『18』
英人たちが依頼を完遂してから数日が経ったある日の朝。
彼は師匠である麗に呼び出されていた。
「師匠。まだこの部屋片付けていないのかよ」
学科長室に入るなり、英人は辺りを見回しながら口にする。
それも当然。
麗が普段使っている学科長室には、相変わらず大量の資料の山があちらこちらに積み重なっていたのだ。
「貴様はここに来るたびにそれしか言えないのか」
オフィスチェアに座りながら、机越しに麗がそう言うと、続けて訊ねた。
「なんなら貴様がここを掃除するか?」
「遠慮する。俺は他人のために掃除するほど綺麗好きじゃないからな」
「なら文句を言うな」
こっちは呼び出されたからこんな部屋に来るハメになっているんだが。
そう思いながら、英人は深く溜息をつく。
「それで、俺が呼び出された理由は一体なんだ?」
「依然、貴様がカレン・ベルージと共に二回ほど依頼を受けたことがあっただろう? その件についてだ」
数日前、英人は英国からの留学生であり、入学試験トップの優等生――カレン・ベルージと組んで依頼を遂行した。
一度目は九ノ神島にて、魔獣の残党であるリトルオークを討伐した依頼。
二度目は式根島にて、四足歩行型の魔獣を討伐したのち、Aランクの魔獣――ブラッドドラゴンと遭遇し、同じく討伐した依頼である。
しかし、これには不可解な点がある。
二度目の依頼。
依頼内容は魔獣の残党狩りだったのにも関わらず、Aランクの魔獣が出現したことだ。
「何かわかったのか?」
それに麗は首を左右に振る。
「私のツテで軍や知り合いの勇者どもに調べさせたんだがな。特にこれといった有力な情報は得られなかった」
「そうか……」
英人の考えでは依頼主が怪しいと睨んでいたのだが、麗の様子を見る限りそうではなかったらしい。
魔王を倒した元勇者だ。
英人が思いつく程度のことはとっくにやっているに違いない。
(なら、一体誰があんな魔獣を送り込んできたのか)
「だが、良かったな」
英人が考え込んでいると、不意に麗がそう言葉に出した。
「それはなんの話だ?」
「貴様の傷口の話だよ。この前の依頼で負ったな。今はもう完全に塞がっているみたいじゃないか」
「あぁ。若干跡は残ってるけどな」
英人は腹部の辺りを押さえながら、そう返す。
英人が二度目の依頼時に、ブラッドドラゴンと対峙した際、彼は敵からの攻撃によって全身からの出血に加えろっ骨が数本折れており、かなりの重傷だったのだ。
「この学校の医務室の先生が優秀で命拾いしたな」
「まあそうだな。さすが勇者を育成するための学校だ」
この学校の医務室を担当している教師は、勇者時代にそれなりの功績を残した人物らしい。
ゆえに治癒能力が高い。
だが、俺からすると医務室の先生より、うちの同居人の方が実力は上のような気がするが。
「まさか貴様が英国からの大事なプリンセスを守るためにそこまでするとはな。私は思いもしなかったぞ」
「おい、誰のことをプリンセスって言ってるんだ? まさかあのイカれた双剣士のことか? モンスターの間違いだろ」
「おいおい。英国の貴族をそんな風に言うもんじゃないぞ」
「それに、俺はあいつを守ったわけじゃねぇ。転移用紙を使う隙がなかったから戦っただけだ」
「そうなのか? 本当に貴様だけが生きたかったのなら、カレン・ベルージを魔獣に食わせてその間に帰還することもできたんじゃないか?」
英人がブラッドドラゴンと遭遇した際、戦闘する以外にもう一つの選択肢が存在した。
それは、対魔獣恐怖症を発症していたカレンを犠牲にして、その隙に転移用紙を使用して学校に戻ること。
魔獣は視界に入った人間を必ず殺すという習性がある。それがたとえ戦意喪失をしている少女であっても。
「うるせ。とにかく金輪際、俺は二度とあいつとは依頼はやらねぇからな」
そう訴えると、突然部屋の扉が二回ほどノックされた。
「おっと、噂をすればだな……」
「は?」
麗の言葉に疑問を抱いていると、ガチャリと扉が開かれた。
そこから現れたのは、英人と二度依頼を遂行したカレン・ベルージであった。
「おはよう英人」
「お前……どうしてここいるんだ?」
嫌そうな表情を浮かべながら、英人はカレンを見つめる。
「そんな目で見ないでよ。アタシはアンタの師匠にちょっとした資料を出しに来ただけよ」
「資料?」
確かに、カレンの右手には一枚の紙が握られていた。
しかし、一体なんの資料だろうか。
特に提出物はなかった気がするが。
「以前、話していた件か?」
麗は机の前まで移動してきたカレンに問うた。
「えぇ。受理してくれればありがたいのだけれど」
「当然受理するさ。特に断る理由もないしな」
そう返すと、麗は資料を受け取った。
その後、彼女は英人に目をやり口元を緩ませる。
「なんだ?」
麗の行為になんとなく嫌な予感がした英人は、彼女に近づいたのち机に置かれている資料を見た。
すると、紙の上部にはパーティー申請書と書かれていた。
中央部分にはリーダーの文字の隣にカレン・ベルージ。そして、メンバーの文字の隣に歴然 英人と書かれていた。
「…………」
パーティー。
学校内の掲示板に貼られている依頼を受ける際のチームのこと。
これを資料として提出すると、パーティーを組んだ生徒はパーティー内の生徒以外とは依頼ができなくなる。
