表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者学校の狂剣士  作者: ヒロ
第零章
2/31

プロローグ 『2』

 英人は朝食を食べ終え家を出ると、隆一のいる牧場へと来ていた。

 広大な草原が所定の位置から木製の柵で囲まれており、その内側に酪農用の牛が数十匹ほど飼われている。

 なんとものどかな景色だった。


「親父、いるかぁ?」


 英人が若干大きめの声で呼びかけると、やや経ったのち返事が聞こえた。


「英人、手伝いに来たのか?」


 声がかなり響いている。

 英人との距離は結構ありそうだ。


「あぁ。そうだぜ」


 英人がそう返すと、再び隆一の声が木霊する。


「ならこっちよりも、狩りに行ってきてくれないか? 昨日母さんが、肉が足りないとか言ってたからよぉ」」


 村の近辺は森林になっている。

 国の領土のおよそ半分を魔獣たちに奪われて人口が減少している中、酪農だけで生活していくのは厳しい。

 それゆえ歴善家は度々森で狩りをしては食材を確保していた。


「わかったよ親父。でっけぇ熊を持って帰るから、楽しみに待っといてくれよ」

「ははっ! そりゃ楽しみだっ!」


 隆一の笑い声が耳に届くと、


(くそっ。ゼッタイバカにしてやがる)


 そう悔しさを滲ませながら、英人は何としても熊を狩るため、森へと駆けだした。





 沢山の木々の間を歩くこと数十分。

 英人はシカやウサギは見つけたが、まだ目的の熊は見つかっていなかった。当然、シカもウサギも殺して血抜きをした後、解体したのち革袋にまとめて詰めていた。


「なかなか熊いないな」


 周りを見渡しても野鳥やシカの姿があっても、熊らしきシルエットは全く見当たらない。


「まだ冬眠には早いはずなんだが」


 季節は夏真っ只中。

 熊が眠るにはまだ暑すぎる。英人はよく森の中で寝てしまうが。そのせいで、捕らえた獲物を全て盗まれた経験もある。


「しょうがねぇ。川に行ってみるか」


 森の中には、山頂の近辺から流れてくる川が存在していた。

 村の人々の大半がそこで水を確保する。

 それに加え、よく熊がそこでシャケを掴まえに来ていた。


「よしっ」


 英人は腰に着けてある鞘の紐を強く結び直すと、川へと向かい足を進めた。


 数分後――。


 目的の川へ到着すると、突然ポチャ、と水が弾ける音が耳に入った。

 瞬時に動きを止めて、草むらの陰からこっそりと川の様子を覗くと、そこには狙っている熊が必死に川の水を掻き分けてシャケを取ろうとしていた。

 手ぶらから推測するに、熊はまだ一匹もシャケを掴まえられていないよう。


(あれなら俺の方が上手いんじゃないか)


 依然、シャケに空振りする熊にそんなことを抱きながら、英人は鞘から剣を引き抜いた。

 鉄製の短剣。狩り用の武器だ。


「さてと、狩りをしようか」


 右手に持った剣を真横に構えると、姿勢を低くして標的を定める。


 狩りの基本は奇襲だ。

 相手の隙を突いて、一瞬で殺す。

 だから、相手がこちらの間合いに入るまでは決してこちらの存在に気づかれてはならない。


 英人はふぅ、と大きく息を吐いた。


 そして、熊が川の水面に意識を集中させた刹那、英人は一気に飛び出した。


 みるみる熊との距離を詰めていくと、自身の攻撃範囲に熊を捉える。


「おうらっ!」


 荒々しい声を上げ、背中側から心臓部に一突き。

 その後すぐに、熊は振り向くこともなく絶命した。


「うわぁ、服がビチャビチャになっちまったな」


 熊が倒れた時の衝撃で、川の水しぶきを浴びた。そのせいで数年前に都市で買ったお気に入りの服がビチョ濡れだ。


「まあいいか。今日は猛暑らしいし、どうせすぐに乾く」


 丁度良い体温を感じながら、英人は慣れた手つきで自分の身長の倍近くある熊を捌いていく。

 ものの数分で手足に胴体、頭と切り分けると、シカやウサギと同じように革袋に入れた。


「こりゃ持ち上げられないな」


 三体の動物の肉が入った袋を眺め、英人は呟く。

 仕方がなく袋を引きずりながら移動することに決めると、英人は自宅へと足を向けた。


(へへっ。熊を親父に見せて自慢してやる)


