないけどな」


 麗は英人が幼い頃から戦闘技術を教えはしても、その他に関してはほぼ放置だった。

 昔の麗は現役で勇者をしていたし、世界各地の戦場を飛び回っていたので仕方がないことではあるのだが。


「それは……まあすまなかった」

「いや、そこで暗くなるなよ」


 申し訳なさそうに謝る麗に対し、英人がツッコんだ。


「だが、それとこれとは別だ。英人が逃げる気なら私は貴様を潰す気でいくぞ」

「おいおい、これは授業じゃないのかよ」


 英人の言葉には耳も貸さず、麗は一瞬で彼との距離を詰めた。


「ハッ!」


 麗が木刀を振り下ろすと、英人はそれに素早く対応し、鍔迫り合いになった。

 その後、暫く硬直状態が続く。


「そういえば英人。貴様、まだ居候娘の引きこもりを矯正できていないらしいな」

「なんだよいきなり。こんな状態で話しかけてくるんじゃねぇよ」


 英人が苛立つと、麗は「まあ聞け」と返したのち、続けた。


「彼女についてあることがわかったのだ」

「……なんだよ、あることって」


 英人が訊ねると、やや間を空けたのち麗は答えた。


「以前、シンシア・エリオットは依頼(クエスト)で仲間が全滅した翌日から不登校になったのは話したな」

「あぁ、そうだ」


 学校の依頼(クエスト)は基本、そこまで難しくない。

 少なくとも、身の丈にあった依頼(クエスト)を選んで受ければ死ぬ確率は格段に低くなる。

 でも、当然例外も存在する。

 ゆえに、依頼(クエスト)で生徒が死ぬことはそう珍しいことでもない。


 だが、仲間が全滅となるとかなり稀なケースだ。

 学校に行きたくなくなるのも理解できる。


「その依頼(クエスト)のことなんだがな。なんでもAランクの魔獣が数十体出てきたらしい」

「っ!」


 麗の言葉に英人は驚いた。

 学校の依頼(クエスト)にAランクの魔獣が出るなんてあり得ないことだ。

 それがたとえ最高難易度である『カラー』が(ブラック)相当の依頼(クエスト)だとしても。


「おい、それってまさか……」

「あぁ。先日、貴様らが受けた依頼(クエスト)で起こった出来事と全く同じだ」


 英人がカレンと組んで受けた二回目の依頼(クエスト)で、彼らはAクラスの魔獣――ブラッドドラゴンの群衆に襲われた。

 本来なら現れるはずがないのにも関わらず。


「ってことは、シンシアが最後に受けた依頼(クエスト)で、なにか予期しなかったことが起きたということか」

「まあそういうことだな。貴様の依頼(クエスト)の件といい、シンシアの件といい、少し調べる必要がありそうだ!」


 語尾を強めたのち、麗は持っている剣に力を込める。

 すると、少しだけ英人が身体ごと後方へと押された。


「ちょっ……おい、卑怯だぞ。いま会話の最中だっただろうが」

「戦いにルールなんてないのだ。ゆえに卑怯という言葉も存在しない」

「戦いって、だから授業じゃねぇのかよ」


 麗は返すことはせず、代わりに次から次へと木刀を振るってきた。

 それを英人は全て防ぐと、今度は彼から連続して攻撃を繰り出す


「ほう。貴様から仕掛けてくるとはな。逃げるんじゃないのか」

「攻撃は最大の防御って言うだろうが。これで全力で逃げてんだよ」


 英人は間髪入れずに木刀を振り続ける。

 それに対し、麗は片手に握った木刀で難なく防いでいる。


「遅いな。その程度じゃ私は倒せんぞ」

「言ったろ。これは防御なんだよ。師匠がこっちに攻撃をできなければ作戦としては成功だ」


 英人が笑みを浮かべると、麗は「そういうことか」と呟く。

 そのすぐ後、彼女の雰囲気が一瞬で変わった。

 先ほどよりも殺気が明確に現れ、瞳孔が開き戦闘者の目つきへと変わる。


「では、少し力を入れるとしようか」


 そう呟いたのち、麗は攻撃を受け止めていた木刀を傾け英人の木刀を受け流す。

 その後、彼女は回転をしながら英人の背中に一撃を入れようとした。

 これは今までの攻撃とは訳が違う。

 完全に戦場で見せるそれだ。


 そのことを瞬時に察した英人は異能を使用し、直ちに麗から距離を空けた。

 しかし、麗の攻撃は異能を使ってもあと少しで掠りそうだった。


「おい、異能を使うなんて貴様こそ卑怯じゃないか。これは木刀の打ち合いだぞ」

「師匠こそ、なに本気出そうとしてるんだよ。あれ当たってたらあばらがイかれるところだったぞ」


 そんなやり取りをしていると、不意に校舎からチャイムが鳴り響く。

 どうやらようやく授業が終わったようだ。


「なんだもう終わりか。つまらないな」

「やっと終わったか」


 物足りなさそうな表情を見せる麗、一方英人はほっと安堵の息を吐いた。


「こんなことは二度とごめんだからな」

「そう怒るな。いい実戦練習になっただろう?」


 ならねぇよ。

 そう思いながら、英人は校舎へと戻ろうと歩みを始める。


「まあ打ち合いは私の方が強いが、模擬戦だとどうなるかはわからないと思うがな」


 不意に麗が言った。

 だが、それに英人は言葉を返すことも、足を止めることもしなかった。


(……そんなことはない)


 もしお互い本気の戦闘で俺が師匠に勝てたとしても、それは本当に意味での勝利ではない。

 なぜなら、師匠には片腕がないからだ。

 今の師匠がどれだけ全力を出したとしても、それは本来の実力の半分。

 

 そんな師匠に勝ったところで何の自慢にもならない。

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