その上、一人で依頼を受けることも不可。
必ずパーティーメンバー二人以上で依頼に臨まなければならない。
ちなみに、パーティーの最大人数は四人までだ。
「おい、なんだこれは」
「なにって、アタシとアンタがパーティーを組んだのよ。知らなかったの?」
「知らねぇよ。つーか、一度も話されてねぇよ。勝手にパーティーメンバーにしてんじゃねぇ」
「別にいいじゃない。もう二回やったんだし。あと何回やっても一緒よ」
「一緒じゃねぇよ。これから卒業するまでお前と依頼をやることになるじゃねぇか」
「細かい男ね。女性に嫌われるわよ」
「うるせぇ」
睨みつける英人に対し、カレンはからかうように笑みを浮かべる。
そんな二人の光景を眺めて、麗は微笑んでいた。
「なに笑ってんだよ。師匠」
「別になんでもないさ。だが、このパーティー申請書は既に私が受け取ってしまった。よって、本日から英人はカレン・ベルージとパーティーだ。おめでとう英人」
「ふざけるな。本人が了承してないんだぞ。無効だろ」
「師匠である私が認めたんだ。素直に従え。それができないなら、私の権力を使って今日中に北海道に戻ってもらうことになるが」
「っ! また脅しか、卑怯だぞ」
英人が訴えるが、麗はあざ笑うかのような口調で返す。
「ふっ、なんとでも言うがいい。で、どうする? カレン・ベルージとパーティーを組むのか?」
「チッ、わかったよ。組めばいいんだろ。組めばよ」
ふてくされるように口にする英人を見て、麗はニヤッと笑った。
「よかったわね英人。こんな美人と同じパーティーになれて」
「うるせぇよ。自分で言うな」
なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
英人がそう思っていると、不意にカレンから手を差し出された。
「これからもよろしく」
そう言って、カレンは笑顔を浮かべた。
つい先日までの彼女なら他人から差し出された手を払いのけることはしても、自ら手を差し伸べることはなかっただろう。
(案外、人って変わるもんだな)
そんなことを思いながら、英人は彼女の手を握った。
「あぁ。こちらこそ」
そう返すと、英人は彼女の白く綺麗な手の温もりを感じながら、
(まあ悪くないか)
と、そう思ったのだった。
☆
この世界には無数の魔獣を従えている――魔王が七体存在している。
そして彼ら彼女らが拠点としている場所も七カ所。
アメリカ、ブラジル、ロシア、フランス、ドイツ、オーストラリア、そして日本。
「素晴らしいです! お兄様!」
魔王城の王室にて、唐突に少女が声を上げた。
すると、それに思わず驚いて背後に跪いている幾多の魔獣たちは身体をビクつかせる。
「ド、ドウイタシマシタカ? ワガオウ」
魔獣たちを代表して魔王の部下であるジャイアントオークのドリオが、壇上にある玉座に座っている少女に訊ねた。
「ドリオ。今いいところなのです。話しかけないでください」
「ハ、ハア……」
少女の言葉に、ドリオは微妙な表情を浮かべる。
なぜなら、少女は特定の人物の一定時間監視することができる特殊道具――技能監視を使って、ある人間の戦闘シーンを眺めてばかりいるのだ。
その行動の意図をドリオも他の魔獣たちも理解できずにいた。
しかし、彼らは少女の言葉には逆らえない。ゆえに少女が人間の戦いを見えるまで、待つしかないのだ。
数十分後――。
「やっと終わりました」
長時間の視聴で披露したのか少女が腰を深く据えると、彼女の目の前にあったモニターのようなものが消えた。
「デ、デハワガオウ。ワレラ二メイレイをアタエテクダサイ」
タイミングを計って、ドリオが再び少女に言った。
すると、彼女は「うーん、そうですねぇ」と暫く考えたのち、こう言ったのだ。
「とりあえず、日本を潰しましょうか」
それに対し、魔獣たちは頷くことも賛同の声を上げることもせず、ただただ黙り込んだ。
「あれ? 何か私は間違ったことを言いましたでしょうか?」
「イ、イエ。ケッシテマチガッタコトハオッシャッテイマセン。デスガ、ソノ二ホンヲホロボスタメ二、ナニヲスレバヨイノカヲ、イッタホウガヨイカト」
ドリオの助言に少女は「なるほどですね」と返した。その後、彼女はこう命令し直したのだ。
「では、まず勇者学校を潰しましょう。場所は東京第二エリアです」
「リョウカイシマシタ。ワガアルジ」
少女から下命されると、ドリオは立ち上がり魔獣たちに同じように指示を出した。
「コレヨリ、トウキョウダイニエリアノ、ユウシャガッコウヲ、シュウゲキシニイク。ワガナカマタチヨ、ワレニツヅケ」
ドリオの言葉が部屋中に響き渡ると、魔獣たちは各々に雄叫びを上げ、王室を勢いよく飛び出した彼に続いた。
「ふぅ。魔獣を従えるというのも案外しんどいものですね」
そう言って息を吐くと、少女はつい先ほどまで見ていたある人間の戦う姿を思い出す。
「まさかブラッドドラゴンを全て殺してしまうだなんて。さすがお兄様です」
顔を火照らせながら、潤んだ瞳で天を見上げる白髪で赤眼の少女。
そして、彼女こそが世界に七体しかいない存在、且つ日本に現存している唯一の魔王――エヴァドニ・サターニャである。