 身を運ぶ最中、そんな子供らしいことを思っていた英人だった。





 暫く歩くとすっかり夜が更けてしまった。どうやら英人は、昼食も摂らずに狩りに夢中になってしまっていたらしい。


「危ねぇ。光石置いといて良かった」


 辺りは真っ暗。森の中でこうなってしまったら、通常人間は方向感覚が失って一歩も動くことが出来ない。

 しかし、夜を迎えると白く輝く石――光石を英人は事前に設置していたので、帰る際はその石を辿っていけば、確実に村へと戻れるのだ。


「おっ、そろそろ終着だな」


 複数並んでいた光石が途切れると、英人は顔を上げて前方を見据えた。


 すると、視線の先にはポツポツと赤い光が灯っていた。

 

 きっと家の明かりから漏れ出ているのだろう。そう思って、英人はいち早く森を抜け出そうと、足早に光の元へと向かって歩みを運んだ。


「? なんだ?」


 不意に鼻の穴を通った焦げ臭い匂い。

 心なしか、バチバチと妙な音が聞こえる気がする。


 不審に思いながらも、英人は歩き続けるとようやく森を抜けだした。

 しかし――。


「な、なんだよこれ……」


 目の前の光景に英人は驚愕する。


 燃やし尽くされた家々、大量の焼死体、村全体が火の海と化していた。


 つい今朝までは村の人々が平穏に暮らしていたはずなのに、一体何がどうなって……。


「っ! 親父っ! 母さんっ!」


 ふと頭に自らの父と母の姿が過ると、英人は肉の入った革袋を放り投げ渦巻く炎の中へと飛び込んだ。


「え、えっと……こ、ここからだったら牧場の方が近いか。くそっ!」


 突然現れた地獄に動揺しながらも、必死に思考を巡らせて先に牧場へ向かうことを決定する。


 そこから英人は全速力で目的地へと駆ける。

 だが、そうしている最中にも炎の中から人の声が聞こえた。まだかろうじて生きている村人だった。時には赤ん坊の泣き声まで耳に入ってきた。


(ごめん、ごめん、ごめん……)


 そんな仲間たちに謝りながら、英人は牧場へと向かって疾走する。


 そして、数分で英人は牧場へ到着した。


 だが、そこには燃え立つ草原と数十体の牛の死体があるだけで、誰もいなかった。


「くそっ! 外したかっ!」


 そう吐き捨てると、英人はすぐさま自宅へと走った。


 走って、


 走って、


 死に物狂いで走った。


 途中、喉から血の味がした。


 それでも走った。


 父が、母が、生きていることを信じて。


「親父っ! 母さんっ!」


 枯れた喉で無理矢理叫ぶと、振り返ったのは血だらけの隆一だった。


「よ、よう……英人……今朝ぶりだなぁ……」


 額から大量の出血、左目は潰れ、腕は片方が折れていた。

 そんな彼の傍らには下半身が丸ごと消えた恵理子の姿。


「う、嘘だろ……母さん」


 目も当てられない母の形容を、英人はすぐには受け入れることが出来なかった。

 生きていると信じていた母が既にこの世にはいないことを認めるわけにはいかなかった。


「すまねぇ……お、オレは……母さんを……守れなかった……」


 ボロボロの身体で悔いる隆一。

 しかし彼の意識は朦朧としており、怪我の状態からしてもう生きているとは言い難い。


 だが、尚も彼は立ち上がる。

 何としてでも愛すべき息子を守るために。



 すると、不意に悲鳴にも似た叫び声が轟いた。



「……来たか」


 隆一が呟くと同時に、燃え上がる炎から現れたのは、体長三~四メートルはある竜型の魔獣。

 全身が赤い鱗で覆われており、瞳は翠色に光らせている。

 そして、この魔獣こそが村を焼き、家を焼き、人々を焼き尽くした生物だ。


「おら来いよ。オレが相手になってやる」


 唯一動く手で剣を持ち、隆一は魔獣と対峙する。

 彼を支える両足はとっくに限界を迎えていた。骨には異常をきたし、立っていられるのが不思議なくらいだ。


 ギャァァ、と魔獣から突然の咆哮。


 その声と共に隆一は魔獣へと一直線に向かっていった。


「おうらっ!」


 隆一は地面を蹴り上げると、空中から魔獣の背中目掛けて剣先を向けた。

 剣が魔獣の鱗を貫いた瞬間、悲鳴のような声が響き渡る。


「おいおい。危ねぇじゃねぇか」


 隆一は刺さった剣に掴まりながら、暴れる魔獣に振り落とされないよう注意を払う。


「へっ、てめぇの生きてぇって声がよく聞こえるぜ。だがな、村人を散々焼き殺しといて、てめぇだけがお咎めなしってことにはならねぇんだよ」


 そう言った直後、隆一が剣を力強く握りしめる。すると、鉄製の刀身が瞬く間に赤く染まっていく。


「これでも食らって、死ね」


 隆一が言葉に出したのち、魔獣は内部から一気に膨張し、最後には身体諸共破裂した。


爆破(ブラスト)

 触れたものを瞬時に炸裂させる異能。

 武器を使い、力を伝達させることも可能である。


「ははっ。どんなもんだ」


 隆一は爆風に飛ばされながらも、上手く着地をすると、その場で意識を失うように倒れた。


「おいっ! 親父っ!」


 母の死で茫然自失だった英人が我に返り、隆一の元へ駆け寄る。


「大丈夫か親父っ!」


 英人は傷だらけの隆一を抱えて、必死に声を出す。

 呼吸はしているようだが、数か所に相当深い傷を負っていた。


「ど、どうする。このままだと親父も……」


 隆一を助ける方法を脳が擦り切れるくらい思考を張り巡らす。

 しかし、たかが十歳の子供がそんな都合の良い方法を思いつくはずもなく、再び災難が二人の親子を襲う。


「う、嘘だろ……」


 目の前に姿を露わにしたのは、先ほどと同じ魔獣。

 それも一体だけではない。優に二十体は超えていた。


「お、おかしいだろ……お、お前ら……さ、さっき……し、死んだんじゃなかったのかよ……」


 現実味を帯びてきた死の恐怖に英人が怯えていると、あちらこちらで魔獣の唸り声が上がる。その後、全ての魔獣が一気に炎を吹き出した。


「まじかよっ! くそっ!」


 一瞬、英人は隆一を連れて逃げようとしたが、彼の身体が重過ぎるため子供の英人には持ち上げることができない。

 それをすぐに理解した英人は父だけは守ろうと、隆一の身体に上から覆いかぶさった。


(死なないでくれ。親父)


 英人が僅かな望みに掛けた刹那、唐突に前方から力が加わり彼の身体が後ろへと倒れた。


「お前がオレを守ろうなんざ百万年早いんだよ」


 今しがたまで意識が途絶えていた隆一が英人の前に立っていた。

 それはまるで英人を炎から守ろうとしているように見えた。


「お、親父。何してんだよ」

「安心しろ我が息子よ。オレはこんなことで死んだりはしねぇよ」


 目に涙を溜めている英人を安堵させるように隆一が言葉を掛けた。

 だが、炎は彼らのすぐそこまで迫っており、依然、絶望的な状況には変わらない。


「おい化け物ども。こんなしょぼい火でオレとオレの息子を殺せると思うなよ」


 隆一は剣先を接近してくる炎へと向けた。

 そのすぐ後、魔獣から放たれた炎は隆一が手にもつ剣へと触れると、


「ぶっ飛べ。爆破(ブラスト)!」


 隆一がそう口にすると、一瞬で爆発が起こり、その衝撃で炎が一気に霧散した。


「す、すげぇ……」


 勇敢な父の姿に、英人の口からは自然と敬いの言葉が出た。


「そうだろ? オレはすごいんだよ」


 隆一は振り返ると、冗談交じりに言う。 

 先ほどまで絶体絶命だったはずなのに、一瞬で戦況を変えてしまった。

 そんな父を見て、英人は


(これなら二人とも生きられるかもしれない)


 なんて思ってしまっていた。

 だが、その僅かな油断が英人を絶望へと誘う。



 寸刻、隆一の頭部が吹き飛んだ。



 英人は何が起こったのかわからなかった。

 しかし、父の頭がコロコロと転がり自らの足元に来ると、英人は徐々に現状を理解し始める。


「お、親父……な、何やってんだよ……じ、冗談やってる場合じゃないだろ……お、おいっ……」


 ポツリ、と涙を流しながら英人は父に言葉を掛ける。当然、返事はない。

 それでも英人は何度も言葉を紡ぎ続けた。

 父から言葉が返ってくるまで。

 だが、幾ら言葉を伝えても耳に響くのは魔獣たちの雄叫びのみ。



 隆一が死んだ。



 ようやくその現実を完全に受け入れた時、英人は笑った。


 笑った。


 笑った。


 笑った。


 狂気的に笑った。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 村人が死に、母が死に、父が死んだ。


 そして、きっと俺も死ぬのだろう。


 魔獣たちが咆哮を上げながら、徐にこちらへ向かってくる。


 この時、英人には恐怖はなかった。心を支配していたのは計り知れない憤怒のみ。


「……ぶっ殺す……てめぇら全員ぶっ殺してやる」


 英人は立ち上がると、倒れている隆一の胴体から剣を手に持った。

 長さは英人の身長と同程度。鉄製のスタンダートな剣だ。


 雄叫びを上げてこちらへ迫って来る魔獣たち。

 その中でも特段足の速い個体が群れから飛び出し駆けてきた。

 そしてその魔獣こそが隆一の頭を吹っ飛ばした個体だ。


「俺ら親子を随分と気に入っているみたいだな」


 目前にまで近づいてきたのち、魔獣は隆一の時と同じように長い尻尾を英人の頭部に直撃させようとしてくる。


 だが魔獣の尻尾が当たる直前、英人が忽然と姿を消した。


 それに魔獣が困惑している最中、突如魔獣の背中側から英人が現れた。


「こっちだ化け物」


 彼の声に魔獣は振り返ろうとするが、既に遅い。

 英人は剣を振り下ろし尻尾を切り落とすと、傷口から大量の出血。

 あまりの苦痛に魔獣は悲鳴を上げた。


「うるせぇな。てめぇらが俺たちに与えた痛みはこんなもんじゃねぇんだよ」


 そう言って魔獣の首に飛び乗ると、英人は刀身を真横にして構える。


「これで死ね。化け物め」


 剣を横凪に払うと、魔獣の首と胴体は真っ二つに別れた。

 ドスン、と音を立てて魔獣の頭部が地面に落ちると、英人は何故かそれに近づいていく。

 そして魔獣の首を目の前にした瞬間、既に命がないそれに英人は思い切り剣を突き刺した。

 それも何度も。


 剣が貫かれる度に、魔獣の頭部からは赤い血が溢れてくる。

 そのせいで英人の身体も、顔も返り血で真っ赤に染まっていた。

 だが、それでも彼は剣を突き刺すことを止めず、それどころかその行為を楽しむように笑い始めた。


「ハハハハハハッッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ! ハハハハハハッッ!」


 余りにも残虐的な光景だった。

 魔獣の死体はもう原型は留めてなく、ただの肉塊と化していた。

 しかし、尚も悪虐な行為を止めない英人に周りの魔獣たちは慄き、引き返そうとしていた。

 魔獣の異変に気付いた英人はようやく残忍な動きを止めると、背中を向ける魔獣たちを見据える。


「おいおい逃げるなよ」


 そう呟いた英人は一瞬で魔獣の背中まで移動すると、今しがたと同様、頭部を切り落とした。


「さて、次はどいつを殺そうか」


 死体の上に立ちながら英人は次の獲物を探す。

 仲間の、父の、母の、復讐を果たすために。





 第八十六期勇者――桜花(おうか) (れい)は八十人ほどの兵を率いて、森の中を駆けていた。


 今ほどのことだ。

 何者からか麗の元へ、とある村が魔獣に襲われているという通報があった。

 初めは信じていなかったが、部下の異能で調べさせるとなんと事実だったのだ。

 それがわかると、麗はすぐに兵力を整え、襲撃されている村へと出発した。


(しかし、まさか北海道で魔獣が出るとは)


 麗は驚いていた。


 約百年前から続いている第一次異世界大戦だが、現在、日本は沖縄諸島から関西エリアまで魔獣たちに支配されている。

 過去には関東エリザの一部まで侵略されたこともあったが、東北と北海道の二つのエリアに関してはこれまで一度も魔獣に攻められたことがなかった。

 要するに、およそ百年の歴史があるこの戦争で、いま初めて魔獣が北海道に攻め込んでいるのだ。


(だが、奴らは一体どこから侵入してきたんだ?)


 今回襲われている村はだいぶ内陸に位置している。それなのにも関わらず、海を監視していた自軍からは何一つ連絡が来ていなかった。

 ということは、航海でこちらに来たわけではないということだ。

 残るは上空からの侵攻だが、これも軍と数人の勇者で見張っていたが、何の報告もなかったため可能性は低いだろう。


「そろそろ目的地だ。全員戦闘態勢に入れ」


 麗が指示をすると、兵たちが武器を構えて進む。


(今は余計なことは考えない方がいいな。戦闘に集中しよう)


 そう思い、麗たちは森を抜けた。

 すると、視界に映った光景は異様なものだった。


「な、なんだこれは……」


 周りを見渡す限り燃え上がる炎が広がっていた。

 建築物、家畜、人間、全てが焼かれ、それはもう悲惨な情景だ。


 しかし、麗はそれらに動揺していたわけではない。

 もう一つ、異質の中でも特に異彩な風景を彼女は視界に捉えていた。



 大量の肉塊の上に立つ一人の少年。



(っ! まさかこいつはレッドドラゴンかっ!)


 肉塊の山に混じっている小さく赤い皮を見つけると、死体の正体が判明した。


(もしや、この肉全部がレッドドラゴンというわけじゃないだろうな)


 麗は疑いを抱きながらも、肉片を見据える。

 

 レッドドラゴンは魔獣の中でも、危険度上位の魔獣に指定されている。

 魔獣の強さを表すランク表でも、全体の三番目に危険なグループである、ランクBに定められていた。


 ランクBは勇者二人以上、もしくは『神に選ばれし者たちゴッド・ストレンジャー』が一人以上で対処できる魔獣のことを指す。


(とにかく、あの少年に色々と事情を聞いた方がよさそうだ)


 そう決めて、麗は兵たちに鎮火と生存者の救出の指示を出すと、少年がいる肉塊へと近づいていく。

 それを見ていた兵が危険だと忠告してきたが、麗は気にも留めず足を進めた。


「おいっ! そこの少年っ! こちらまで下りてきてくれないかっ!」


 肉塊の山のふもとで麗が呼びかけるが、少年は全く反応しない。


(聞こえていないのか?)


 麗は足元に視線向ける。

 切り刻まれて、もはや何がなんだかわからなくなっているが、やはり肉片全てがレッドドラゴンの死体のようだ。

 肉塊の中にある幾つもの翠色の目玉がそれを証明していた。


(……仕方がない)


 麗は溜息をつくと、肉の山を登っていく。

 一歩踏み出すことにグチャ、と音が出て非常に気持ち悪い。


 数分かけて頂上に着くと、麗はもう一度訊ねた。


「そこの少年。ちょっと下までついて来てくれるか? キミに色々と聞きたいことがあるんだ」


 そう言って、麗は少年の肩を引く。

 しかし彼は背中を向けたままその場を動こうとはしない。


(なんだこのガキは)


 少々苛立ちながらも、麗は三度目の問いを投げる。


「私は北海道エリアの勇者兵団を率いている桜花 麗だ。少年、キミには聞きたいことがあるんだ。どうか私たちについてきて欲しい」


 今度は丁寧に自身の名前を述べ、少年に優しく言葉を掛けた。


 しかし、それでも少年は動かない。


 それに少々短気な麗は我慢の限界が来てしまい、


「おい貴様っ! ガキだからって調子に乗るなよっ!」


 少年の肩を掴み、思い切り引いて無理やり身体をこちら側へ向けた。


 すると、少年の姿に麗は目を疑った。


 右腕には男性の頭部、左腕には女性の頭部を抱きかかえており、伏せている少年の瞳は光が失ったかのように全く生気が感じられなかった。


(そうか……こいつ……)


 麗は事情を察するとすぐに怒りは収まり、逆に少年に同情した。


 麗も勇者になるまで様々な人生を歩んできていた。それなりに今の少年の気持ちはわかるのだ。


「大丈夫か?」


 やや沈黙が続いたのち、麗は血でベットリしている少年の頭を撫でる。


「――――いい?」


 不意に少年が何かを言った。

 しかし、彼の声が小さすぎたため、麗にはハッキリとは聞こえなかった。


「悪い。もう一度言ってくれないか?」


 それが耳に入ると、少年は再度言葉に出した。



「魔獣をこの世から消すにはどうしたらいい?」



 麗はゾッとした。

 まるで背中を剣先でなぞられている気分だった。

 それくらい彼の言葉には果てしない怨磋と憎悪が含まれていた。


「……貴様、名前は?」


 麗の四度目の問いで、少年はようやく顔を上げた。


「……歴然 英人」


 少年――英人はぼそり、と呟く。


「そうか。じゃあ英人。お前の願望を叶えるには少なくともしなければならないことが一つある」


 麗はそこで一呼吸入れたのち、続けて話した。


「それは勇者となることだ。勇者にならなければ、まともに魔獣を殺すことすら出来ない」


 それに少年は悔しそうに顔を俯けた。

 彼は親を二人とも失った。

 保護され都市部へ連れていかれると、そのまま孤児院へ入れられてしまうだろう。


 そうなると、勇者となるための育成機関――勇者学校へは経済的な面でとても入学することができない。


「なあ英人。これは全てお前一人でやったのか?」


 麗が示す先は足元に積み重なっている数多の肉塊。

 それに英人はこくりと頷くと、麗は目を見開いたのち、ニヤリと笑った。


「……そうか。どうやら貴様には見込みがあるようだな」


 そう言って、麗は膝を曲げて英人と視線を合わせると、彼の前に手を差し出した。


「英人、私の弟子にならないか?」


 突然の申し出に英人はやや困惑する。


「もしお前の弟子になったら……俺はこの世から魔獣を消し去ることができるのか?」

「あぁ、できる」


 迷わず麗が断言すると、英人は小指を立てた。


「こうじゃないと、母さんが落ちちゃうから」


 英人は二人の両親を抱きかかえている。そのまま手を握るのはできないと判断したのだろう。


「交渉成立だな」


 麗は笑みを浮かべながら、英人と指を繋いだ。




 こうして、英人は第八十六期勇者、のちにたった一人で魔王を殺し“誰にも知られない”英雄となる――桜花 麗の弟子となったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